10月17日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1973年
OAPECは1973年10月17日、原油生産を毎月5%削減すると決定した
生産削減を決めたのはOAPECである。前日に価格を引き上げたOPECとは別の組織だ、と査読論文は書き分けている。
この週の出来事
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1793年世界 18世紀10月16日
マリー・アントワネットは革命裁判所で死刑を宣告され、その日のうちに処刑された
1793年10月16日、マリー・アントワネットは革命裁判所で大逆罪により死刑を宣告され、同日、パリの革命広場(現在のコンコルド広場)でギロチンにより処刑された。弁護人が証拠の不在を訴えたが王妃の運命は既に決まっていたと、フランス法務省の資料は審理の実質を記す。
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1867年世界 19世紀10月18日
国務長官スワードが結んだ720万ドルの取引は、半年後の夜、アラスカの暦から11日間を消した
アメリカは1867年3月30日、国務長官ウィリアム・スワードがロシア公使ストエクルの提案に合意し、アラスカ領を720万ドルで購入する条約を結んだ。同年10月18日、正式な引き渡しとともにアラスカの暦はユリウス暦からグレゴリオ暦へ切り替わり、住民は暦の上で11日を失ったとされる。
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1582年世界 16世紀10月15日
教皇グレゴリウス13世の改暦で、1582年10月から10日間が消えた
1582年10月、教皇グレゴリウス13世の改暦により、ユリウス暦10月4日の翌日がグレゴリオ暦10月15日となり、10日間の日付表記が省かれた。春分のずれを正す改暦だったが、同時に対応したのは一部の国にとどまり、イギリスは1752年、日本は1873年、ロシアは1918年と、各国の採用時期は大きく分かれた。
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1781年世界 18世紀10月19日
コーンウォリスは、ヨークタウンでの降伏の儀式にオハラを代理に立てた
1781年10月19日、ヴァージニア州ヨークタウンでコーンウォリス率いる英軍がアメリカ・フランス連合軍に降伏した。コーンウォリスは次席指揮官オハラ准将に、儀式で英軍を代表するよう指示した。この報は英国政府を揺るがしノース卿内閣を退陣させたが、独立戦争の公式な終結は、なお2年近く先だった。