5月7日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
-
1615年
大坂城本丸が落城 — 本多正純が7日後に記した、大坂夏の陣最後の一日
本丸落城の一報が、近江国柏原の新庄直忠のもとへ届くまで7日かかったと、書状に添えられた史料集編者の注記は記す。
この週の出来事
-
1429年世界 15世紀5月8日
1429年5月8日、オルレアンを包囲していたイギリス軍が撤退した——「オルレアンの解放」と呼ばれる、ジャンヌ・ダルクが加わった軍事行動の結末
1429年5月8日、フランス中部の都市オルレアンを包囲していたイギリス軍が撤退した。前日のレ・トゥレル要塞陥落に続く展開であり、ジャンヌ・ダルクはこの日、市民による追撃を許さなかった。この出来事は「オルレアンの解放」と呼ばれている。
-
1954年世界 20世紀5月6日
1954年5月6日、ロジャー・バニスターがオックスフォードのイフリー・ロード競技場で1マイルを3分59秒4、史上初めて4分未満で走った——発表時点では審査(批准)待ちの記録であり、18世紀の賭けにも4分未満の報告が1件(ウェラー)残っている
1954年5月6日、イギリス・オックスフォードのイフリー・ロード競技場で、ロジャー・バニスターがAAA対オックスフォード大学の対抗戦の1マイル走で3分59秒4を記録し、発表時点では審査(批准)待ちの、史上初めての1マイル4分切りとされた。ペースメーカーのブラッシャーとチャタウェイが先導し、結果はマクワーターが発表した。
-
1821年世界 19世紀5月5日
ナポレオンがセントヘレナ島で死去したのは1821年5月5日——『毒殺の証拠』とされた毛髪のヒ素は、少年期の髪からも同じく高い濃度で見つかった
1821年5月5日、流刑先の英領セントヘレナ島でナポレオン・ボナパルトが死去した。翌日の解剖は胃の病変を記録したが、1961年には毛髪のヒ素を根拠とする毒殺説が提起された。2008年の研究はこのヒ素が少年期の髪にも同様に高い濃度で認められたことを示し、2021年に病理学者チームが死因を胃腫瘍によるものと結論づけた。
-
1950年世界 20世紀5月9日
ロベール・シューマンが仏独の石炭と鉄鋼を結ぶ宣言を発表——1950年5月9日、条約も共同体もまだ存在しなかった
1950年5月9日、フランス外相ロベール・シューマンは、仏独の石炭・鉄鋼生産を共通の『高等機関』の下に置くことを提案する宣言を発表した。宣言自体は条約ではなく、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)を設立するパリ条約の調印は翌1951年、発効はさらに後の1952年だった。