4月6日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1896年
ゲオルギオス1世が開会を宣言し、近代オリンピック第1回アテネ大会が幕を開けた——現在の暦で1896年4月6日、当時ギリシャで使われていた暦では3月25日
『4月6日』は現在の暦の日付——当時ギリシャで使われていた暦では3月25日で、第1回大会は今も『二つの日付』を持つ。
この週の出来事
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1948年世界 20世紀4月7日
病気ではなく健康を定義した憲章が発効、世界保健機関が発足
1948年4月7日、WHO憲章が発効し、世界保健機関(WHO)が国連の保健分野の専門機関として正式に設立された。憲章は約1年9か月前の1946年7月22日、ニューヨークで開かれた国際保健会議で署名されており、署名と発効(設立)は別の日である。発効には国連加盟国26か国の締約が必要だった。
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1955年世界 20世紀4月5日
ウィンストン・チャーチルが、1955年4月5日、女王エリザベス2世に辞表を提出し、第2次政権の英首相を退任した——後任イーデンは翌6日に就任した
1955年4月5日、ウィンストン・チャーチルはバッキンガム宮殿で女王エリザベス2世に辞表を提出し、1951年10月から続けた第2次政権の英首相を退任した。前夜にはダウニング街10番地で女王を招いた送別の晩餐会が開かれ、翌6日、外相アンソニー・イーデンが後任の首相に任命された。
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1904年世界 20世紀4月8日
ランズダウンとカンボンが英仏協商に署名した——1904年4月8日、エジプトとモロッコでの互いの「自由裁量」を認め合った英仏の宣言
1904年4月8日、ロンドンでイギリス外務大臣ランズダウン侯爵と駐英フランス大使ポール・カンボンが英仏協商(アンタント・コルディアル)に署名した。エジプトでの英国、モロッコでのフランスの自由裁量を互いに認め合う宣言が中心で、軍事同盟ではなく植民地上の懸案を解決する取り決めだった。
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1949年世界 20世紀4月4日
北大西洋条約調印——1949年4月4日、ワシントンで12カ国が結んだ集団防衛
1949年4月4日、ワシントンD.C.のデパートメンタル講堂で、米国務長官ディーン・アチソンをはじめとする原加盟12カ国の代表が北大西洋条約に署名した。条約第5条は一国への武力攻撃を全締約国への攻撃とみなす集団防衛を定め、必要な批准書がそろった同年8月24日に発効した。