11月2日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
-
1783年
ワシントンは、大陸軍への告別命令で8年に及ぶ独立戦争での軍務の終わりを告げた
「ワシントンの告別」と呼べる場面は複数あり、1783年11月2日の全軍への命令書はそのひとつに過ぎない。
この週の出来事
-
1755年世界 18世紀11月1日
ポンバル侯爵は地震の翌年、全国の教区へ13の質問を送ったという
1755年11月1日、諸聖人の日のミサに人々が集まっていたリスボンを大地震が襲った。地震・津波・火災が重なって都市は壊滅し、死者数は出典によって数千人から数万人まで幅がある。宰相ポンバル侯爵は翌年、全国の教区へ13の質問を送る調査を命じたとされ、これは近代地震学の始まりの一つとされる。
-
1957年世界 20世紀11月3日
ライカは、地球を回る初めての生き物になった——「数日間生存」という発表は、事実ではなかった
1957年11月3日、ソ連はバイコヌール宇宙基地からスプートニク2号を打ち上げ、犬ライカは地球を周回する軌道に到達した最初の生物となった。当時ソ連は『数日間生存』と発表したが、実際には機内の過熱で打ち上げから数時間後に死亡していたとみられる。1993年にガゼンコが、2002年に研究所報告が明らかにしたとされる。
-
1517年世界 16世紀10月31日
ルターは1517年10月31日、マインツ大司教アルブレヒトへの書簡に九十五ヶ条の論題を添えて送った
1517年10月31日、マルティン・ルターはマインツ大司教アルブレヒトへ、贖宥(免罪符)の説教のあり方を批判する書簡を送り、九十五ヶ条の論題を同封した。同日にヴィッテンベルク城教会の扉へ論題が掲示されたという通説には、現代の宗教改革史研究で学術的な論争がある。
-
1922年世界 20世紀11月4日
ハワード・カーターが11月4日に見つけたのは、黄金ではなく一段の石段だった
1922年11月4日、考古学者ハワード・カーターの発掘隊は、王家の谷で岩盤を刻んだ階段の最初の一段を発見した。この日のうちに分かったのはそこまでで、封印扉も副葬品もまだ現れず、誰の墓かも分からなかった。ツタンカーメンの名が確認されたのは11月24日、宝物のあふれる前室をのぞき込んだのは11月26日のことだった。