合衆国憲法修正13条、1865年12月6日に必要な27州に達した——国務長官はその12日後に成立を証明した
日付と暦
- 原典表記
- 1865年12月6日(グレゴリオ暦)
- 換算
- 1865-12-06(グレゴリオ暦)
- 掲載日
- 12月6日のページ
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概要
1865年12月6日までに、当時の合衆国36州のうち27州——修正条項の発効に必要な4分の3——が合衆国憲法修正13条を批准した[SRC-00888][SRC-00890][SRC-00891]。HISTORYの報道によれば、この時点で27州目の批准を行ったのはジョージア州だったとされる[SRC-00892]。修正13条は、奴隷制と強制労働を、正当な手続によって有罪の判決を受けた者に対する処罰としての場合を除いて禁じる条項である[SRC-00888][SRC-00891]。批准達成から12日後の12月18日、国務長官ウィリアム・H・スワードは布告第52号を発し、27州の批准を得た修正13条が合衆国憲法の一部として効力を生じたことを公式に証明した[SRC-00890][SRC-00891]。批准要件が満たされた日(12月6日)と、それが公式に証明された日(12月18日)は、異なる日付である。
本文
連邦議会は1865年1月31日、修正13条を各州に提案する共同決議を、下院で賛成119・反対56の票決により可決した[SRC-00888]。上院はすでに1864年4月8日にこれを可決していた[SRC-00889]。翌2月1日、リンカーン大統領はこの決議を承認したが、議会調査局(CRS)の解説によれば、合衆国憲法上、大統領の署名は修正条項の発議・批准の手続として必要とされていない[SRC-00888][SRC-00889]。
修正13条の議会通過に強く尽力していたリンカーンは[SRC-00888]、1865年4月14日に暗殺され、副大統領アンドリュー・ジョンソンが大統領を継いだ[SRC-00890]。CRSの解説によれば、ジョンソンは複数の南部諸州に対し、修正13条の批准を連邦復帰の条件の一つとして働きかけ、これに成功したとされる[SRC-00890]。
こうした経緯を経て、1865年12月6日までに、当時の合衆国36州のうち27州——発効に必要な4分の3——が修正13条を批准したことになった[SRC-00888][SRC-00890][SRC-00891]。HISTORYの報道によれば、この要件を最終的に満たしたのはジョージア州の批准によるものだったとされる[SRC-00892]。国務長官ウィリアム・H・スワードは12日後の12月18日、布告第52号によって、修正13条を批准した27州(ジョージア州を含む)が当時36州の4分の3に当たることを確認し、修正13条が合衆国憲法の一部として効力を生じたことを証明した[SRC-00890][SRC-00891]。
修正13条第1節は「Neither slavery nor involuntary servitude, except as a punishment for crime whereof the party shall have been duly convicted, shall exist within the United States, or any place subject to their jurisdiction.」(奴隷制も強制労働も、正当な手続によって有罪の判決を受けた者に対する処罰としての場合を除き、合衆国内またはその管轄に服するいかなる場所においても存在してはならない)と規定し、第2節は「Congress shall have power to enforce this article by appropriate legislation.」(連邦議会は、適切な立法によってこの条を実施する権限を有する)と、連邦議会にこれを実施する立法権限を与えた[SRC-00888][SRC-00891]。
歴史的背景
NARAの解説によれば、リンカーンが1863年に発した奴隷解放宣言は、当時反乱状態にあった地域の奴隷のみを対象としており、連邦にとどまった「境界州」には適用されなかったため、それ自体では合衆国全土の奴隷制を終わらせるものではなかった[SRC-00888]。修正13条の起草者は、1787年の北西部条例(北西部準州における奴隷制を禁じた条例)が用いた「犯罪に対する処罰としての場合を除き」という文言を直接に継受した[SRC-00889]。
タイムライン
| 日付(暦種別を明記) | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 1864-04-08(グレゴリオ暦) | 上院、修正13条を提案する共同決議を可決 | [SRC-00889] |
| 1865-01-31(グレゴリオ暦) | 下院、同決議を賛成119・反対56で可決 | [SRC-00888][SRC-00889] |
| 1865-02-01(グレゴリオ暦) | リンカーン大統領、決議を承認(大統領署名は憲法上必須ではない) | [SRC-00888][SRC-00889] |
| 1865-04-14(グレゴリオ暦) | リンカーン暗殺。副大統領アンドリュー・ジョンソンが大統領を継承 | [SRC-00890] |
| 1865-06-19(グレゴリオ暦) | (関連)テキサス州で一般命令第3号、被奴隷者に解放を告知 | [SRC-00893] |
| 1865-12-06(グレゴリオ暦) | 27州(36州の4分の3)に到達、発効要件を満たす(27州目はジョージア州とされる) | [SRC-00888][SRC-00890][SRC-00891][SRC-00892] |
| 1865-12-18(グレゴリオ暦) | 国務長官スワード、布告第52号で修正13条の成立を証明 | [SRC-00890][SRC-00891] |
異説・論争 — 定説のない論点があります(開く)
「奴隷制はいつ実質的に終わったのか」という問いには複数の答え方があり、憲法の発効日・地域ごとの解放の告知・例外条項の運用・州の手続的完了という異なる位相の論点が併存する(本サイトの整理)。
| 論点 | 説 | 根拠・出典 | 学界での位置づけ |
|---|---|---|---|
| 「奴隷制の実質的な終焉」はいつか | 憲法上の終焉は1865年12月6日(修正13条が発効要件を満たした日) | NARA・CRSの解説 | NARAはこの批准達成をもって合衆国における奴隷制が廃止されたと記し、CRSも同日を発効要件充足日として記す[SRC-00888][SRC-00890] |
| 同上 | ジューンティーンス(1865年6月19日、テキサス州での一般命令第3号)を、被奴隷者への解放告知として記念する伝統がある | 一般命令第3号(NARA) | NARAはこれを合衆国における奴隷制終結を記念する最古の祝祭と位置づけ、2021年に連邦の祝日となった[SRC-00893] |
| 同上 | 修正13条の例外条項(犯罪に対する処罰としての場合を除く)の下、南部諸州の囚人貸し出し制度により、多数の黒人が事実上の強制労働に1930年代まで置かれ続けたとする批判。この制度が広範に終焉したのは第二次世界大戦の頃とされる | EJIの調査 | EJIの記事は、これを著述家らの言葉で「別の名の奴隷制」と表現する[SRC-00894] |
| 批准の「公式な完了」はいつか | ミシシッピ州は1995年に批准を議決したが、連邦公文書館への正式通知は2013年2月7日まで行われなかった | ABC Newsの報道 | ABC Newsは、ミシシッピ州が1995年の批准後も連邦公文書館への正式通知を怠っていた経緯を報じる[SRC-00895]。批准の憲法上の効力(1865年)とは異なる、州の事務的完了という論点である(本サイトの整理) |
関連する出来事
- 1863年、リンカーンの奴隷解放宣言(反乱状態にあった地域の奴隷を対象とし、境界州には適用されなかった)[SRC-00888]
- 1865年6月19日、テキサス州で一般命令第3号が発せられた(ジューンティーンスの起源)[SRC-00893]
関連人物
- アンドリュー・ジョンソン(あんどりゅー・じょんそん): リンカーン暗殺後に大統領を継承し、複数の南部諸州に修正13条の批准を働きかけ、これに成功したとされる[SRC-00890]
- ウィリアム・H・スワード(ういりあむ・えいち・すわーど): 国務長官として、布告第52号で修正13条の成立を証明した[SRC-00890][SRC-00891]
- エイブラハム・リンカーン(えいぶらはむ・りんかーん): 修正13条の議会通過に尽力したが、批准達成前の1865年4月に暗殺された[SRC-00888][SRC-00890]
- ゴードン・グレンジャー(ごーどん・ぐれんじゃー): 1865年6月19日、テキサス州で一般命令第3号を発した北軍少将[SRC-00893]
歴史的意義
修正13条は、NARAが第14条・第15条とあわせて「南北戦争期の3修正条項(Civil War amendments)」と位置づける条項である[SRC-00888]。一方で、修正13条の例外条項は、その後の囚人貸し出し制度のような別形態の強制労働を排除しなかった、という批判が今日まで続いている(異説・論争欄参照)[SRC-00894]。
現代の視点
EJIの指摘によれば(アーカイブ保存版の確認時点で)、修正13条の例外条項は、公的・私的な産業における無給の囚人労働を今日も許容しているとされる[SRC-00894]。これは同団体による歴史的評価であり、本サイトがその当否を判断するものではない(本サイトの整理)。
出典一覧
- [SRC-00888] 13th Amendment to the U.S. Constitution: Abolition of Slavery (1865)/アメリカ国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration, NARA)(ランクS)
- [SRC-00889] Amdt13.3 Drafting of Thirteenth Amendment — Constitution Annotated/議会調査局(Congressional Research Service)/アメリカ議会図書館(Library of Congress)— Congress.gov「Constitution Annotated」(ランクA)
- [SRC-00890] Amdt13.4 Ratification of Thirteenth Amendment — Constitution Annotated/議会調査局(Congressional Research Service)/アメリカ議会図書館(Library of Congress)— Congress.gov「Constitution Annotated」(ランクA)
- [SRC-00891] United States Statutes at Large, Volume 13 (Appendix — Proclamations), pp. 774–775: Proclamation No. 52 (Secretary of State William H. Seward, December 18, 1865)/アメリカ合衆国政府刊行局(U.S. Government Publishing Office)— govinfo.gov(連邦官報局/国立公文書記録管理局の連邦官報プログラム)(ランクS)
- [SRC-00892] 13th Amendment ratified | December 6, 1865/HISTORY(A&E Television Networks)(ランクB)
- [SRC-00893] Juneteenth/アメリカ国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration, NARA)(ランクS)
- [SRC-00894] Convict Leasing(A History of Racial Injustice シリーズ)/Equal Justice Initiative(EJI)(ランクB)
- [SRC-00895] Mississippi Officially Abolishes Slavery, Ratifies 13th Amendment/ABC News(ABC News Internet Ventures)(ランクB)
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訂正履歴
| 版 | 日付 | 事実主張への変更 |
|---|---|---|
| 1 | 2026-09-06 | — |
| 2 | 2026-09-06 | 不明 |
| 3 | 2026-09-06 | 不明 |
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