9月14日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
-
1752年
英国のグレゴリオ暦採用 — 天文学がわからない伯爵が、11日間を消した夜
「天文学は分からない」と認めた伯爵の法案は、270年後の今も英国の税年度を4月6日にした一因とされる。暦の変更は、思わぬ形で未来に痕跡を残す。
この週の出来事
-
1600年安土桃山時代9月15日
関ヶ原の戦い — 家康の天下取りは、一人の裏切りが握っていた
慶長5年9月15日(西暦1600年10月21日)、美濃国関ヶ原で徳川家康の東軍と石田三成の西軍が激突した。小早川秀秋の寝返りで東軍が勝利したが、家康が「問鉄砲」で寝返りを催促したという通説は、近年の史料研究で創作の可能性が指摘されている。
-
1912年大正9月13日
乃木希典は、明治天皇の遺体が宮城を発つ号砲を合図に、妻とともに自邸で自刃した
大正元年(1912)9月13日、明治天皇の大喪の礼が行われたその日、学習院長を務めていた乃木希典と妻・静子は東京の自邸で自刃した。遺言状には、35年前の西南戦争で軍旗を敵に奪われて以来、死に場所を求めていたと記されていた。
-
1571年室町時代9月12日
四方を敵に囲まれた信長は、浅井・朝倉をかくまう比叡山を焼くよう命じた
元亀2年(1571年)9月12日、織田信長は比叡山延暦寺を攻撃し、根本中堂をはじめとする堂塔伽藍を焼き払った。前年から浅井・朝倉勢を庇護していた延暦寺への攻撃だったが、死者数は史料や解説記事によって「数千名」「3、4千人」など記載が異なり、一致した数字は今も定まっていない。
-
1881年明治9月12日
刀と禄を失った士族たちが、五年がかりで取り戻した鳥取県
明治9年(1876)、鳥取県は太政官布告により廃止され島根県に併合された。生活に苦しんだ旧鳥取藩士族たちの運動を経て、明治14年(1881)9月12日、鳥取県は5年ぶりに再置された。だが、そもそもの併合理由は、公的な資料でも今なおはっきりしていない。