6月19日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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325年
第1ニカイア公会議は、ソクラテス『教会史』によれば325年5月20日に召集され、信条は同年6月19日に提示されたとされる——会議の開始日については、NPNF訳者注が6月14日ごろとする一方、ソクラテスの召集記事・Fourth-Century Christianityの要覧は5月20日とする
会議がいつ始まったかは、ソクラテスの召集記事(5月20日)とNPNF訳者注(6月14日ごろ)との間で記述が分かれている。
この週の出来事
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1815年世界 19世紀6月18日
ワーテルローの戦い、1815年6月18日——ウェリントン・ブリュッヒャー連合軍がナポレオン軍を破ったが、ウェリントンの公式報告書に死傷者総数の記載はまだなかった
1815年6月18日、ベルギーのワーテルロー近郊で、ウェリントン公爵とブリュッヒャー元帥の連合軍が、ナポレオン率いるフランス軍を破った。ウェリントンが戦闘翌日に書いた公式報告書には、士官の氏名リストは添えられたが、兵全体の死傷者総数はまだ記されていなかった。
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1837年世界 19世紀6月20日
ウィリアム4世が1837年6月20日未明に死去し、姪のヴィクトリアが18歳で英国女王に即位した——同日のうちにケンジントン宮殿で枢密院が新女王を宣言した
1837年6月20日、ウィリアム4世の死去により、姪のヴィクトリアが18歳で英国女王に即位した。当日ケンジントン宮殿で開かれた枢密院の様子、ヴィクトリア自身の日記が記す知らせを受けた場面、翌年の戴冠式との日付の違いを出典付きで解説する。
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1775年世界 18世紀6月17日
バンカーヒルの戦いが1775年6月17日に勃発——名前の由来となった丘ではなく、隣のブリーズヒルが主戦場だった
1775年6月17日、ボストン近郊のチャールズタウン半島で英軍と植民地民兵が激戦を繰り広げた。戦いは半島で最も高いバンカーヒルにちなんで名付けられたが、実際に要塞が築かれ主戦場となったのは隣接するブリーズヒルだった。英軍は3度目の突撃で要塞を奪ったが、死傷者は植民地側の2倍以上に上った。
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1919年世界 20世紀6月21日
休戦から7か月、ロイター少将は演習に出た英艦隊を見て『拿捕される』と判断した——スカパ・フローでドイツ艦隊74隻に自沈が命じられ、52隻が沈没した
1919年6月21日、英スコットランドのスカパ・フローに抑留されていた旧ドイツ公海艦隊74隻に、指揮官ロイター少将の命令で自沈が命じられ、52隻が沈没した。英第一戦艦戦隊が演習のため出動していた隙に行われたこの行動による死者数は、英国立陸軍博物館・BBCは9名、ロイター自身の回想録は10名死亡・約16名負傷と記す。