11月10日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1975年
貨物船エドマンド・フィッツジェラルド号の沈没原因は、今も特定されていない
エドマンド・フィッツジェラルド号はなぜ沈んだのか、その答えは今も出ていない。
この週の出来事
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1872年明治11月9日
太政官が改暦の詔書を布告し、明治5年の暦は12月2日で終わった
明治5年11月9日(1872年12月9日)、太陰暦を廃し太陽暦を採用する旨の詔書が発せられ、太政官はこれを布告した(太政官布告第337号)。旧暦の12月3日は新暦の明治6年1月1日となり、旧暦の12月はわずか2日で終わった。
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1918年世界 20世紀11月11日
1918年11月11日午前11時、西部戦線の砲声が止んだ
1918年11月11日午前5時ごろ、フランス・コンピエーニュの森に停めた鉄道客車の中で、フォッシュに率いられた連合国側とドイツ代表団のあいだで休戦協定が結ばれた。戦闘停止は同日午前11時と定められ、西部戦線の砲声はその時刻に止んだ。もっとも講和条約(ヴェルサイユ条約)はなお7か月半先だった。
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1871年明治11月12日
岩倉具視を特命全権大使とする使節団が、明治4年11月12日に横浜港を出港した
明治4年11月12日(グレゴリオ暦1871年12月23日)、岩倉具視を特命全権大使とする使節団が、条約改正の予備交渉と欧米諸国の視察を目的に横浜港を出港した。副使は木戸孝允・大久保利通・伊藤博文・山口尚芳の4名で、留学生には満6歳の津田梅子もいた。
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1895年世界 19世紀11月8日
レントゲンは、真っ暗な部屋で、光るはずのない蛍光紙が光るのを見た
1895年11月8日、ヴュルツブルクでレントゲンは、黒紙で覆った放電管を暗い部屋で使っていたところ、離れた場所のスクリーンが光ることに気づき、新しい放射線(X線)を観測した。もっとも、レントゲン自身がまとめた論文には、この「発見の日付」そのものへの言及がないという。