明治
1868年〜1912年 / 掲載 5 件
年表
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1868年 会津若松城の開城 — 一か月の籠城の末に、藩主が下した降伏の決断
原典表記 明治元年9月22日(和暦・太陰太陽暦)
同じ日付なのに、資料によって『明治元年』にも『慶応4年』にもなる — 改元から2週間後も、年号の書き方は一つに定まっていなかった。
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1868年 家老・河井継之助を失った長岡藩は、新政府軍に降伏したとされる
原典表記 明治元年9月23日(和暦・太陰太陽暦)
抗戦を支えた指導者を失うと、頑強に見えた藩でも戦い続けることはできなかったとされる。
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1881年 刀と禄を失った士族たちが、五年がかりで取り戻した鳥取県
原典表記 明治14年9月12日(グレゴリオ暦)
県境は一度消えても、住む人たちの働きかけで書き直されることがある。
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1881年 政府が10年後の国会開設を約束する勅諭を発した
原典表記 明治14年10月12日(グレゴリオ暦)
「10年後」という期限を示すことで、早期(1883年)の国会開設論を退けつつ、漸進的な国会開設の主導権を政府の側に残した
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1882年 松方正義が提議した中央銀行、日本銀行が業務を始めた
原典表記 明治15年10月10日(グレゴリオ暦)
日本銀行は1882年10月10日、松方正義が提議した中央銀行として開業した。