10月16日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1793年
マリー・アントワネットは革命裁判所で死刑を宣告され、その日のうちに処刑された
証拠が乏しくても判決は覆らなかったと、処刑を記録するフランス政府自身の資料が伝える。
この週の出来事
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1582年世界 16世紀10月15日
教皇グレゴリウス13世の改暦で、1582年10月から10日間が消えた
1582年10月、教皇グレゴリウス13世の改暦により、ユリウス暦10月4日の翌日がグレゴリオ暦10月15日となり、10日間の日付表記が省かれた。春分のずれを正す改暦だったが、同時に対応したのは一部の国にとどまり、イギリスは1752年、日本は1873年、ロシアは1918年と、各国の採用時期は大きく分かれた。
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1973年世界 20世紀10月17日
OAPECは1973年10月17日、原油生産を毎月5%削減すると決定した
1973年10月17日、アラブ石油輸出国機構(OAPEC)は、原油生産を毎月5%削減すると決定した。前日16日にはOPEC加盟のペルシャ湾岸産油6カ国が原油公示価格を引き上げたと査読論文は記す。本記事は、決定した組織も内容も異なるこの2つを、出典に基づいて書き分ける。
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1867年世界 19世紀10月18日
国務長官スワードが結んだ720万ドルの取引は、半年後の夜、アラスカの暦から11日間を消した
アメリカは1867年3月30日、国務長官ウィリアム・スワードがロシア公使ストエクルの提案に合意し、アラスカ領を720万ドルで購入する条約を結んだ。同年10月18日、正式な引き渡しとともにアラスカの暦はユリウス暦からグレゴリオ暦へ切り替わり、住民は暦の上で11日を失ったとされる。
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1867年江戸時代10月14日
徳川慶喜は大政奉還の上表文を朝廷に提出し、政権を返上した
慶応3年(1867年)10月14日、江戸幕府第15代将軍徳川慶喜は朝廷へ大政奉還の上表文を提出し、翌15日、朝廷はこれを許可した。土佐藩の建白を受けた決断だったが、同じ14日、討幕派の薩摩・長州両藩には後世「討幕の密勅」と呼ばれる勅書も手交されていた。