4月5日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1955年
ウィンストン・チャーチルが、1955年4月5日、女王エリザベス2世に辞表を提出し、第2次政権の英首相を退任した——後任イーデンは翌6日に就任した
80歳のチャーチルは、感情を制御できないことを理由に庶民院での告別演説を取りやめ、一人で車に乗り宮殿へ向かったという。
この週の出来事
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1896年世界 19世紀4月6日
ゲオルギオス1世が開会を宣言し、近代オリンピック第1回アテネ大会が幕を開けた——現在の暦で1896年4月6日、当時ギリシャで使われていた暦では3月25日
1896年4月6日(現在の暦)、ギリシャ・アテネのパナシナイコ・スタジアムで、国王ゲオルギオス1世が開会を宣言し、第1回近代オリンピック大会が始まった。当時ギリシャで使われていたユリウス暦では3月25日にあたる。参加国・選手数は資料によって記録が異なる。
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1949年世界 20世紀4月4日
北大西洋条約調印——1949年4月4日、ワシントンで12カ国が結んだ集団防衛
1949年4月4日、ワシントンD.C.のデパートメンタル講堂で、米国務長官ディーン・アチソンをはじめとする原加盟12カ国の代表が北大西洋条約に署名した。条約第5条は一国への武力攻撃を全締約国への攻撃とみなす集団防衛を定め、必要な批准書がそろった同年8月24日に発効した。
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1917年世界 20世紀4月3日
レーニン、亡命先のスイスからドイツ政府の便宜を受けた列車でペトログラードのフィンランド駅に帰還——露暦1917年4月3日(新暦4月16日)のことだった
1917年、亡命先のスイスからドイツ政府の便宜を受けた封印列車で移動したレーニンが、ペトログラードのフィンランド駅に帰還した。当時のロシアが用いていたユリウス暦(露暦)で4月3日、グレゴリオ暦(新暦)換算では4月16日にあたるこの夜、駅前に集まった群衆に迎えられ、装甲車の上から演説した。
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1948年世界 20世紀4月7日
病気ではなく健康を定義した憲章が発効、世界保健機関が発足
1948年4月7日、WHO憲章が発効し、世界保健機関(WHO)が国連の保健分野の専門機関として正式に設立された。憲章は約1年9か月前の1946年7月22日、ニューヨークで開かれた国際保健会議で署名されており、署名と発効(設立)は別の日である。発効には国連加盟国26か国の締約が必要だった。