9月13日に起きたこと

この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。

この週の出来事

  • 1571年室町時代9月12日

    四方を敵に囲まれた信長は、浅井・朝倉をかくまう比叡山を焼くよう命じた

    元亀2年(1571年)9月12日、織田信長は比叡山延暦寺を攻撃し、根本中堂をはじめとする堂塔伽藍を焼き払った。前年から浅井・朝倉勢を庇護していた延暦寺への攻撃だったが、死者数は史料や解説記事によって「数千名」「3、4千人」など記載が異なり、一致した数字は今も定まっていない。

  • 1752年世界 18世紀9月14日

    英国のグレゴリオ暦採用 — 天文学がわからない伯爵が、11日間を消した夜

    1752年9月14日、イギリスはグレゴリオ暦を採用し、前日9月2日の翌日を9月14日と呼ぶことで11日間の日付表記を省略した。天文学を理解しないまま法案を通したチェスターフィールド伯爵、暴動が起きたという広く信じられた俗説とその学術的検証、そして270年後の今もイギリス税制に残るこの改暦の痕跡までを出典付きで読む。

  • 1881年明治9月12日

    刀と禄を失った士族たちが、五年がかりで取り戻した鳥取県

    明治9年(1876)、鳥取県は太政官布告により廃止され島根県に併合された。生活に苦しんだ旧鳥取藩士族たちの運動を経て、明治14年(1881)9月12日、鳥取県は5年ぶりに再置された。だが、そもそもの併合理由は、公的な資料でも今なおはっきりしていない。

  • 1600年安土桃山時代9月15日

    関ヶ原の戦い — 家康の天下取りは、一人の裏切りが握っていた

    慶長5年9月15日(西暦1600年10月21日)、美濃国関ヶ原で徳川家康の東軍と石田三成の西軍が激突した。小早川秀秋の寝返りで東軍が勝利したが、家康が「問鉄砲」で寝返りを催促したという通説は、近年の史料研究で創作の可能性が指摘されている。