1866年世界 19世紀

合衆国憲法修正第14条、1866年6月13日に連邦議会の両院の議決が完了——批准は1868年7月9日、国務長官の最終証明は同年7月28日

日付と暦

原典表記
1866年6月13日(グレゴリオ暦)
換算
1866-06-13(グレゴリオ暦)
掲載日
6月13日のページ

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概要

連邦下院は1866年6月13日、上院が可決した合衆国憲法修正第14条の合同決議の文言に同意し、両院の議決が完了した[SRC-02418][SRC-02419][SRC-02422]。上院はこれに先立つ同年6月8日、賛成33・反対11でこの決議を可決していた[SRC-02422]。連邦議会はこの合同決議を6月16日に国務省へ送付し、各州への提案手続に入った[SRC-02418][SRC-02419]。修正第14条が合衆国憲法の一部として効力を生じる要件(必要な37州中28州の批准)が満たされたのは、1868年7月9日である[SRC-02418][SRC-02420][SRC-02421]。国務長官ウィリアム・H・スワードは同年7月20日、一部の州による批准撤回決議の有効性を留保しつつ条件付きでこれを証明し、7月28日にジョージア州の批准を加えて最終的に無条件でこれを証明した[SRC-02423]。

本文

連邦議会は、南北戦争後の再建期における企図の一環として、3つの憲法修正条項(本サイトでいう修正第13条・第14条・第15条)を各州に提案した[SRC-02418]。このうち修正第13条については、連邦議会は1865年1月31日に下院で可決し(本サイトART-00147「合衆国憲法修正13条、1865年1月31日に連邦下院で可決」参照)、翌日の2月1日にリンカーン大統領がこれを承認していた(本サイトART-00148「1865年2月1日、リンカーンは修正13条の合同決議を承認」参照)。合衆国憲法修正第14条もまた、市民権・適正手続・平等保護を定める条項として、連邦議会で審議された[SRC-02418]。

上院は1866年6月8日、修正第14条の合同決議について、下院が後に同意した最終的な文言を、賛成33・反対11で可決した[SRC-02422]。下院は同年6月13日、この上院の文言に同意し、賛成138・反対36でこれを可決した[SRC-02418][SRC-02422]。この下院の票決により、両院の議決という、各州への提案に必要な手続が満たされた[SRC-02419]。

可決された合同決議は、修正第14条第1節で「合衆国において生まれ、または合衆国に帰化し、かつその管轄権に服する者はすべて、合衆国の市民であり、かつその居住する州の市民である」(All persons born or naturalized in the United States, and subject to the jurisdiction thereof, are citizens of the United States and of the State wherein they reside.)とし、いかなる州も「法の適正な手続なしに何人からも生命、自由または財産を奪ってはならず、またその管轄権内にある何人に対しても法の平等な保護を否定してはならない」(nor shall any State deprive any person of life, liberty, or property, without due process of law, nor deny to any person within its jurisdiction the equal protection of the laws.)と定めた[SRC-02418][SRC-02419]。

連邦議会はこの合同決議を1866年6月16日、国務省に送付した(国務省の受領日として記録される)[SRC-02418][SRC-02419]。NARAによれば、修正第14条の提案は各州に送付された[SRC-02418]。

この提案は、合衆国憲法上必要な37州中28州(4分の3)の批准を得て初めて効力を生じる[SRC-02418][SRC-02423]。HISTORYの報道によれば、1868年7月9日、ルイジアナ州・サウスカロライナ州が批准し、この必要数を満たしたとされる[SRC-02421]。しかし、当初批准していた23州のうち、オハイオ州・ニュージャージー州の2州は、その後に批准を撤回する決議を可決していた[SRC-02423]。国務長官ウィリアム・H・スワードは1868年7月20日、この撤回決議の有効性には疑義があるとしつつ、撤回決議が無効とみなされるならば修正第14条は批准され憲法の一部として有効になったという条件付きの証明(布告第11号)を発した[SRC-02423]。

その後、1868年6月25日制定の法律に基づき、ジョージア州議会が同年7月21日に可決した修正第14条の批准決議が、同月27日に国務省に受領され、大統領アンドリュー・ジョンソンがこれを布告第12号で公告した[SRC-02423]。連邦議会両院は同年7月21日、オハイオ・ニュージャージーを含む29州の批准により修正第14条が合衆国憲法の一部となったことを宣言する共同決議を採択して国務省に送付した[SRC-02450]。国務長官スワードは1868年7月28日、この共同決議とジョージア州の批准を加えた州の批准に従い、修正第14条が合衆国憲法の一部として効力を生じたことを無条件に証明した(布告第13号)[SRC-02418][SRC-02423][SRC-02450]。NARAは、この7月28日の証明をもって修正第14条が連邦の最高法規の一部となったと記す[SRC-02418]。

歴史的背景

NARAによれば、合衆国憲法修正第14条第1節の主要な起草者はオハイオ州選出の下院議員ジョン・A・ビンガムとされ、この条項により権利章典を各州にも拘束力あるものとして適用拡張することを意図していたとされる[SRC-02418]。上院でこの条項を提出したミシガン州選出の上院議員ジェイコブ・ハワードは、特権免除条項が「連邦憲法最初の8つの修正条項によって保障され確保された個人の権利」(the personal rights guaranteed and secured by the first eight amendments)を各州にも及ぼすものになると述べたとNARAは記す[SRC-02418]。NARAによれば、当時の議会・国内でビンガムやハワードの見解がどれほど広く共有されていたかについて歴史家の見解は分かれており、連邦議会内でこの見解に明示的に異を唱えた者はいなかったが、この論点についてそもそも発言した議員自体がごく少数だったとされる。連邦最高裁は長年、この条項が権利章典を各州に適用拡張するものではないと判示してきたという[SRC-02418]。本記事が確認した出典(NARA)の範囲では、この議会での審議経過の詳細(ビンガム・ハワード以外の議員の発言等)には立ち入らない(本サイトの整理)。

タイムライン

日付(暦種別を明記) 出来事 出典
1866-06-08(グレゴリオ暦) 上院、修正第14条の合同決議(最終文言)を賛成33・反対11で可決 [SRC-02422]
1866-06-13(グレゴリオ暦) 下院、上院の文言に同意し、賛成138・反対36で可決——両院の議決が完了 [SRC-02418][SRC-02422]
1866-06-16(グレゴリオ暦) 連邦議会、合同決議を国務省に送付(各州への提案手続) [SRC-02418][SRC-02419]
1868-07-09(グレゴリオ暦・関連) ルイジアナ州・サウスカロライナ州の批准により、必要な37州中28州の批准を得る [SRC-02418][SRC-02421]
1868-07-20(グレゴリオ暦・関連) 国務長官スワード、オハイオ・ニュージャージーの撤回決議の有効性を留保した条件付きの証明(布告第11号) [SRC-02423]
1868-07-21/07-27(グレゴリオ暦・関連) ジョージア州議会が批准決議を可決(7月21日)、国務省が受領(7月27日)。大統領ジョンソンが布告第12号で公告 [SRC-02423]
1868-07-28(グレゴリオ暦・関連) 国務長官スワード、ジョージア州を加えた州の批准により無条件の最終証明(布告第13号) [SRC-02418][SRC-02423]
異説・論争定説のない論点があります

NARAの解説文は、冒頭で「1866年6月13日に連邦議会で可決され、1868年7月9日に批准された」(Passed by Congress June 13, 1866, and ratified July 9, 1868)と記す一方、本文第4段落では「1868年7月28日、国務長官の証明書によって、必要な37州中28州の批准を得たことが宣言され、連邦の最高法規の一部となった」(On July 28, 1868, the 14th amendment was declared, in a certificate of the Secretary of State, ratified by the necessary 28 of the 37 States, and became part of the supreme law of the land)と記す[SRC-02418]。同一ページ内で「批准された(ratified)」という語が、必要州数に達した日(7月9日)と、国務長官が最終的に証明した日(7月28日)という異なる2つの日付に使われている。本記事はこの出典ごとの書き方の相違をそのまま開示する。国務長官スワードは1868年7月20日の時点では、当初批准していた23州のうちオハイオ州・ニュージャージー州の2州による批准撤回決議の有効性に疑義を留保し、条件付きの証明(布告第11号)しか発していなかった[SRC-02423]。連邦議会両院は同年7月21日、オハイオ・ニュージャージーを含む29州の批准により修正第14条が合衆国憲法の一部となったことを宣言する共同決議を採択して国務省に送付し、この共同決議とジョージア州の批准(7月21日議決・7月27日国務省受領)を加えた州の批准に従って、スワードは7月28日、無条件の証明(布告第13号)を発した[SRC-02423][SRC-02450]。

もう一つの論点は、修正第14条第1節が権利章典を各州にも拘束力あるものとして適用拡張することを意図していたかどうかである。NARAによれば、主要な起草者ジョン・A・ビンガムと、上院でこれを提出したジェイコブ・ハワードは、そのような意図を持っていたとされる。しかし、この見解が当時の議会・国内でどれほど広く共有されていたかについては、歴史家の見解が分かれているとNARAは記す。連邦最高裁は長年にわたり、この条項が権利章典を各州に適用拡張するものではないと判示してきた[SRC-02418]。本記事はこの学説上の対立をそのまま開示し、いずれの立場にも立たない(本サイトの整理)。

論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
「批准された(ratified)」日はいつか 必要な37州中28州の批准を得た日(1868年7月9日) NARA冒頭文・National Constitution Center・HISTORY[SRC-02418][SRC-02420][SRC-02421] 一般的な要約で用いられる日付
同上 国務長官が最終的に無条件で証明した日(1868年7月28日) NARA本文第4段落・国務長官布告第13号[SRC-02418][SRC-02423][SRC-02450] 法的な確定手続としての厳密な日付。連邦議会両院は1868年7月21日の共同決議で、オハイオ・ニュージャージーを含む29州の批准により修正第14条を合衆国憲法の一部と宣言し、ジョージア州の批准を加えた上でこれに従って国務長官が無条件に証明した
修正第14条第1節は権利章典を各州に適用拡張する意図だったか ビンガム(起草者)・ハワード(上院での提出者)はそのような意図を持っていたとされる NARA[SRC-02418] 連邦最高裁は長年、この条項が権利章典を各州に適用拡張するものではないと判示してきた。この見解が当時どれほど広く共有されていたかについて歴史家の見解は分かれている

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

NARAは、修正第14条をはじめとする南北戦争期の3つの憲法修正条項(本サイトでいう第13・14・15条)を、黒人市民に平等な市民的・法的権利を保障することを目指した、再建期の連邦議会の企図の一部と位置づける[SRC-02418]。NARAによれば、修正第14条は合衆国内で生まれまたは帰化したすべての者に市民権を認め、適正手続・平等保護の要請を連邦政府だけでなく州政府にも及ぼす点で重要な意義を持つ。一方で、NARAは、この条項が権利章典を各州に適用拡張することには長年失敗し、黒人市民の権利保護という目的も果たせなかったと記す。市民が示した議論と反対意見は、20世紀の変革の土台になったとされる[SRC-02418]。

現代の視点

本記事の射程は、1866年6月13日の両院の議決の完了から、1868年7月28日の国務長官による最終証明までの手続的経緯、および第1節の起草意図に関する歴史家の見解の相違に限られる[SRC-02418]。修正第14条をめぐる再建期の政治的評価、および現代の判例(平等保護・適正手続等の具体的な事件への当てはめ)には、本サイトは立ち入らない(本サイトの整理)。

出典一覧

  1. [SRC-02418] 14th Amendment to the U.S. Constitution: Civil Rights (1868)/アメリカ国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration, NARA)(ランクS)
  2. [SRC-02419] United States Statutes at Large, Volume 14, pp. 358–359: Joint Resolution No. 48 (39th Congress, 1st Session) — Joint Resolution proposing an Amendment to the Constitution of the United States/アメリカ合衆国政府刊行局(U.S. Government Publishing Office)— govinfo.gov(連邦官報局/国立公文書記録管理局の連邦官報プログラム)(ランクS)
  3. [SRC-02420] 14th Amendment | U.S. Constitution — Signing Details/National Constitution Center(アメリカ合衆国議会の制定法〔1988年〕により設立された、非営利・無党派の憲法教育機関。フィラデルフィア所在)(ランクA)
  4. [SRC-02421] Fourteenth Amendment/HISTORY(A&E Television Networks)(ランクB)
  5. [SRC-02422] A Hand-Book of Politics for 1868 (Edward McPherson, Clerk of the House of Representatives of the United States) — "Votes on Proposed Constitutional Amendments", pp. 102–103/Edward McPherson(アメリカ合衆国下院書記官)著/Philp & Solomons(ワシントンD.C.の出版社)刊、1868年(ランクA)
  6. [SRC-02423] United States Statutes at Large, Volume 15, Appendix, pp. 706–711: Secretary of State's Proclamations No. 11 (July 20, 1868) and No. 13 (July 28, 1868), and President's Proclamation No. 12 (July 27, 1868), regarding ratification of the Fourteenth Amendment/アメリカ合衆国政府刊行局(U.S. Government Publishing Office)— govinfo.gov(連邦官報局/国立公文書記録管理局の連邦官報プログラム)(ランクS)
  7. [SRC-02450] United States Statutes at Large, Volume 15, Appendix, pp. 708–711: Secretary of State's Proclamation No. 13 (July 28, 1868), including the Senate and House concurrent resolution of July 21, 1868, regarding ratification of the Fourteenth Amendment/アメリカ合衆国政府刊行局(U.S. Government Publishing Office)— govinfo.gov(連邦官報局/国立公文書記録管理局の連邦官報プログラム)(ランクS)

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訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-10-08あり
22026-10-09あり
32026-10-09あり

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