11月1日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1755年
ポンバル侯爵は地震の翌年、全国の教区へ13の質問を送ったという
死者数さえ一つに定まらない大惨事に、宰相は感情ではなく13の質問による調査で応えた。
この週の出来事
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1517年世界 16世紀10月31日
ルターは1517年10月31日、マインツ大司教アルブレヒトへの書簡に九十五ヶ条の論題を添えて送った
1517年10月31日、マルティン・ルターはマインツ大司教アルブレヒトへ、贖宥(免罪符)の説教のあり方を批判する書簡を送り、九十五ヶ条の論題を同封した。同日にヴィッテンベルク城教会の扉へ論題が掲示されたという通説には、現代の宗教改革史研究で学術的な論争がある。
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1783年世界 18世紀11月2日
ワシントンは、大陸軍への告別命令で8年に及ぶ独立戦争での軍務の終わりを告げた
1783年11月2日、ジョージ・ワシントンはニュージャージー州ロッキーヒルの本営から「大陸軍への告別命令」を発し、8年に及ぶ独立戦争での軍務を退く意思を全軍に告げた。同年3月のニューバーグ演説、12月4日のフランセス酒場での別れ、1796年の大統領告別演説とは、いずれも異なる文書・場面である。
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1957年世界 20世紀11月3日
ライカは、地球を回る初めての生き物になった——「数日間生存」という発表は、事実ではなかった
1957年11月3日、ソ連はバイコヌール宇宙基地からスプートニク2号を打ち上げ、犬ライカは地球を周回する軌道に到達した最初の生物となった。当時ソ連は『数日間生存』と発表したが、実際には機内の過熱で打ち上げから数時間後に死亡していたとみられる。1993年にガゼンコが、2002年に研究所報告が明らかにしたとされる。
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1961年世界 20世紀10月30日
ソ連の技術者たちは、100メガトンの水爆の威力を、あえて半分に抑えた
1961年10月30日、ソ連はノヴァヤゼムリャ島上空で水素爆弾「ツァーリ・ボンバ」を投下・爆発させた。設計上は100メガトンを想定していたが、放射性降下物を抑えるため投下時の威力は約半分に低減された。威力の実測値は、ソ連が内部的に結論づけたとみられる50メガトンと米国の当初推定57〜58メガトンとで資料により幅がある。