6月22日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1675年
イングランド国王チャールズ2世は1675年6月22日、グリニッジに天文台を建てるよう命じた——その費用は、古く傷んだ火薬を売った代金でまかなうことになっていた
建設費は古く傷んだ火薬を売った代金でまかない、500ポンドを超えてはならないと勅許状は定めていた。
この週の出来事
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1894年世界 19世紀6月23日
パリ・ソルボンヌでの国際アスレチック会議の閉会に伴い、国際委員会(後の国際オリンピック委員会, IOC)が発足した——初代会長はディミトリオス・ヴィケラス、初代事務総長はピエール・ド・クーベルタン
1894年6月、パリのソルボンヌで開かれた国際アスレチック会議の閉会に伴い、大会を組織する国際委員会(後のIOC)が発足した。初代会長はヴィケラス、初代事務総長はクーベルタン。同じ会議は、第1回大会をアテネ(1896年)、第2回をパリ(1900年)で開催する決議も採択した。
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1919年世界 20世紀6月21日
休戦から7か月、ロイター少将は演習に出た英艦隊を見て『拿捕される』と判断した——スカパ・フローでドイツ艦隊74隻に自沈が命じられ、52隻が沈没した
1919年6月21日、英スコットランドのスカパ・フローに抑留されていた旧ドイツ公海艦隊74隻に、指揮官ロイター少将の命令で自沈が命じられ、52隻が沈没した。英第一戦艦戦隊が演習のため出動していた隙に行われたこの行動による死者数は、英国立陸軍博物館・BBCは9名、ロイター自身の回想録は10名死亡・約16名負傷と記す。
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1509年世界 16世紀6月24日
ヘンリー8世は1509年6月24日、ウェストミンスター・アビーで戴冠した——王妃キャサリン・オブ・アラゴンも同日、共に戴冠された
1509年6月24日、ヘンリー8世はウェストミンスター・アビーで戴冠した。この日、王妃キャサリン・オブ・アラゴンも共に戴冠され、国王と王妃それぞれの戴冠のための会計記録が別々に残されている。父ヘンリー7世の死去日と2人の結婚日は、登録出典の間で記述が割れる。
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1837年世界 19世紀6月20日
ウィリアム4世が1837年6月20日未明に死去し、姪のヴィクトリアが18歳で英国女王に即位した——同日のうちにケンジントン宮殿で枢密院が新女王を宣言した
1837年6月20日、ウィリアム4世の死去により、姪のヴィクトリアが18歳で英国女王に即位した。当日ケンジントン宮殿で開かれた枢密院の様子、ヴィクトリア自身の日記が記す知らせを受けた場面、翌年の戴冠式との日付の違いを出典付きで解説する。