江戸時代
1603年〜1868年 / 掲載 7 件
年表
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1655年 正使趙珩は、江戸城の大広間で徳川家綱と向き合った
原典表記 明暦元年10月8日(和暦・太陰太陽暦)
江戸城での将軍謁見という儀式の一日は、幕府自身の記録に細部まで刻まれていた。
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1707年 壊滅的被害を受けた地域を歩いた土佐藩士は、日本最大級とされる地震の記録を書き残した
原典表記 宝永4年10月4日(和暦・太陰太陽暦)
マグニチュードも死者数も、出典によって今なお大きく異なる数字が伝えられている。
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1804年 華岡青洲は、通仙散による全身麻酔下で乳がん摘出手術を行った
原典表記 文化元年10月13日(和暦・太陰太陽暦)
『世界初の全身麻酔手術』と語られるが、その中身は事典によって世界か日本かで揺れている。
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1855年 母を案じて行動した水戸藩士は、江戸を襲った大地震で命を落とした
原典表記 安政2年10月2日(和暦・太陰太陽暦)
死者数も地震の規模も、公的な記録の中で今なお複数の数字が併存している。
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1859年 橋本左内は評定所で死罪を申し渡され、その日のうちに小伝馬町牢屋敷で処刑された
原典表記 安政6年10月7日(和暦・太陰太陽暦)
死罪の申し渡しと処刑は、同じ日のうちに行われた。
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1865年 徳川慶喜らが朝廷を説得し、条約は勅許されたが、兵庫開港の取り止めなど条件がついた
原典表記 慶応元年10月5日(和暦・太陰太陽暦)
条約は勅許されたが、兵庫開港の取り止めなど条件がつけられた。
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1867年 徳川慶喜は大政奉還の上表文を朝廷に提出し、政権を返上した
原典表記 慶応3年10月14日(和暦・太陰太陽暦)
政権を返上したその日、慶喜には新政体のもとで実権掌握を図るという別の計算もあったと見る学術資料がある。