12月4日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1872年
1872年12月、無人のまま大西洋を漂流するメアリー・セレスト号が発見された——船はほぼ無傷、乗員10人だけが消え、原因は今も分かっていない
船はほぼ無傷、積み荷も無事なのに、乗員10人だけが消えた——150年以上、誰も答えを出し切れていない。
この週の出来事
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1791年世界 18世紀12月5日
1791年12月5日、モーツァルトがウィーンで死去した——死因は今も論争が続き、後世は「サリエリの毒殺」という伝説を生んだ
1791年12月5日、ウィーンでヴォルフガング・アマデ・モーツァルトが死去した。死亡検視記録は死因を急性の粟粒疹熱と記したが、確定的な病名を巡る医学史上の論争は今も続く。死後まもなく流布した「サリエリによる毒殺」という説は、学界では否定されている。
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1967年世界 20世紀12月3日
1967年12月3日、クリスチャン・バーナードは世界初のヒト間心臓移植手術に踏み切った——手術は成功、患者は18日後に肺炎で死亡した
1967年12月3日、南アフリカ・ケープタウンのグルート・スキュール病院で、クリスチャン・バーナードがヒトからヒトへの心臓移植として世界初の手術を執刀した。患者ルイス・ワシュカンスキーは術後18日目に肺炎で死亡し、ドナーの死亡判定をめぐる経緯には出典間で食い違いも残る。
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1804年世界 19世紀12月2日
1804年12月2日、ノートルダム大聖堂でナポレオンが皇帝に戴冠——教皇が祝別した帝冠を、自らの手で頭に載せた
1804年12月2日(共和暦では13年霜月11日)、パリのノートルダム大聖堂でナポレオン・ボナパルトの皇帝戴冠式が教皇ピウス7世臨席のもと行われた。教皇は祭壇上の帝冠を祝別したのみで、これを自らの頭に載せ、続けて皇后ジョゼフィーヌにも自ら冠を授けたのはナポレオン自身だったと記録は伝える。
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1865年世界 19世紀12月6日
合衆国憲法修正13条、1865年12月6日に必要な27州に達した——国務長官はその12日後に成立を証明した
1865年12月6日までに、合衆国36州のうち27州——修正条項の発効に必要な4分の3——が合衆国憲法修正13条を批准した。国務長官ウィリアム・H・スワードは12日後の12月18日、布告第52号でこれを正式に証明した。