6月9日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
-
1815年
ウィーン会議最終議定書への署名——条約集の見出しに挙げられた8カ国のうち、1815年6月9日に実際に署名したのは7カ国だった
最終議定書の「8カ国」は条約集の見出しに挙げられた当事国で、実際に1815年6月9日に署名したのは7カ国だった
この週の出来事
-
1865年世界 19世紀6月10日
ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』ミュンヘンで初演——歌手の急な声がれにより、当初予定の1865年5月15日から6月10日まで延期された
1865年6月10日、リヒャルト・ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』がミュンヘンの宮廷劇場で初演された。当初は同年5月15日の予定だったが、イゾルデ役マルヴィーナ・シュノル・フォン・カロルスフェルトが急に声がかれたため延期された。国王ルートヴィヒ2世の支援で実現し、指揮はハンス・フォン・ビューローが務めた。
-
1949年世界 20世紀6月8日
ジョージ・オーウェル『一九八四年』刊行——病床で書き上げた近未来小説、英国で出版される
1949年6月8日、ジョージ・オーウェルの小説『一九八四年(Nineteen Eighty-Four)』がイギリスで刊行された(出版社はセッカー・アンド・ウォーバーグとされる)。結核で病床のオーウェルはジュラ島の農家でほぼ独力で原稿を書き上げ、米国版は5日後の6月13日に刊行されたとされる。
-
1628年世界 17世紀6月7日
チャールズ1世は1628年6月7日、『権利の請願』に裁可を与えた——5日前の回答を、議会は『明確でなく満足できるものではない』と突き返していた
1628年6月7日、イングランド王チャールズ1世は議会の『権利の請願』に完全な裁可を与えた。5日前に示した回答を貴族院自身が『明確でなく満足できるものではない』と判断し、国王は議会に出席して裁可し直した。請願は無断課税・強制公債・戒厳令下の軍事裁判・民家への強制宿営の禁止を求めていた。
-
1873年明治6月11日
渋沢栄一、第一国立銀行の創立総会に出席——自ら起草した規則を株主に説き、取締役への推薦は辞退した
1873年(明治6年)6月11日、東京・兜町の第一国立銀行本店で創立総会が開かれた。渋沢栄一は銀行運営方法・役員選任・総監役設置の三案を提議し、自ら起草した規則を株主に説いて賛同を得たが、取締役への推薦は、大蔵省を辞した後もなお太政官から御用滞在の命を受けていたことを理由に辞退した。