1865年世界 19世紀

ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』ミュンヘンで初演——歌手の急な声がれにより、当初予定の1865年5月15日から6月10日まで延期された

日付と暦

原典表記
1865年6月10日(グレゴリオ暦)
換算
1865-06-10(グレゴリオ暦)
掲載日
6月10日のページ

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概要

1865年6月10日、ドイツ・ミュンヘンの宮廷劇場で、リヒャルト・ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』が初演された[SRC-02394][SRC-02396]。この作品は1859年に総譜が完成していたが、上演に法外な費用がかかり、楽譜も当時としては極めて革新的だったため、長らく『上演不可能』とまで言われていた[SRC-02394][SRC-02395]。初演は当初、同年5月15日に行われる予定だったが、イゾルデ役を歌う予定だったマルヴィーナ・シュノル・フォン・カロルスフェルトが急に声がかれ、公演は延期された[SRC-02394][SRC-02396]。歌手夫妻の療養を経て、約1か月後の6月10日、国王ルートヴィヒ2世の財政的な支援のもとで初演がようやく実現した[SRC-02394][SRC-02396]。本記事は、延期から初演当日までの経緯を、2つの独立した伝記研究の記述を比較しながら整理する。

本文

『トリスタンとイゾルデ』の初演に向けた準備は、1865年4月にシュノル夫妻(トリスタン役のルートヴィヒとイゾルデ役のマルヴィーナ)がミュンヘンに入り、連日の練習が始まったことで本格化した[SRC-02394]。指揮は、当時ワーグナーの有力な協力者だったハンス・フォン・ビューローが務めた[SRC-02394][SRC-02395]。5月11日には、国王ルートヴィヒ2世と招待客約600名を前にした非公開の総練習(ゲネラルプローベ)が行われ、さらに5月13日には、歌手の声の負担を避けるため半声(メッツァヴォーチェ)のみで歌う『秘密の』総練習が追加で行われた[SRC-02394][SRC-02396]。

初演は当初、1865年5月15日(月)に予定されていた[SRC-02394][SRC-02396]。ところが当日の朝、ワーグナー宅の家具が債権者によって差し押さえられる事件が起き、コジマ(指揮者ビューローの妻)が財務官のもとへ立替えを依頼に走る騒ぎとなった[SRC-02394]。この騒動が落ち着くかどうかのうちに、歌手ルートヴィヒ・シュノルが涙ながらにワーグナー宅を訪れ、妻マルヴィーナが『急に声がかれた』ため、その晩の上演は不可能だと告げた[SRC-02394]。延期は同日午後に公表され、ミュンヘンの街で大きな話題となった[SRC-02394]。声がれの直接の原因については、伝記作家の間で説明が分かれる(詳細は異説・論争欄)[SRC-02394][SRC-02396]。

延期後、シュノル夫妻はバート・ライヒェンハルへ療養に赴いた[SRC-02394][SRC-02396]。ワーグナーは夫妻に宛てて励ましの書簡を送り続け、5月28日の『さまよえるオランダ人』、6月1日の『タンホイザー』への出演を提案するなど復帰を促したが、夫妻は結局6月6日までミュンヘンへ戻らなかった[SRC-02394][SRC-02396]。帰還後、6月7日から9日まで3日間の練習が行われ[SRC-02394]、6月10日(土)、ついに初演を迎えた[SRC-02394][SRC-02396]。開演は午後6時で、国王ルートヴィヒ2世が単身で王室ボックスに入場し、ビューローが指揮棒を上げて前奏曲が始まった[SRC-02394][SRC-02396]。客席には、リンツから駆けつけたアントン・ブルックナーもいたとされる[SRC-02394]。演奏が終わると、ワーグナーは主演の2人とともに舞台に姿を見せた[SRC-02394]。

歴史的背景

『トリスタンとイゾルデ』は1857年から作曲が始まり、1859年8月に総譜が完成した[SRC-02394][SRC-02395]。History Today誌は、ワーグナーが1850年代、妻ミンナとの関係が冷え込む中でマティルデ・ヴェーゼンドンクへの激しい恋愛感情を抱き、ショーペンハウアーの哲学にも影響を受けたことが、この作品の成立に関わったと記す[SRC-02395]。完成した作品は上演に5時間を要する大作となり、上演費用の規模と楽譜の革新性から、当時は『上演不可能』とまで広く言われていた[SRC-02395]。

初演の候補地としては、まずカールスルーエでの上演が検討されたが実現せず、続いてウィーン宮廷歌劇場での上演が計画された[SRC-02394]。しかし、テノール歌手アロイス・アンダーの声が練習を重ねる中で次第に衰え、ウィーンでの上演は実現困難となり、最終的に断念された[SRC-02394]。この頓挫についてはしばしば『77回の練習の末に断念された』という具体的な数字が伝えられるが、ニューマンは、この言い回しを『実質的な意味を持たない』と評し、練習の定義次第で過大とも過小とも言える数字であり、字義通りに受け取るべきでないと注記している(本記事はこの数字自体を事実として採用しない)[SRC-02394]。

この停滞を打開したのが、1864年3月に父マクシミリアン2世の死去によって即位したバイエルン王ルートヴィヒ2世(当時18歳)だった[SRC-02394]。即位後ほどなく国王はワーグナーをミュンヘンへ呼び寄せ、財政的な支援を与えるようになった[SRC-02394][SRC-02395]。この支援によって、1865年の初演が実現したとされる[SRC-02395]。

タイムライン

日付(暦種別を明記) 出来事 出典
1859年8月(グレゴリオ暦) 『トリスタンとイゾルデ』の総譜が完成 [SRC-02394][SRC-02395]
1864年3月(グレゴリオ暦) ルートヴィヒ2世、バイエルン王として即位。間もなくワーグナーを支援 [SRC-02394]
1865年5月11日(グレゴリオ暦) 国王と招待客約600名を前にした非公開の総練習 [SRC-02394][SRC-02396]
1865年5月13日(グレゴリオ暦) 半声のみで歌う『秘密の』総練習 [SRC-02394][SRC-02396]
1865年5月15日(グレゴリオ暦) 当初予定の初演日。マルヴィーナ・シュノルが急に声がかれたため延期(本記事の主題) [SRC-02394][SRC-02396]
1865年6月6日(グレゴリオ暦) シュノル夫妻、療養先からミュンヘンへ帰還 [SRC-02394][SRC-02396]
1865年6月10日(グレゴリオ暦) 『トリスタンとイゾルデ』、ミュンヘンで初演(本記事の主題) [SRC-02394][SRC-02396]
1865年6月13日(グレゴリオ暦) 第2回上演 [SRC-02396]
1865年6月19日(グレゴリオ暦) 第3回上演 [SRC-02396]
1865年7月1日(グレゴリオ暦) 第4回(最終)上演。国王の希望によるもの [SRC-02396]
異説・論争定説のない論点があります
論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
マルヴィーナ・シュノルの声がれの直接の原因は何か A: 初演予定日(5月15日)の朝に受けた蒸気浴の結果/B: 2日前(5月13日)の『秘密の』総練習の際に風邪を引いたことが始まり A=[SRC-02394](ニューマン『The Life of Richard Wagner』第3巻。原因を『蒸気浴』と明記する)/B=[SRC-02396](グラーゼナップ『Das Leben Richard Wagners』第4巻。マルヴィーナ本人の証言として、5月13日の総練習時に『風邪を引いた』ことが始まりだったと記す) いずれが正確かを確定させる一次資料(当時の診断記録等)は確認できなかった。本記事は、歌手が体調を崩したという事実と、延期という結果については両著者が一致している一方、直接の契機(いつ・何がきっかけだったか)については説明が分かれる点を、両論併記のかたちで開示する

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

History Today誌は、『トリスタンとイゾルデ』を音楽史上の記念碑的作品と長く位置づけてきたと評し、作中の愛の場面は『性的な強烈さにおいて比類がない』と記す[SRC-02395]。一方で、同誌によれば初演当日の観客は作品の音楽を『奇怪』と感じ、その後の上演地は1874年のワイマール、1876年のベルリンまで広がらず、英米での初演は1880年代まで実現しなかった。音楽界がこの作品の力強さと美しさを認めるまでには、相応の時間を要したと同誌は評している[SRC-02395]。

現代の視点

ミュンヘン国立劇場は、第二次世界大戦中の1943年・1944年の空襲により破壊された。戦後、市民運動「国立劇場友の会」の活動を経て1963年11月21日に再建・再開場し、現在はバイエルン州立歌劇場・州立管弦楽団・州立バレエ団の本拠地となっている[SRC-02397]。

出典一覧

  1. [SRC-02394] The Life of Richard Wagner, Volume Three: 1859–1866/Ernest Newman 著/Alfred A. Knopf(ニューヨーク)刊、1941年(ランクA)
  2. [SRC-02395] The premiere of Tristan und Isolde/History Today Ltd.(英国の歴史専門誌『History Today』、2015年6月号 Vol.65 Issue 6掲載)(ランクB)
  3. [SRC-02396] Das Leben Richard Wagners, Vierter Band, 5. Buch: Der Reformator — 4. Die vier »Tristan«-Aufführungen/Carl Friedrich Glasenapp 著(初版: 1904年前後、第4巻。zeno.org=ドイツのパブリックドメイン文献デジタル図書館が公開するテキスト版)(ランクA)
  4. [SRC-02397] 60 Jahre Nationaltheater (seit der Wiedereröffnung)/Bayerische Staatsoper(バイエルン州立歌劇場、公式サイト)(ランクA)

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訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-10-08—
22026-10-09あり
32026-10-09あり

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