6月11日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1873年
渋沢栄一、第一国立銀行の創立総会に出席——自ら起草した規則を株主に説き、取締役への推薦は辞退した
渋沢栄一が創立総会で取締役を辞退したのは、大蔵省を辞した後もなお太政官から御用滞在の命を受けていたからである
この週の出来事
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1776年世界 18世紀6月12日
バージニア権利章典、1776年6月12日に採択——他州に最も影響を与えたのは、2週間前に流布した委員会草稿とされる
1776年6月12日、ウィリアムズバーグで開会していたバージニアの第5回会議が、権利章典を全会一致で可決した。起草の主な担当はジョージ・メイソン。Encyclopedia Virginiaによれば、他州に実際に最も影響を与えたのは、2週間前に流布した委員会草稿であり、議会が制定した最終版ではなかったとされる。
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1865年世界 19世紀6月10日
ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』ミュンヘンで初演——歌手の急な声がれにより、当初予定の1865年5月15日から6月10日まで延期された
1865年6月10日、リヒャルト・ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』がミュンヘンの宮廷劇場で初演された。当初は同年5月15日の予定だったが、イゾルデ役マルヴィーナ・シュノル・フォン・カロルスフェルトが急に声がかれたため延期された。国王ルートヴィヒ2世の支援で実現し、指揮はハンス・フォン・ビューローが務めた。
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1815年世界 19世紀6月9日
ウィーン会議最終議定書への署名——条約集の見出しに挙げられた8カ国のうち、1815年6月9日に実際に署名したのは7カ国だった
1815年6月9日、ウィーンで列国がナポレオン戦争後のヨーロッパ秩序を定めた最終議定書に署名した。条約集の見出しには英・墺・仏・ポルトガル・普・露・西・スウェーデンの8カ国が挙げられているが、実際に署名したのは7カ国で、スペインは署名せず1817年に加入文書によって事後加入した。
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1866年世界 19世紀6月13日
合衆国憲法修正第14条、1866年6月13日に連邦議会の両院の議決が完了——批准は1868年7月9日、国務長官の最終証明は同年7月28日
1866年6月13日、連邦下院は上院の修正に同意し、両院の議決が完了した。修正第14条は、ルイジアナ州・サウスカロライナ州が批准した1868年7月9日までに必要な37州中28州(4分の3)の批准を得た。国務長官スワードが最終的にこれを証明したのは同年7月28日である。