1649年世界 17世紀

残部議会は1649年5月19日、イングランドを「国王も貴族院もない」共和国と宣言した——チャールズ1世処刑から109日後、わずか一つの段落による法律だった

日付と暦

原典表記
1649年5月19日(ユリウス暦)
換算
1649-05-19(ユリウス暦)
掲載日
5月19日のページ

暦の注記: この出来事は、当時のイングランドで用いられていたユリウス暦で1649年5月19日に起きた(ユリウス暦換算〔恒等変換〕: 1649-05-19)[SRC-02218]。イングランドは1752年の改暦まで、旧暦(ユリウス暦)から新暦(グレゴリオ暦)への切り替え前の暦を用い続けており[SRC-00614]、暦法自体の換算は発生しない恒等変換である。当時は1月1日ではなく3月25日を年始とする年表記(Old Style)も用いられていたが、本記事の対象日(5月19日)は年始より後にあたるため、当時の年表記と現代の年表記との間に年の相違は生じない(本稿の整理)。なお、本文中に登場する年始より前の日付(1648年12月6日・1649年1月30日・3月17日・3月19日)は現代の1月1日年始の表記で記しており、当時の原典はこれらを1648年の表記で記す。本サイトでは 05-19 のページに掲載している。換算の帰属は庶民院広報室ファクトシートによる[SRC-00614]。

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概要

1649年5月19日、イングランド議会は、人民を「国王も貴族院もない」統治のもとで「共和国かつ自由国家(Commonwealth and Free-State)」として統治すると宣言する法律を成立させた[SRC-02218]。この法律を可決したのは、同年1月のチャールズ1世処刑に至る過程で、軍によるプライドの粛清により下院議員45名が逮捕・186名が排除された後に残った議会——残部議会、通称「ランプ議会」であった[SRC-01332]。同議会はすでに同年3月、国王職を廃止する法律と貴族院を廃止する法律を成立させていた[SRC-02219][SRC-02220]。条文全体はわずか一つの段落にとどまる[SRC-02218]。

本文

1648年12月6日、プライド大佐配下の兵が下院議員45名を逮捕し186名を排除した「プライドの粛清」の後、残った議会の一部勢力は、1649年1月6日、貴族院の直前の反対決議を押し切ってチャールズ1世を裁く法廷の設置法を成立させた[SRC-01332]。チャールズ1世は同年1月30日に処刑された[SRC-01332](経緯の詳細は関連記事を参照)。

処刑から1か月半後の1649年3月17日、議会は「国王職、およびその権力をただ一人に委ねることは、人民の自由・安全・公共の利益にとって不要・重荷・危険である」として、イングランド・アイルランドにおける国王職を、以後いかなる一人の人物も保持・行使できないと定める法律を成立させた[SRC-02219]。その2日後の3月19日には、「貴族院を存続させることはイングランドの人民にとって無用かつ危険である」と、長年の経験から判明したとして、貴族院を以後廃止すると定める法律も成立させた[SRC-02220]。ただし、共和国(Commonwealth)に名誉・勇気・忠誠を示した貴族とその子孫は、選出されれば国の公的な評議に加わり自由な投票権を持てるという留保が付けられた[SRC-02220]。

さらに2か月後の5月19日、議会はイングランドの人民が、議会の人民代表とその任命する役人によって、「国王も貴族院もない」統治のもとで「共和国かつ自由国家として統治される」と定める法律を成立させた[SRC-02218]。この条文は、新たな統治機構の具体的な制度設計(議会の構成・任期・選挙方法等)までは定めなかった[SRC-02218]。UK議会自身は、3月の2つの法律と5月のこの宣言を合わせて「イングランドは共和国になる(England becomes a Republic)」という見出しのもとで紹介している[SRC-01332]。

歴史的背景

プライドの粛清により院内の所属議員が大きく減少し、残った議員はおよそ200名にとどまったと記録される[SRC-01332]。内戦(清教徒革命)の呼称・評価は、史学上の学派により大きく異なる(詳細は異説・論争欄を参照)[SRC-01333]。

タイムライン

日付(暦種別: ユリウス暦) 出来事 出典
1648年12月6日 プライドの粛清(下院議員45名逮捕・186名排除) [SRC-01332]
1649年1月30日 チャールズ1世処刑(別記事参照) [SRC-01332]
1649年3月17日 国王職を廃止する法律が成立 [SRC-02219][SRC-01332]
1649年3月19日 貴族院を廃止する法律が成立 [SRC-02220][SRC-01332]
1649年5月19日 イングランドを「国王も貴族院もない、共和国かつ自由国家」と宣言する法律が成立 [SRC-02218][SRC-01332]
異説・論争定説のない論点があります

共和国を宣言する法律そのものの成立経緯に異説はないが、内戦(清教徒革命)の呼称・評価は、時代ごとに大きく異なる学派によって異なる意味づけが与えられてきた。本サイトはいずれの評価が妥当かを判定しない。

論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
内戦(清教徒革命)の呼称・評価 19世紀のホイッグ史観は、専制的な国王と改革的な議会の対立と位置づけ、クロムウェルを「人民の偉大な解放者」であり「民主主義の英雄」とみなした [SRC-01333] 19世紀の学派
内戦(清教徒革命)の呼称・評価 1940年代のマルクス主義的解釈は、事件を「イングランド革命」と呼び、商業階級を中心とした階級闘争として描いた [SRC-01333] 1940年代の学派
内戦(清教徒革命)の呼称・評価 1970年代以降の修正主義は、地域的な利害・忠誠関係、チャールズ1世の人物像と王権のあり方、そしてイングランド内戦を「英国」規模の内戦(諸国内戦)へ拡張して捉える視点を重視した [SRC-01333] 1970年代の学派(UK議会が記す)
内戦(清教徒革命)の呼称・評価 その後の研究の一部は、17世紀の出来事を動かした駆動力は政治的・社会的な目的ではなく宗教だったとし、内戦を「(イングランド・英国の)宗教戦争」として位置づけるべきだとする [SRC-01333] 修正主義以降の研究動向(UK議会は「多くの歴史家が今ではそう考えている」と紹介する)

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

この宣言法は、イングランドが国王を戴く統治を法的に手放したことを明文化した法律である[SRC-02218]。UK議会自身は、1649年3月の2つの法律と5月のこの宣言を合わせて「イングランドは共和国になる」という経過として紹介している[SRC-01332]。内戦(清教徒革命)の呼称・評価は、史学上の学派により大きく異なる(異説・論争欄を参照)[SRC-01333]。

現代の視点

本記事の射程は、1649年1月の処刑後から同年5月の共和国宣言までの法制上の経過に限定する。これより後の時期の出来事・論点への接続は行わない(本サイトの整理)。

出典一覧

  1. [SRC-02218] May 1649: An Act Declaring and Constituting the People of England to be a Commonwealth and Free-State/British History Online(Institute of Historical Research, University of London 運営)(ランクA)
  2. [SRC-02219] March 1649: An Act for the abolishing the Kingly Office in England and Ireland, and the Dominions thereunto belonging/British History Online(Institute of Historical Research, University of London 運営)(ランクA)
  3. [SRC-02220] March 1649: An Act for the Abolishing the House of Peers/British History Online(Institute of Historical Research, University of London 運営)(ランクA)
  4. [SRC-02221] House of Commons Journal Volume 6: 19 May 1649/British History Online(Institute of Historical Research, University of London 運営)(ランクA)
  5. [SRC-02222] House of Commons Journal Volume 6: 17 March 1649/British History Online(Institute of Historical Research, University of London 運営)(ランクA)
  6. [SRC-02223] House of Commons Journal Volume 6: 19 March 1649/British History Online(Institute of Historical Research, University of London 運営)(ランクA)
  7. [SRC-01328] Charles I | Accomplishments, Execution, Successor, & Facts/Encyclopaedia Britannica, Inc.(ランクB)
  8. [SRC-01332] Pride's Purge, 'the Rump' and regicide/UK Parliament(Living Heritage — 議会の歴史解説シリーズ)(ランクA)
  9. [SRC-01333] Great rebellion, English Revolution or War of Religion?/UK Parliament(Living Heritage — 議会の歴史解説シリーズ)(ランクA)
  10. [SRC-00614] The Gunpowder Plot — House of Commons Information Office Factsheet G8/House of Commons Information Office(英国庶民院広報室)/ UK Parliament(ランクA)

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訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-10-07あり
22026-10-07あり
32026-10-07あり
42026-10-07なし

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