1628年世界 17世紀

チャールズ1世は1628年6月7日、『権利の請願』に裁可を与えた——5日前の回答を、議会は『明確でなく満足できるものではない』と突き返していた

日付と暦

原典表記
1628年6月7日(ユリウス暦)
換算
1628-06-07(ユリウス暦)
掲載日
6月7日のページ

暦の注記: この出来事は、当時のイングランドで用いられていたユリウス暦の1628年6月7日に起きた(ユリウス暦換算: 1628-06-07)[SRC-02370][SRC-02375]。イングランドは大陸諸国が1582年に改暦した後も、1752年に新暦(グレゴリオ暦)へ改暦するまでユリウス暦を用い続けており[SRC-00614]、暦法自体の換算は発生しない恒等変換である[SRC-00614]。この日付は当時の年始(3月25日起算)のもとでも1628年であり、年表記の割れは生じない(6月は年始より後のため)。本サイトでは06-07のページに掲載している。なお、本法は法令集上『1627年』の法として分類されているが、これは議会会期の開会日(1627年3月17日、当時の年始による。現代の年始では1628年)に基づく法令引用上の慣行であり、国王裁可自体の日付(1628年6月7日)とは異なる区別である[SRC-02370]。

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概要

1628年6月7日、イングランド王チャールズ1世は、議会(貴族院・庶民院)が提出した『権利の請願』に完全な裁可を与えた[SRC-02370][SRC-02375]。請願は、議会の同意のない課税や強制公債[SRC-02370]、理由を示さない投獄[SRC-02446]、戒厳令による軍人以外への軍事裁判[SRC-02377]、民家への兵士の強制宿営の禁止[SRC-02370]を国王に求めていた。両院は5月27日までに文言に合意し、28日、国王が午後3時、バンケティング・ハウスで受け取る意向を示したが[SRC-02372][SRC-02373]、6月2日の国王の第一回目の回答は、貴族院自身によって『明確でなく満足できるものではない』と判断された[SRC-02374][SRC-02375]。6月7日、チャールズは議会に出席し、請願文書から先の回答を切除させたうえで、"Soit Droit fait come est desire."(望まれるとおりに権利の行われることを)という定式で改めて裁可を与えた[SRC-02375]。

本文

1628年5月27日、貴族院は、両院が合意した文言修正2箇所(「pretext」を「means」へ、「不法な誓約」を「この国の法と法令によって正当化されない誓約」へ)を経た権利の請願に、全員異議なく同意した[SRC-02371][SRC-02372]。庶民院の使者は、両院の協力によってこの議会は「祝福された議会(Parliamentum benedictum)」と呼ばれるべきだと伝えたと記録される[SRC-02372]。前日には貴族院が、国王至上権の宣誓(Oath of Supremacy)によって守り擁護すると誓ったものを損ない妨げる意図は一切ないとあらかじめ宣言していた[SRC-02371]。

5月28日、両院一致で合意した請願について、国王は午後3時、バンケティング・ハウスで受け取る意向を示した[SRC-02373]。

6月2日、チャールズは議会に出席し、「国王は、この国の法と慣習に従って権利が行われることを望む」という回答を与えたが[SRC-02374]、貴族院自身によって「明確でなく満足できるものではない」と判断された[SRC-02375]。貴族院は庶民院との合同会議を求め、両院は改めて国王に明確な回答を求めた[SRC-02375]。

6月7日午後、チャールズは再び議会に出席した[SRC-02375]。国王は書記に命じ、6月2日付の最初の回答を請願文書から切除させ[SRC-02375]、「あらゆる曖昧な解釈を避け、言葉においても実質と同様に諸君を喜ばせたい」と述べたうえで[SRC-02375]、"Soit Droit fait come est desire."という定式で裁可を与えた[SRC-02370][SRC-02375]。国王はさらに「これは最初の回答で与えたもの以上のものではない」と述べ、庶民院は大きな喜びの拍手を送った[SRC-02375]。

歴史的背景

チャールズ1世は1625年に即位し[SRC-01328]、議会の同意なしに公債を課す「強制公債」(1626-27年)[SRC-02376]を行い、拒否した者を投獄したとされる[SRC-02377]。投獄された5人の騎士が人身保護令状を求めた裁判(ダーネル事件、1627年)を機に、庶民院はエドワード・コークの発議で法案化に動いたと伝えられる[SRC-02377]。貴族院は国家理由による人身保護の制限を認める修正を試みたが、コークの反対を受けて折れ、国王は裁可したとされる[SRC-02377](本段落は単独の参考事典〔Encyclopedia of the American Constitution〕による背景説明であり、本記事の中核的主張ではない)。

タイムライン

日付(暦種別: ユリウス暦) 出来事 出典
1628年5月27日 貴族院、文言修正済みの権利の請願に全会一致で同意 [SRC-02371][SRC-02372]
1628年5月28日 国王、両院一致で合意した権利の請願をバンケティング・ハウスで受け取る意向を示す [SRC-02373]
1628年6月2日 国王の第一回目の回答(貴族院は「明確でなく満足できるものではない」と判断) [SRC-02374][SRC-02375]
1628年6月7日 国王チャールズ1世、完全な裁可を与える(本記事の主題) [SRC-02370][SRC-02375]
異説・論争定説のない論点があります
論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
権利の請願の法的性格 正式な法律(Act)である 英国の現行法令データベース(legislation.gov.uk)は、本請願を法令集の1章(3 Cha.1 c.1)として収載する legislation.gov.uk(英国政府・The National Archives)
同上 正式な法令・勅令ではないが、慣行上完全な法の効力を持つに至った文書である 『オックスフォード成句・寓話辞典』はこの位置づけを明記する Oxford University Press刊の事典(Encyclopedia.comに収載)

本サイトはこの当否を判定しない。権利の請願は国王裁可を伴う議会での手続きを経ている[SRC-02370]。

関連する出来事

1626〜1627年、チャールズ1世による強制公債の徴収[SRC-02376]と、これを拒んだ5人の騎士の投獄(ダーネル事件)が、本請願の直接の背景になったとされる[SRC-02377]。

『ワールド・エンサイクロペディア』は、この請願が議会の解散とチャールズによる「無拘束の統治」の時代につながったと記す[SRC-02376]。

1649年1月30日、チャールズ1世は反逆罪で処刑された(既公開記事「チャールズ1世は1649年1月30日、反逆罪で処刑された——彼を裁いた法廷の設置法を、貴族院はその数日前に反対していた」)。

1649年5月19日、残部議会(ランプ議会)はイングランドを「国王も貴族院もない」共和国と宣言した(既公開記事「残部議会は1649年5月19日、イングランドを『国王も貴族院もない』共和国と宣言した——チャールズ1世処刑から109日後、わずか一つの段落による法律だった」)。

関連人物

チャールズ1世: 1625年に即位した国王として、本請願に関する2度の回答(6月2日の回答・6月7日の完全な裁可)をいずれも自ら議会に出席して行った[SRC-02374][SRC-02375]。

歴史的意義

権利の請願は、マグナ・カルタ以来の権利の確認に連なる文書として、後世の憲法史上重要な位置を占めてきたと評価される[SRC-02377]。合衆国憲法修正3条の一部はこの請願に由来するとされ、議会の同意なき課税への反対論の根拠としても米国で参照されたと伝えられる[SRC-02377]。

一方で、『オックスフォード英国史事典』は、裁可された請願が刊行される際に国王の第一回目の回答のみが収録され、これが国王は約束を翻すのではという懸念を人々に生じさせたと記す[SRC-02376]。実際にはチャールズは請願の字句を忠実に守ったと同事典は記す[SRC-02376]。

現代の視点

本記事は、国王大権と議会主権のどちらに正当性があったかという政治的評価には立ち入らず、議会・国王間で実際に何が記録されたか(文書の文言・会議の経緯・裁可の方式)に限定して記述した。「法の支配」「立憲主義」といった評価語を用いる場合は、後世の歴史家・事典による評価であることを明示し、本サイト自身の評価としては提示していない(本稿の整理)。

出典一覧

  1. [SRC-02370] The Petition of Right [1627] (3 Cha.1 c.1) — legislation.gov.uk/legislation.gov.uk(The National Archives、英国政府)(ランクS)
  2. [SRC-02371] House of Lords Journal Volume 3: 26 May 1628/Journal of the House of Lords, Volume 3, 1620-1628(原版 His Majesty's Stationery Office, London, 1767-1830刊)/ デジタル化・公開: British History Online(Institute of Historical Research, University of London)(ランクA)
  3. [SRC-02372] House of Lords Journal Volume 3: 27 May 1628/Journal of the House of Lords, Volume 3, 1620-1628(原版 His Majesty's Stationery Office, London, 1767-1830刊)/ デジタル化・公開: British History Online(Institute of Historical Research, University of London)(ランクA)
  4. [SRC-02373] House of Lords Journal Volume 3: 28 May 1628/Journal of the House of Lords, Volume 3, 1620-1628(原版 His Majesty's Stationery Office, London, 1767-1830刊)/ デジタル化・公開: British History Online(Institute of Historical Research, University of London)(ランクA)
  5. [SRC-02374] House of Lords Journal Volume 3: 2 June 1628/Journal of the House of Lords, Volume 3, 1620-1628(原版 His Majesty's Stationery Office, London, 1767-1830刊)/ デジタル化・公開: British History Online(Institute of Historical Research, University of London)(ランクA)
  6. [SRC-02375] House of Lords Journal Volume 3: 7 June 1628/Journal of the House of Lords, Volume 3, 1620-1628(原版 His Majesty's Stationery Office, London, 1767-1830刊)/ デジタル化・公開: British History Online(Institute of Historical Research, University of London)(ランクA)
  7. [SRC-02376] petition of right — Encyclopedia.com(複数事典の集成ページ)/Encyclopedia.com(複数の事典出版物を集成するリファレンスサイト)(ランクB)(複数の資料を収載)
  8. [SRC-02377] Petition of Right (June 7, 1628) — Encyclopedia.com/Encyclopedia.com(『Encyclopedia of the American Constitution』第2版を収載)(ランクB)
  9. [SRC-02446] The Petition of Right [1627] (3 Cha.1 c.1) — As Enacted — legislation.gov.uk/legislation.gov.uk(The National Archives、英国政府)(ランクS)
  10. [SRC-00614] The Gunpowder Plot — House of Commons Information Office Factsheet G8/House of Commons Information Office(英国庶民院広報室)/ UK Parliament(ランクA)
  11. [SRC-01328] Charles I | Accomplishments, Execution, Successor, & Facts/Encyclopaedia Britannica, Inc.(ランクB)

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訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-10-08—
22026-10-08あり
32026-10-08あり
42026-10-08なし

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