10月13日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1804年
華岡青洲は、通仙散による全身麻酔下で乳がん摘出手術を行った
『世界初の全身麻酔手術』と語られるが、その中身は事典によって世界か日本かで揺れている。
この週の出来事
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1867年江戸時代10月14日
徳川慶喜は大政奉還の上表文を朝廷に提出し、政権を返上した
慶応3年(1867年)10月14日、江戸幕府第15代将軍徳川慶喜は朝廷へ大政奉還の上表文を提出し、翌15日、朝廷はこれを許可した。土佐藩の建白を受けた決断だったが、同じ14日、討幕派の薩摩・長州両藩には後世「討幕の密勅」と呼ばれる勅書も手交されていた。
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1881年明治10月12日
政府が10年後の国会開設を約束する勅諭を発した
明治14年(1881年)10月12日、政府は10年後の明治23年(1890年)を期して国会を開設することを約束する勅諭を発した。前日にはブリタニカ国際大百科事典の記述で御前会議において参議大隈重信一派の罷免が決まっており(明治十四年の政変)、発端には開拓使官有物払下げ事件があった。
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1582年世界 16世紀10月15日
教皇グレゴリウス13世の改暦で、1582年10月から10日間が消えた
1582年10月、教皇グレゴリウス13世の改暦により、ユリウス暦10月4日の翌日がグレゴリオ暦10月15日となり、10日間の日付表記が省かれた。春分のずれを正す改暦だったが、同時に対応したのは一部の国にとどまり、イギリスは1752年、日本は1873年、ロシアは1918年と、各国の採用時期は大きく分かれた。
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1947年昭和10月11日
闇米を拒んだ判事、山口良忠が栄養失調で世を去った
1947年(昭和22年)10月11日、食糧管理法違反事件を担当する東京区裁判所の経済事犯専任判事だった山口良忠が、栄養失調により死去した(随伴した疾患名は肺結核とされる)。闇米を取り締まる立場にありながら自らは闇米の購入を拒み、配給食糧のみで生活した末の死だった。