松方正義が提議した中央銀行、日本銀行が業務を始めた
日付と暦
- 原典表記
- 明治15年10月10日(グレゴリオ暦)
- 換算
- 1882-10-10(グレゴリオ暦)
- 掲載日
- 10月10日のページ
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概要
1882年(明治15年)10月、日本銀行条例に基づいて設立された日本銀行が開業し、預金取引・貸出などの業務を始めた[SRC-00426]。前年の1881年(明治14年)に大蔵卿となっていた松方正義は、激しいインフレーションを克服するため、不換紙幣の整理と、正貨兌換の銀行券を発行する中央銀行の設立が不可欠だと提議していた[SRC-00429]。日本銀行条例は同年6月に公布され、10月に施行された[SRC-00426]。初代総裁には吉原重俊が就き、開業に先立つ10月6日にすでに就任していた[SRC-00427]。
本文
1881年に大蔵卿となった松方正義は、紙幣価値の下落を、不換紙幣の過剰発行が原因と見ていた[SRC-00428]。松方は緊縮財政による剰余金で不換紙幣の整理を進める一方、正貨と交換できる銀行券を発行する中央銀行の設立を準備した[SRC-00428][SRC-00429]。ベルギー国立銀行条例を典拠とした日本銀行条例が制定され[SRC-00429]、資本金1,000万円・営業年限30年と定められた[SRC-00426]。同条例は1882年6月に公布、10月に施行され、この10月、日本銀行は開業して預金取引・貸出等の取り扱いを始めたと日本銀行自身の公式年表は記す[SRC-00426]。同年12月18日には大阪支店も開設された[SRC-00426][SRC-00432]。
歴史的背景
中央銀行設立の背景には、不換紙幣の過剰な発行が紙幣価値の下落(インフレーション)の原因になっていたという事情があった[SRC-00428][SRC-00429]。1881年の政変で大隈重信に代わって大蔵卿となった松方正義は[SRC-00430]、外債による紙幣整理を志向した大隈財政とは対立する立場から、緊縮財政と正貨兌換制の確立による通貨価値の安定を志向した[SRC-00429][SRC-00430]。日本銀行の設立は、政府の責任においてなされた不換紙幣整理策の中核として位置づけられている[SRC-00429]。この一連の緊縮財政・デフレ政策は松方財政(松方デフレ政策)と呼ばれる[SRC-00430]。
タイムライン
| 日付(暦種別を明記) | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 1881年(明治14年)(グレゴリオ暦) | 松方正義、大蔵卿に就任 | [SRC-00429][SRC-00430] |
| 1882年6月(グレゴリオ暦) | 日本銀行条例、公布 | [SRC-00426] |
| 1882年10月6日(グレゴリオ暦) | 吉原重俊、日本銀行初代総裁に就任 | [SRC-00427] |
| 1882年10月(グレゴリオ暦) | 日本銀行条例、施行 | [SRC-00426] |
| 1882年10月10日(グレゴリオ暦) | 日本銀行、開業し預金取引・貸出等の業務を開始した | [SRC-00426][SRC-00429][SRC-00431][SRC-00432] |
| 1882年12月18日(グレゴリオ暦) | 大阪支店、開設 | [SRC-00426][SRC-00432] |
| 1885年(グレゴリオ暦) | 最初の日本銀行券「大黒札」、発行 | [SRC-00428] |
暦の注記: 上表の日付はいずれもグレゴリオ暦(日本は明治6年〔1873年〕の改暦以降グレゴリオ暦を用いており、1881〜1885年の事象はすべてグレゴリオ暦の範囲内にある)。改暦境界(1582年10月・明治5年)には該当しない。「明治15年」「明治14年」等の元号年表記は西暦との紀年法併記であり、暦法の換算ではない(R-CAL-11・CONTENT_PIPELINE §4-10a)。
異説・論争 — 定説のない論点があります(開く)
日本銀行の開業日そのものについて対立する説は、本記事が確認した範囲では見つからなかった。ただし、情報源によって記載の精度に差があり、「割れ」と呼べる状態にある。日本銀行公式サイトの沿革年表は月単位(「1882(明治15)年10月 日本銀行開業」)までの記載にとどまり[SRC-00426]、日本銀行金融研究所貨幣博物館の解説も「日本銀行は1882(明治15)年10月に開業した」とするにとどまる[SRC-00428]。一方、日本銀行が編纂した『日本銀行百年史』は、本編・資料編年表のいずれも開業日を「明治15年(1882年)10月10日(火曜)」「10.10 本行開業」と日単位で明記している[SRC-00431][SRC-00432]。コトバンク収載の10事典(日本銀行の項)のうち、日を明示するのは『改訂新版世界大百科事典』の「82年10月10日,中央銀行として,日本銀行はその業務を開始した」という記述のみで、他の9事典はいずれも年または月までの記載だった[SRC-00429]。10月10日と異なる日付を挙げる情報源は確認されなかった。
| 論点 | 説 | 根拠・出典 | 学界での位置づけ |
|---|---|---|---|
| 開業日の記載精度 | 10月10日(開業・業務開始の日として明示) | [SRC-00429][SRC-00431][SRC-00432] | 日本銀行が編纂した『日本銀行百年史』(本編・資料編年表)と、コトバンク収載『改訂新版世界大百科事典』が日単位で明示する |
| 同上 | 1882年10月(月のみ。日は特定せず) | [SRC-00426][SRC-00428][SRC-00429] | 日本銀行公式サイトの沿革年表・貨幣博物館の解説、コトバンク収載の他9事典を含む、確認した情報源の大半 |
関連する出来事
- 1882年6月、日本銀行条例が公布された[SRC-00426]。
- 1882年12月18日、大阪支店が開設された[SRC-00426][SRC-00432]。
- 1885年、最初の日本銀行券「大黒札」が発行された[SRC-00428]。
関連人物
- 松方正義(まつかたまさよし): 1881年(明治14年)に大蔵卿(参議兼大蔵卿)となり、不換紙幣整理と正貨兌換の中央銀行設立を提議した[SRC-00429][SRC-00430]。
- 吉原重俊(よしはらしげとし): 日本銀行初代総裁。1882年10月6日に就任し、1887年12月19日まで在任した。出身地は鹿児島県[SRC-00427]。
歴史的意義
日本銀行は1942年(昭和17年)、戦時立法として制定された日本銀行法(旧日本銀行法)によって改組された[SRC-00429]。第二次世界大戦後の1949年(昭和24年)には同法の一部改正で政策委員会が設置され[SRC-00429]、1997年(平成9年)に改正され1998年(平成10年)に施行された新しい日本銀行法のもとで認可法人となった[SRC-00429]。発券銀行・銀行の銀行・政府の銀行としての機能の骨格は、1882年の開業以来、法制度の変遷を経ながらも現在の日本銀行に引き継がれている(本サイトの整理)[SRC-00429]。
現代の視点
日本銀行は現在も、日本銀行券の発行、金融政策の運営、金融システムの安定といった役割を担っている[SRC-00429]。1882年の開業時点で担っていた「預金取引、貸出等」という業務の骨格は[SRC-00426]、140年以上を経た現在の中央銀行の業務にもつながっている(本サイトの整理)。なお、現在の本店社屋(東京都中央区日本橋本石町)は1896年に新築移転したものであり、1882年の開業当時の社屋とは異なる[SRC-00426][SRC-00429]。
出典一覧
- [SRC-00426] 沿革 1850年~/日本銀行(ランクA)
- [SRC-00427] 歴代総裁/日本銀行(ランクA)
- [SRC-00428] 日本貨幣史 — 近代(19世紀後半(1880年代)日本銀行の誕生)/日本銀行金融研究所貨幣博物館(ランクA)
- [SRC-00429] 日本銀行/コトバンク(朝日新聞社・VOYAGE MARKETING運営、複数辞典を収載するアグリゲータ)(ランクB)(複数の資料を収載)
- [SRC-00430] 松方正義/コトバンク(朝日新聞社・VOYAGE MARKETING運営、複数辞典を収載するアグリゲータ)(ランクB)(複数の資料を収載)
- [SRC-00431] 日本銀行百年史 第1巻 第1章「日本銀行の創立」6.「日本銀行の開業」(4)「開業」/日本銀行(日本銀行百年史編纂委員会編)(ランクA)
- [SRC-00432] 日本銀行百年史 資料編 I.年表(第1巻該当分)/日本銀行(日本銀行百年史編纂委員会編)(ランクA)
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訂正履歴
| 版 | 日付 | 事実主張への変更 |
|---|---|---|
| 1 | 2026-09-03 | — |
| 2 | 2026-09-03 | あり |
| 3 | 2026-09-03 | あり |
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