6月20日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1837年
ウィリアム4世が1837年6月20日未明に死去し、姪のヴィクトリアが18歳で英国女王に即位した——同日のうちにケンジントン宮殿で枢密院が新女王を宣言した
即位はケンジントン宮殿で即日。戴冠式はその1年後、ウェストミンスター寺院だった。
この週の出来事
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325年世界 4世紀6月19日
第1ニカイア公会議は、ソクラテス『教会史』によれば325年5月20日に召集され、信条は同年6月19日に提示されたとされる——会議の開始日については、NPNF訳者注が6月14日ごろとする一方、ソクラテスの召集記事・Fourth-Century Christianityの要覧は5月20日とする
325年、皇帝コンスタンティヌス1世が招集した第1ニカイア公会議は、アリウス派の論争を審議し、「ホモウシオス」の語で子の神性を定式化したニカイア信条を採択した。会議の開始日は、NPNF訳者注が6月14日ごろ、ソクラテスの召集記事・Fourth-Century Christianityの要覧は5月20日とする。
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1919年世界 20世紀6月21日
休戦から7か月、ロイター少将は演習に出た英艦隊を見て『拿捕される』と判断した——スカパ・フローでドイツ艦隊74隻に自沈が命じられ、52隻が沈没した
1919年6月21日、英スコットランドのスカパ・フローに抑留されていた旧ドイツ公海艦隊74隻に、指揮官ロイター少将の命令で自沈が命じられ、52隻が沈没した。英第一戦艦戦隊が演習のため出動していた隙に行われたこの行動による死者数は、英国立陸軍博物館・BBCは9名、ロイター自身の回想録は10名死亡・約16名負傷と記す。
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1675年世界 17世紀6月22日
イングランド国王チャールズ2世は1675年6月22日、グリニッジに天文台を建てるよう命じた——その費用は、古く傷んだ火薬を売った代金でまかなうことになっていた
1675年6月22日、イングランド国王チャールズ2世は、経度を見出し航海術を完成させるため、グリニッジに天文台を建設するよう命じる勅許状を発した。設計はレンがフックの協力で担い、費用は古く傷んだ火薬の売却代金から500ポンドを超えないよう定められた。同年3月にはフラムスティードが初代の天文観測官に任命されていた。
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1815年世界 19世紀6月18日
ワーテルローの戦い、1815年6月18日——ウェリントン・ブリュッヒャー連合軍がナポレオン軍を破ったが、ウェリントンの公式報告書に死傷者総数の記載はまだなかった
1815年6月18日、ベルギーのワーテルロー近郊で、ウェリントン公爵とブリュッヒャー元帥の連合軍が、ナポレオン率いるフランス軍を破った。ウェリントンが戦闘翌日に書いた公式報告書には、士官の氏名リストは添えられたが、兵全体の死傷者総数はまだ記されていなかった。