10月9日に起きたこと

この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。

この週の出来事

  • 1655年江戸時代10月8日

    正使趙珩は、江戸城の大広間で徳川家綱と向き合った

    明暦元年(1655年)10月8日、朝鮮国王孝宗が派遣した通信使が江戸城で4代将軍徳川家綱に謁見した。正使趙珩・副使兪瑒・従事官南龍翼が国書と進物を携え、家綱への代替わり慶賀を目的の一つとして江戸へ入り、老中らの準備を経て登城した。

  • 1882年明治10月10日

    松方正義が提議した中央銀行、日本銀行が業務を始めた

    1882年(明治15年)10月10日、日本銀行条例に基づき日本銀行が開業し、預金取引・貸出などの業務を始めた。前年に大蔵卿となった松方正義が不換紙幣整理と中央銀行設立を提議したことが背景にあり、初代総裁には吉原重俊が就いていた。

  • 1859年江戸時代10月7日

    橋本左内は評定所で死罪を申し渡され、その日のうちに小伝馬町牢屋敷で処刑された

    福井藩士橋本左内は、将軍継嗣問題で一橋派として活動したことから安政の大獄に連座した。安政6年(1859年)10月7日朝、江戸の評定所で死罪を申し渡され、その日のうちに小伝馬町牢屋敷内で処刑された。同じ日、尊攘派の志士頼三樹三郎も死罪となっている。

  • 1947年昭和10月11日

    闇米を拒んだ判事、山口良忠が栄養失調で世を去った

    1947年(昭和22年)10月11日、食糧管理法違反事件を担当する東京区裁判所の経済事犯専任判事だった山口良忠が、栄養失調により死去した(随伴した疾患名は肺結核とされる)。闇米を取り締まる立場にありながら自らは闇米の購入を拒み、配給食糧のみで生活した末の死だった。