4月7日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1948年
病気ではなく健康を定義した憲章が発効、世界保健機関が発足
WHOの「誕生日」は憲章に署名した日ではなく、26か国が締約国となり発効した日である。
この週の出来事
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1896年世界 19世紀4月6日
ゲオルギオス1世が開会を宣言し、近代オリンピック第1回アテネ大会が幕を開けた——現在の暦で1896年4月6日、当時ギリシャで使われていた暦では3月25日
1896年4月6日(現在の暦)、ギリシャ・アテネのパナシナイコ・スタジアムで、国王ゲオルギオス1世が開会を宣言し、第1回近代オリンピック大会が始まった。当時ギリシャで使われていたユリウス暦では3月25日にあたる。参加国・選手数は資料によって記録が異なる。
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1904年世界 20世紀4月8日
ランズダウンとカンボンが英仏協商に署名した——1904年4月8日、エジプトとモロッコでの互いの「自由裁量」を認め合った英仏の宣言
1904年4月8日、ロンドンでイギリス外務大臣ランズダウン侯爵と駐英フランス大使ポール・カンボンが英仏協商(アンタント・コルディアル)に署名した。エジプトでの英国、モロッコでのフランスの自由裁量を互いに認め合う宣言が中心で、軍事同盟ではなく植民地上の懸案を解決する取り決めだった。
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1865年世界 19世紀4月9日
1865年4月9日、リー将軍はアポマトックスでグラント将軍に降伏した——南北戦争の「終わりの始まり」であって、終結そのものではなかった
1865年4月9日、南軍のリー将軍は、ヴァージニア州アポマトックスのマクリーン邸でグラント将軍に北バージニア軍を降伏させた。条件は将校の帯剣・私物携行を認める寛大なものだったが、これは1個軍の降伏にとどまり、南北戦争そのものの終結ではなかった。
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1955年世界 20世紀4月5日
ウィンストン・チャーチルが、1955年4月5日、女王エリザベス2世に辞表を提出し、第2次政権の英首相を退任した——後任イーデンは翌6日に就任した
1955年4月5日、ウィンストン・チャーチルはバッキンガム宮殿で女王エリザベス2世に辞表を提出し、1951年10月から続けた第2次政権の英首相を退任した。前夜にはダウニング街10番地で女王を招いた送別の晩餐会が開かれ、翌6日、外相アンソニー・イーデンが後任の首相に任命された。