6月21日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1919年
休戦から7か月、ロイター少将は演習に出た英艦隊を見て『拿捕される』と判断した——スカパ・フローでドイツ艦隊74隻に自沈が命じられ、52隻が沈没した
休戦協定下で抑留されていたドイツ艦隊74隻に自沈が命じられ、52隻が沈没した。英国立陸軍博物館・BBCはこれを第一次世界大戦で死亡した最後の人々と記す。
この週の出来事
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1675年世界 17世紀6月22日
イングランド国王チャールズ2世は1675年6月22日、グリニッジに天文台を建てるよう命じた——その費用は、古く傷んだ火薬を売った代金でまかなうことになっていた
1675年6月22日、イングランド国王チャールズ2世は、経度を見出し航海術を完成させるため、グリニッジに天文台を建設するよう命じる勅許状を発した。設計はレンがフックの協力で担い、費用は古く傷んだ火薬の売却代金から500ポンドを超えないよう定められた。同年3月にはフラムスティードが初代の天文観測官に任命されていた。
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1837年世界 19世紀6月20日
ウィリアム4世が1837年6月20日未明に死去し、姪のヴィクトリアが18歳で英国女王に即位した——同日のうちにケンジントン宮殿で枢密院が新女王を宣言した
1837年6月20日、ウィリアム4世の死去により、姪のヴィクトリアが18歳で英国女王に即位した。当日ケンジントン宮殿で開かれた枢密院の様子、ヴィクトリア自身の日記が記す知らせを受けた場面、翌年の戴冠式との日付の違いを出典付きで解説する。
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325年世界 4世紀6月19日
第1ニカイア公会議は、ソクラテス『教会史』によれば325年5月20日に召集され、信条は同年6月19日に提示されたとされる——会議の開始日については、NPNF訳者注が6月14日ごろとする一方、ソクラテスの召集記事・Fourth-Century Christianityの要覧は5月20日とする
325年、皇帝コンスタンティヌス1世が招集した第1ニカイア公会議は、アリウス派の論争を審議し、「ホモウシオス」の語で子の神性を定式化したニカイア信条を採択した。会議の開始日は、NPNF訳者注が6月14日ごろ、ソクラテスの召集記事・Fourth-Century Christianityの要覧は5月20日とする。
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1894年世界 19世紀6月23日
パリ・ソルボンヌでの国際アスレチック会議の閉会に伴い、国際委員会(後の国際オリンピック委員会, IOC)が発足した——初代会長はディミトリオス・ヴィケラス、初代事務総長はピエール・ド・クーベルタン
1894年6月、パリのソルボンヌで開かれた国際アスレチック会議の閉会に伴い、大会を組織する国際委員会(後のIOC)が発足した。初代会長はヴィケラス、初代事務総長はクーベルタン。同じ会議は、第1回大会をアテネ(1896年)、第2回をパリ(1900年)で開催する決議も採択した。