5月17日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1792年
すずかけ協定(ボタンウッド協定)の締結——ニューヨークの24名のブローカーが交わした誓約書を、ニューヨーク証券取引所は自ら「公式な創立」と位置づける
NYSEが「公式な創立」と位置づける1792年の誓約書は、組織も名称も持たない、24名による手数料協定だった。
この週の出来事
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1703年世界 18世紀5月16日
ピョートル1世、ネヴァ河口のザーヤチー島にペトロパヴロフスク要塞の建設を始める——サンクトペテルブルク建都の日とされる、露暦1703年5月16日のことだった
1703年、ロシアのツァーリ、ピョートル1世はスウェーデンの要塞ニエンシャンツを攻略した後、ネヴァ川河口のザーヤチー島にペトロパヴロフスク要塞の建設を始めた。ユリウス暦5月16日(グレゴリオ暦換算5月27日)にあたるこの日は、サンクトペテルブルク建都の日とされる。
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1848年世界 19世紀5月18日
フランクフルト国民議会は、1848年5月18日、パウロ教会で開会した——ドイツ連邦議会が「最初の全ドイツ議会」と位置づけるこの議会は、翌年に憲法を可決しながら、国家樹立には至らなかった
1848年5月18日、フランクフルト・アム・マインで、議員はまず市庁舎のカイザーザールに集まり、パウロ教会へ移って国民議会が開会した。連邦議会はこれを「最初の全ドイツ議会」と位置づける。議会は翌1849年3月に帝国憲法を可決・公布し、プロイセン国王を皇帝に選出したが、同国王は同年4月にこれを拒んだ。
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1649年世界 17世紀5月19日
残部議会は1649年5月19日、イングランドを「国王も貴族院もない」共和国と宣言した——チャールズ1世処刑から109日後、わずか一つの段落による法律だった
1649年5月19日、プライドの粛清を経て残った議会(残部議会)は、イングランドの人民を「国王も貴族院もない、共和国かつ自由国家」として統治すると定める法律を成立させた。チャールズ1世処刑から109日後、条文はわずか1段落にとどまった。
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1911年世界 20世紀5月15日
1911年5月15日、合衆国最高裁判所がスタンダード・オイル・カンパニーに解体を命じた——反トラスト法に「合理の原則」を導入した判決
1911年5月15日、合衆国最高裁判所は、スタンダード・オイル・カンパニー・オブ・ニュージャージーとその子会社群の結合がシャーマン反トラスト法に違反するとして解体を命じた。判決は反トラスト法の解釈に「合理の原則」を導入し、下級審が与えた30日の履行期間を少なくとも6か月へ延長すべきであるとした。