9月17日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1945年
爆風に傷ついた気象台員たちが、休むことなく記録した枕崎台風
災害の記録は、傷つきながらもペンとカメラを離さなかった人たちによって、初めて後世に残る。
この週の出来事
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1931年昭和9月18日
柳条湖の満鉄線路を爆破したのは、犯人だとされた中国軍ではなく、日本軍の中尉自身だった
1931年9月18日夜、南満州鉄道の柳条湖付近で線路が爆破された柳条湖事件。実行したのは関東軍の中尉自身だったが、関東軍は中国軍の行為だとして軍事行動を起こし、満州事変が始まった。政府は事態を拡大させない方針を発表したが、軍の行動はそれに反して拡大を続けた。
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1987年世界 20世紀9月16日
モントリオール議定書の採択 — 世界最初とされる報告は、なぜ届かなかったのか
1987年9月16日、オゾン層を破壊する物質の生産・消費・貿易を規制する国際条約「モントリオール議定書」がカナダのモントリオールで採択された。日本の観測隊員は世界に先駆けてオゾンホールを報告していたとされるが、その重要性が広く認識されたのは翌年、英国チームの発表後だった。
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1600年安土桃山時代9月15日
関ヶ原の戦い — 家康の天下取りは、一人の裏切りが握っていた
慶長5年9月15日(西暦1600年10月21日)、美濃国関ヶ原で徳川家康の東軍と石田三成の西軍が激突した。小早川秀秋の寝返りで東軍が勝利したが、家康が「問鉄砲」で寝返りを催促したという通説は、近年の史料研究で創作の可能性が指摘されている。
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1692年世界 17世紀9月19日
沈黙を選んだ老農夫 — セイラムの圧死刑と、175年後に生まれた「最期の言葉」
1692年9月19日(ユリウス暦)、セイラムの農夫ジャイルズ・コーリーは魔女術の罪に問われ答弁を拒み続けた。財産を守るためとする説が広く語られるが異論もある。ニューイングランドでこの刑に処された唯一の事例とされる。『もっと重しを』という最期の言葉は事件8年後の記録になく、最古の記録は175年後の童歌だった。