1837年世界 19世紀

ウィリアム4世が1837年6月20日未明に死去し、姪のヴィクトリアが18歳で英国女王に即位した——同日のうちにケンジントン宮殿で枢密院が新女王を宣言した

日付と暦

原典表記
1837年6月20日(グレゴリオ暦)
換算
1837-06-20(グレゴリオ暦)
掲載日
6月20日のページ

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概要

1837年6月20日(火曜日)午前2時12分ごろ、英国国王ウィリアム4世がウィンザー城で死去した。71歳、治世7年目だった[SRC-02489]。この知らせを受け、枢密院の諸卿は同日のうちにケンジントン宮殿に参集し、姪のヴィクトリアを新女王として宣言する手続きを行った[SRC-02489]。ヴィクトリア自身の日記によれば、彼女は当日午前6時に起こされ、侍従長ロード・コニンガムから、国王の死去と自分が女王になったことを告げられたという["I got out of bed and went into my sitting-room (only in my dressing-gown), and alone, and saw them. Lord Conyngham (the Lord Chamberlain) then acquainted me that my poor Uncle, the King, was no more, and had expired at 12 minutes p.2 this morning, and consequently that I am Queen."][SRC-02488]。即位時、ヴィクトリアは18歳だった[SRC-01264][SRC-02488]。この即位の日と、翌1838年6月28日に行われた戴冠式とは別の日付である(下記「歴史的背景」参照)[SRC-02490]。

本文

1837年6月20日早朝、ウィンザー城に滞在していたウィリアム4世は、午前2時12分ごろに息を引き取った[SRC-02489]。この日は国王の治世7年目にあたり、死去時の年齢は71歳(The London Gazetteの表記では「72年目」)だった[SRC-02489]。

ケンジントン宮殿で暮らしていたヴィクトリアは、当日午前6時、起こされ、来訪者が重要な知らせを携えて到着したことを告げられたという[SRC-02488]。ヴィクトリアは後に自身の日記にこう記したとHistoric Royal Palacesは引用する:「私はベッドを出て、居間へ行き(ガウン姿のまま)、一人で彼らに会いました。侍従長ロード・コニンガムは、私の可哀想な叔父である国王がもうこの世になく、今朝2時12分ごろに息を引き取ったこと、そして私が女王であることを、私に告げました」[SRC-02488]。

同じ6月20日のうちに、枢密院の諸卿はケンジントン宮殿に参集し、新女王を宣言する手続きを進めた[SRC-02489]。ヴィクトリアとして最初の枢密院会議は、宮殿内の「赤の客間」で開かれたとHistoric Royal Palacesは記す[SRC-02488]。新女王はこの会議で枢密院に対し宣言を行い、記録によれば「国王、私の愛する叔父の死去によって、帝国統治の責務が私に課せられました。この重い責任が、私の人生のこれほど早い時期に、これほど突然に課せられたので……」という趣旨の内容を述べ、神の摂理と議会の英知、国民の忠誠への信頼、改革された国教の護持と信教の自由の保障、臣民の権利の保護に努める旨を述べたと記録される[SRC-02489]。女王はこの場で、前王時代の枢密顧問官のうちその場にいた者を、自身の枢密院へ宣誓させた[SRC-02489]。

公式の宣言文は、連合王国の帝冠が、ウィリアム4世の遺された子(その王妃から生まれる場合)の権利を留保しつつ、「高貴で強大なるアレクサンドリナ・ヴィクトリア王女」に単独かつ正当に継承されたとし、彼女を「我らが唯一正当な女主君ヴィクトリア、神の恩寵による連合王国女王、信仰の擁護者」として布告した[SRC-02489]。ヴィクトリアの出生名は「アレクサンドリナ・ヴィクトリア」であり、ケンジントン宮殿で洗礼を受けたとHistoric Royal Palacesは記す[SRC-02488]。

即位したその日、ヴィクトリアは叔父への哀悼のため黒の喪服をまとい、母やジョン・コンロイを伴わずに、女王としての最初の公の場に姿を見せることを自ら選んだとHistoric Royal Palacesは記す[SRC-02488]。

歴史的背景

ヴィクトリアは1819年5月24日、ケンジントン宮殿で生まれた[SRC-02488]。叔父ウィリアム4世の死去により、1837年6月20日に王位を継承した[SRC-02488][SRC-02489]。

即位の日と戴冠式の日は異なる。ヴィクトリアの場合、即位から約1年後の1838年6月28日、女王はバッキンガム宮殿から午前10時ちょうどに行列を組んでウェストミンスター寺院へ向かい、戴冠式が行われた[SRC-02490]。即位当日(1837年6月20日)にウェストミンスター寺院や戴冠式に関する記述は、本記事が確認した出典には現れない。

ヴィクトリアの在位はこの即位から1901年1月22日の死去まで、63年7か月と2日に及んだ[SRC-02488]。死去に至る経過・継承後の大英帝国における評価については、既公開記事「ヴィクトリア女王死去」で扱っており、本記事は即位という局面に主題を限定する(本稿の整理)。

タイムライン

日付(グレゴリオ暦) 出来事 出典
1819年5月24日 ヴィクトリア、ケンジントン宮殿で生まれる [SRC-02488]
1837年6月20日 午前2時12分ごろ ウィリアム4世、ウィンザー城で死去(71歳、治世7年目) [SRC-02489]
1837年6月20日 午前6時 ヴィクトリア、ケンジントン宮殿で起こされ、ロード・コニンガムから死去と自身の即位を告げられる(本人の日記による) [SRC-02488]
1837年6月20日(同日) 枢密院がケンジントン宮殿に参集し、新女王を宣言。前王時代の枢密顧問官のうちその場にいた者が、女王の枢密院へ宣誓 [SRC-02489]
1838年6月28日 午前10時 戴冠式。バッキンガム宮殿からウェストミンスター寺院へ行列 [SRC-02490]
1901年1月22日 ヴィクトリア、死去(在位63年7か月と2日) [SRC-02488]
異説・論争定説のない論点があります
論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
死去の時刻の表記 ①「twelve minutes past two o'clock(午前2時12分過ぎ)」という表記 / ②ヴィクトリア自身の日記からの引用で「12 minutes p.2 this morning」という表記 ①The London Gazette(SRC-02489) / ②Historic Royal Palacesがヴィクトリアの日記から引用(SRC-02488) 両者は表記が異なるが、指し示す時刻(午前2時12分ごろ)自体は一致しており、実質的な対立はない。本記事は両表記を出典ごとに区別して記述した

上記以外に確認された異説: なし(調査範囲: 即位の日付・時刻・場所、ウィリアム4世の死去の日付・時刻・場所、枢密院の手続き、戴冠式の日付・経路について、英国政府の公式記録紙The London Gazette・ケンジントン宮殿管理団体Historic Royal Palaces・英国王室公式サイトroyal.ukの3系統を確認したが、事実自体に相互に矛盾する記述は見られなかった)。

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

ヴィクトリアの即位は、後に「ヴィクトリア時代」と呼ばれる63年7か月に及ぶ在位の始まりであり、Historic Royal Palacesはヴィクトリア時代を「1837年6月20日の即位から1901年1月22日の死去まで」の期間と定義する[SRC-02488]。この長い在位記録は、2015年9月9日に曾々孫のエリザベス2世が上回るまで破られなかったとHistoric Royal Palacesは記す[SRC-02488]。

即位当日のヴィクトリアの振る舞いについて、Historic Royal Palacesは、彼女が母ケント公妃とジョン・コンロイから自由になることを切望していたとする評価を示し、18歳の彼女が落ち着いて二人を伴わずに女王としての最初の公の場に姿を見せることを自ら選んだと記す[SRC-02488]。この評価がヴィクトリア自身の当時の心情をどこまで正確に反映しているかについて、本記事が確認した出典の範囲では異論は見当たらなかった。本サイトはこの評価の当否を判定せず、出典に基づく記述として紹介する。

現代の視点

本記事の射程は、1837年6月20日の即位に至る経過と、その当日の手続き(枢密院の宣言・布告)に限定する。ヴィクトリアの治世全体の評価・大英帝国における役割・現代の英国王室との関わりについては、即位そのものを扱う本記事の主題外として扱わない(本サイトの整理。これらの論点は既公開記事「ヴィクトリア女王死去」の「歴史的意義」で両論を併記している)。

出典一覧

  1. [SRC-02488] Queen Victoria | Kensington Palace/Historic Royal Palaces(ランクA)
  2. [SRC-02489] The London Gazette, Issue 19509 (published 20 June 1837): Numb. 19509/The London Gazette (The Stationery Office, under the superintendence of His Majesty's Stationery Office / The National Archives)(ランクS)
  3. [SRC-02490] The London Gazette, Issue 19632, Supplement (Coronation of Her Most Sacred Majesty Queen Victoria)/The London Gazette (The Stationery Office, under the superintendence of His Majesty's Stationery Office / The National Archives)(ランクS)
  4. [SRC-01264] Victoria (r. 1837-1901)/The Royal Household(ランクA)

本文中の [SRC-nnnnn] はこの一覧の番号を指します。各出典の所在・参照日・信頼度の判定は検証記録で確認できます。

訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-10-09あり
22026-10-09あり
32026-10-09なし
42026-10-09なし

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