華岡青洲は、通仙散による全身麻酔下で乳がん摘出手術を行った
日付と暦
- 原典表記
- 文化元年10月13日(和暦・太陰太陽暦)
- 換算
- 1804-11-14(グレゴリオ暦)
- 掲載日
- 10月13日のページ
暦の注記: この出来事は和暦(旧暦)の文化元年10月13日に起きた(グレゴリオ暦換算: 1804年11月14日)[SRC-00442]。本サイトでは 10-13 のページに掲載している。換算値は国立天文台「日本の暦日データベース」による [SRC-00442]。
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概要
文化元年(1804年)10月13日、紀伊国(現在の和歌山県)の外科医・華岡青洲は、自ら開発した麻酔薬「通仙散」を投与し、全身麻酔下で乳がん(乳癌)摘出手術を行った[SRC-00444][SRC-00443]。日本大百科全書は患者を「紀州五條の藍屋利兵衛の母、勘」と記し、松木明知は「藍屋かん」と記す[SRC-00444][SRC-00443]。手術は成功したが、患者は翌1805年2月に死去したと日本大百科全書は記す[SRC-00444]。この手術は「世界初の全身麻酔手術」と紹介されることがあるが、コトバンク収載の事典を見比べると、「世界最初」と明記するもの、モートンのエーテル麻酔法に先立つと記すもの、「日本最初」にとどめるものなど、評価の幅は資料によって異なる[SRC-00444]。麻酔科学史の専門研究者・松木明知は「世界で最初の記録が遺されている全身麻酔」と、記録の存否に留保を付けて評価している[SRC-00443]。
本文
青洲は紀伊国上那賀郡の医家に生まれ、23歳で京都に遊学して吉益南涯に古医方を、大和見立にオランダ流外科を学んだのち帰郷し、家業を継いだ[SRC-00444]。麻酔薬「通仙散」は、マンダラゲ(曼陀羅華)配合の内服全身麻酔剤であり、妻による人体実験で臨床薬理学的な検討を加えて完成させたと改訂新版世界大百科事典は記す[SRC-00444]。日本大百科全書は、通仙散はマンダラゲ(チョウセンアサガオ)を主剤とするものであったと記す[SRC-00444]。日本大百科全書はさらに、母も被験者として協力し、おそらくその中毒により死亡し、妻も失明したと記す[SRC-00444]。
文化元年10月13日、青洲はこの通仙散を用いて全身麻酔をかけ、患者の乳がん摘出手術を行った[SRC-00444][SRC-00443]。この手術が大評判になり、その噂は全国的に伝播したと松木明知は記す[SRC-00443]。手術は成功したが、患者は翌1805年2月に死去したと日本大百科全書は記す(同事典は暦種別を明示しない)[SRC-00444]。
歴史的背景
手術が行われた年については、かつて資料間で相違があった。呉秀三は1923年の著書で手術日を1805年(文化2)としており、後続の研究者もこれに従っていたと松木明知は記す[SRC-00443]。松木は、かんの没年月日と、初診から約40日で手術を受けたとする記録とを照らし合わせ、手術日を1804年(文化元)10月13日と確定したと記す[SRC-00443]。現在コトバンクに収載され手術年を記す5収載資料(日本大百科全書・改訂新版世界大百科事典・山川日本史小辞典改訂新版・百科事典マイペディア・デジタル版日本人名大辞典+Plus)はいずれも1804年で統一されている(本サイトの整理)[SRC-00444]。
タイムライン
| 日付(暦種別を明記) | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 天明2年(1782年)ごろ〜天明5年(1785年)(和暦) | 華岡青洲、京都に遊学し古医方・オランダ流外科を学ぶ | [SRC-00444] |
| (手術以前・時期不詳) | 青洲、麻酔薬「通仙散」を考案し、妻ら被験者による人体実験を経て完成させる | [SRC-00444] |
| 文化元年10月13日(和暦・グレゴリオ暦換算1804年11月14日) | 華岡青洲、患者に通仙散による全身麻酔をかけ、乳がん摘出手術を行う | [SRC-00442][SRC-00443][SRC-00444] |
| 文化2年(1805年)2月26日(和暦) | 藍屋かん、死去したと松木明知は記す | [SRC-00443] |
暦の注記: 手術日(文化元年10月13日)は和暦(旧暦)であり、グレゴリオ暦換算は1804年11月14日である(国立天文台「日本の暦日データベース」照会値、双方向で一致確認済み)[SRC-00442]。改暦境界(1582年10月・明治5年)には該当しない。
異説・論争 — 定説のない論点があります(開く)
手術年をめぐる資料間の相違: 手術が行われた年については、かつて資料間で相違があった。呉秀三は1923年の著書『華岡青洲先生及其外科』で手術日を1805年(文化2)10月13日とし、以後の研究者もこれに従っていたと松木明知は記す[SRC-00443]。松木は、患者藍屋かんの没年月日(文化2年2月26日、和暦)を確認し、初診から約40日で手術を受けたとする「乳巖治験録」の記述と照らし合わせることで、手術日を1804年(文化元)10月13日と決定できたと記す[SRC-00443]。この考証は松木明知「華岡青洲研究史」(日本医史学雑誌、2005年)に記されている[SRC-00443]。現在コトバンクに収載され手術年を記す5収載資料(日本大百科全書・改訂新版世界大百科事典・山川日本史小辞典改訂新版・百科事典マイペディア・デジタル版日本人名大辞典+Plus)はいずれも1804年とする(本サイトの整理)[SRC-00444]。
「世界初」評価の幅: この手術を「世界初」と紹介する資料もあれば、「日本初」にとどめる資料もあり、評価の広さは出典によって異なる。百科事典マイペディアは「1804年世界最初の全身麻酔手術(乳癌)に成功した」と留保なく明記し、和歌山県立医科大学公式サイトも「1804年に世界で初めて全身麻酔下で乳がんの手術に成功しました」と記す[SRC-00444][SRC-00445]。一方、日本大百科全書は「日本最初」、デジタル大辞泉は「日本初」、デジタル版日本人名大辞典+Plusは「文化元年日本初の全身麻酔による乳がん摘出手術」と、日本国内における先例として記す[SRC-00444]。改訂新版世界大百科事典は「世界初」の語自体は使わず、モートンらの発案になるエーテル麻酔法に「40年ばかり先立つ」という時期的な先後関係として記す[SRC-00444]。山川日本史小辞典改訂新版は「全身麻酔下ではじめて乳癌摘出手術を行った」と記すが、「はじめて」が世界・日本いずれの範囲を指すかは本文中に明示されない[SRC-00444]。ブリタニカ国際大百科事典小項目事典は、通仙散の逸話は記すものの「初」の評価語自体を用いない[SRC-00444]。麻酔科学史を専門とする松木明知(2005年、日本医史学雑誌)は、これらの中で最も慎重な表現をとり、「世界で最初の記録が遺されている全身麻酔である」と、記録の存否に留保を付けて評価している[SRC-00443]。
| 論点 | 説 | 根拠・出典 | 学界での位置づけ |
|---|---|---|---|
| 手術が行われた年 | 1805年(文化2)10月13日 | 呉秀三『華岡青洲先生及其外科』(1923年)以来の通説 | [SRC-00443] 松木明知の考証(「華岡青洲研究史」2005年)により誤りと訂正された旧説 |
| 同上 | 1804年(文化元)10月13日 | 松木明知の考証(「華岡青洲研究史」2005年)。現行のコトバンク収載事典のうち月日まで記す3系統(ニッポニカ・世界大百科・山川)も同じ日付 | [SRC-00443][SRC-00444] 現在の学術的到達点 |
| 「世界初」の評価 | 世界最初の全身麻酔手術と留保なく明記 | 百科事典マイペディア・和歌山県立医科大学公式サイト | [SRC-00444][SRC-00445] 留保のない評価 |
| 同上 | モートンのエーテル麻酔法に40年ばかり先立つ(「世界初」の語は不使用) | 改訂新版世界大百科事典 | [SRC-00444] 時期的先後関係の記述にとどめる |
| 同上 | 日本最初/日本初(国内限定の評価) | 日本大百科全書・デジタル大辞泉・デジタル版日本人名大辞典+Plus | [SRC-00444] 世界における順位には触れない |
| 同上 | 全身麻酔下ではじめて(主語不明示) | 山川日本史小辞典改訂新版 | [SRC-00444] 世界・日本いずれの範囲か明示しない |
| 同上 | 世界で最初の記録が遺されている全身麻酔(記録の存否に留保) | 松木明知(2005年、査読論文) | [SRC-00443] 学術的に最も慎重な表現 |
関連する出来事
- 改訂新版世界大百科事典は、この手術がモートンらの発案になるエーテル麻酔法に40年ばかり先立つと記す[SRC-00444](モートンのエーテル麻酔法自体は記事未作成)。
関連人物
- 華岡青洲(はなおかせいしゅう) — 江戸後期の外科医。麻酔薬「通仙散」を開発し、文化元年10月13日、全身麻酔下で患者の乳がん摘出手術を行った[SRC-00444][SRC-00443]
- 患者(藍屋かん) — 日本大百科全書は患者を「紀州五條の藍屋利兵衛の母、勘」と記し、松木明知は「藍屋かん」と記す。この手術を受けた患者。手術は成功したが、翌1805年2月に死去したと日本大百科全書は記す[SRC-00444][SRC-00443]
歴史的意義
改訂新版世界大百科事典は青洲を「初期の全身麻酔の実施で有名」と記し、ブリタニカ国際大百科事典小項目事典は「妻が試験内服して失明した逸話とともに名高い」と記す[SRC-00444]。ただし、その評価は「世界初」という一語に単純化されがちである一方、実際の学術資料は「日本初」にとどめる記述や、記録の存否に留保を付けた記述など幅を持っており、この幅そのものが、史実をどこまで確からしく語れるかという史料批判の実例になっている(本サイトの整理)[SRC-00444][SRC-00443]。
現代の視点
「世界初」という肩書は分かりやすい反面、どの範囲・どの条件での「初」なのかを曖昧にしやすい。この手術についても、比較の対象(西洋のエーテル麻酔)・比較の範囲(世界か日本国内か)・評価の留保(記録が遺っている範囲での「最初」か、絶対的な「最初」か)によって、資料ごとに書きぶりが異なることが分かる。麻酔科学史の専門研究者である松木明知が採る「世界で最初の記録が遺されている全身麻酔」という表現は、これらの論点を踏まえた慎重な言い回しであり、断定を避けつつ史実の確からしさを示す一つのモデルといえる(本サイトの整理)[SRC-00443]。
出典一覧
- [SRC-00442] 日本の暦日データベース(国立天文台 暦計算室)— 文化元年10月13日の換算照会結果/国立天文台 暦計算室(ランクA)
- [SRC-00443] 松木明知「華岡青洲研究史」『日本医史学雑誌』第51巻第3号(2005年)355〜382頁/日本医史学会(ランクA)
- [SRC-00444] 華岡青洲(コトバンク収載)/コトバンク(朝日新聞社・VOYAGE MARKETING運営)(ランクB)(複数の資料を収載)
- [SRC-00445] 和歌山県立医科大学 特色GP 華岡青洲/和歌山県立医科大学(ランクB)
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訂正履歴
| 版 | 日付 | 事実主張への変更 |
|---|---|---|
| 1 | 2026-09-03 | — |
| 2 | 2026-09-03 | あり |
訂正の方針は訂正ポリシーに記載しています。各版が事実主張に関わる変更を伴ったかは上表のとおりで、再fact-checkの実施状況は検証記録でご確認いただけます。