1833年世界 19世紀

1833年5月13日、メンデルスゾーンは交響曲第4番『イタリア』をロンドンで自ら指揮し初演した——フィルハーモニック協会の委嘱作だが、本人の不満のため生前には出版されなかった

日付と暦

原典表記
1833年5月13日(グレゴリオ暦)
換算
1833-05-13(グレゴリオ暦)
掲載日
5月13日のページ

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概要

1833年5月13日、フェリックス・メンデルスゾーンは、ロンドン・フィルハーモニック協会(現Royal Philharmonic Society)の委嘱で作曲した交響曲第4番イ長調作品90『イタリア』を、ロンドンで自ら指揮して初演した[SRC-02166][SRC-02168][SRC-02169][SRC-02171]。同協会公式サイトによれば、この委嘱は1832年末の同協会の総会で決定されたもので、「交響曲1曲・序曲1曲・声楽曲1曲」という内容であったとされる[SRC-02166]。メンデルスゾーンは、同協会公式サイトによれば当初からこの交響曲に不満を抱いていたとされ、後に第1楽章を除くほぼ全楽章を改訂したが、生前にはこの交響曲を出版しなかった[SRC-02166]。出版は死後の1851年、初演時の未改訂の原型のままなされ、この原型版が現在も標準的に演奏されている[SRC-02166][SRC-01361]。

本文

1829年、20歳のメンデルスゾーンは初めてイギリスを訪れ、ロンドン・フィルハーモニック協会の演奏会で、ピアノを弾きながら自身の交響曲第1番を指揮した[SRC-02166][SRC-01361]。同年秋、メンデルスゾーンは同協会の名誉会員に選出された[SRC-02166]。1832年にも同協会の演奏会に来訪し、序曲『フィンガルの洞窟』などの新作を披露した[SRC-02166]。

同協会公式サイトによれば、1832年末の総会で、同協会はメンデルスゾーンに「交響曲1曲・序曲1曲・声楽曲1曲」を委嘱することを決定したとされる[SRC-02166]。この委嘱からは、交響曲『イタリア』に加え、既存作を改訂したトランペット序曲(作品94)等も生まれたとされる[SRC-02166][SRC-02167]。

マディソン交響楽団プログラムノート(J. Michael Allsen執筆)によれば、メンデルスゾーンは1833年3月、ベルリンでこの交響曲の総譜を完成させたとされる[SRC-02168]。その数か月後、1833年5月13日、メンデルスゾーンはロンドンでこの交響曲を自ら指揮して初演した[SRC-02168][SRC-02169][SRC-02171]。同協会公式サイトによれば、委嘱されたトランペット序曲も、同じ1833年の演奏季に演奏されたとされる[SRC-02166][SRC-02167]。

ロンドン・フィルハーモニック協会公式サイトによれば、メンデルスゾーンは当初からこの交響曲に不満を抱いていたとされる[SRC-02166]。とりわけ第1楽章については、自身がもっとも不満を抱いていたと述べていたという[SRC-02166]。彼は後に、第1楽章を除くほぼ全楽章を改訂した[SRC-02166]。

委嘱団体であるロンドン・フィルハーモニック協会は、初演後の1834年から1838年にかけて、借用した譜面でこの交響曲を上演していた[SRC-02166]。メンデルスゾーンの死後初めての演奏季となった1848年、同協会は自前の譜を持っていないことに気づき、筆写者ウィリアム・グッドウィンに新たな譜面の筆写を命じた[SRC-02166]。この交響曲は、メンデルスゾーンの生前には出版されず、死後の1851年に、初演時の未改訂の原型のまま出版された[SRC-02166][SRC-01361]。メンデルスゾーン・ハウス・ライプツィヒ財団の解説によれば、メンデルスゾーン自身はこの出版された版を拒んでいたとされる[SRC-01361]。

歴史的背景

ロンドン・フィルハーモニック協会(現Royal Philharmonic Society)は、1813年、音楽家たちが集まって創設された演奏団体である[SRC-02170]。同協会は、外国の著名な作曲家に名誉会員の地位を与え、新作を委嘱する活動を行ってきた——ヴェーバー(1826年)やメンデルスゾーン(1829年)はその例である(本サイトの整理)[SRC-02166]。1826年、ヴェーバーが同協会の名誉会員となったが、これは当時の会員規約を一時的に停止して行われた措置であった[SRC-02166]。その後、名誉会員の地位を正式に定める規約改正が行われ、メンデルスゾーンは1829年秋、この改正後の規約のもとで最初に選出された名誉会員となった[SRC-02166]。

メンデルスゾーン・ハウス・ライプツィヒ財団の解説によれば、メンデルスゾーンは750曲を超える作品のうち、作品番号付きで72曲、番号なしで30曲しか出版しなかった、自己批判的な作曲家であった[SRC-01361]。初演の後に大幅な改訂を加える習慣があり、それが生前の出版見送りにつながることもあった、と同財団は記す[SRC-01361]。交響曲『イタリア』はその一例であり、現在はあらゆる管弦楽団の定番演目になっている、と同財団は位置づける[SRC-01361]。

タイムライン

日付(グレゴリオ暦) 出来事 出典
1829年 メンデルスゾーン、初めてイギリスを訪問し、ロンドン・フィルハーモニック協会の演奏会で自身の交響曲第1番を指揮 [SRC-02166][SRC-01361]
1829年秋 同協会の名誉会員に選出される [SRC-02166]
1832年末 同協会の総会で、交響曲1曲・序曲1曲・声楽曲1曲の委嘱が決定されたとされる(同協会公式サイトによる) [SRC-02166]
1833年3月 ベルリンでこの交響曲の総譜を完成させたとされる(マディソン交響楽団プログラムノートによる) [SRC-02168]
1833年5月13日 ロンドンで、メンデルスゾーン自身の指揮により初演 [SRC-02168][SRC-02169][SRC-02171]
1834年〜1838年 同協会、借用譜によりこの交響曲を上演 [SRC-02166]
1834年または1837年(出典により異なる。下記「異説・論争」参照) メンデルスゾーン、総譜を改訂(改訂範囲は出典により異なる。RPS公式・IMSLPは第1楽章を除くほぼ全楽章、マディソン交響楽団プログラムノートは範囲不特定) [SRC-02166][SRC-02168][SRC-02169]
1848年 同協会、自前の譜を筆写者ウィリアム・グッドウィンに新調させる [SRC-02166]
1851年 メンデルスゾーンの死後、初演時の未改訂の原型のまま出版される [SRC-02166][SRC-01361]
2001年 1834年改訂稿(第2〜4楽章)の版が刊行される [SRC-02169][SRC-02171]
異説・論争定説のない論点があります

確認された異説: (1) 改訂が行われた具体的な年、および死後に出版された版(1851年版)が改訂版か原型版かについて、出典間で記述が異なる。

IMSLP(楽譜図書館)の書誌情報は、改訂(第2〜4楽章)が1834年に行われ、この改訂稿の自筆譜がベルリン国立図書館に所蔵されていること、1834年改訂稿を収めた版は2001年に別途刊行されたことを記す[SRC-02169]。死後の1851年に出版されたのは未改訂の原型版であるという点は、ロンドン・フィルハーモニック協会公式サイト[SRC-02166]およびメンデルスゾーン・ハウス・ライプツィヒ財団[SRC-01361]が記す内容である(IMSLPはこの点を明記しない)。

一方、マディソン交響楽団のプログラムノート(J. Michael Allsen執筆)は、メンデルスゾーンが1837年に総譜を大幅に改訂し、「この1837年版(今日知られる版)」はおそらく生前には演奏されず、死後に出版されたのはこの版である、と記す[SRC-02168]。この記述は、改訂の年(1837年)、および死後に出版された版が改訂版か原型版かという2点で、IMSLP[SRC-02169]・ロンドン・フィルハーモニック協会公式サイト[SRC-02166]・メンデルスゾーン・ハウス・ライプツィヒ財団[SRC-01361]の記述と一致しない。

この不一致について、バイエルン放送交響楽団(Bayerischer Rundfunk/BRSO)が演奏会向けに発行したプログラム冊子(Barbara Eichner執筆)は、改訂の経緯を次のように記す。メンデルスゾーンは1834年に最後の3楽章を改作したが、1835年にライプツィヒ・ゲヴァントハウス楽長に就任したことで第1楽章の改訂を中断し、1840年頃に理想とする交響曲の構想が変化したため、この改訂を断念した。そして、リーツが1851年にBreitkopf & Härtel社から出版したのは、この1834年の改作版ではなく、ロンドン初演時の版であった。改訂版が初めて出版されたのは2001年である[SRC-02171]。この記述は、改訂年については1834年説(IMSLP[SRC-02169])を支持し、死後出版(1851年)の版の性質については未改訂の原型版説(ロンドン・フィルハーモニック協会公式サイト[SRC-02166]・メンデルスゾーン・ハウス・ライプツィヒ財団[SRC-01361])を支持する。改訂の経緯を専門に検討した学術研究が存在する可能性はあるが、本サイトはその本文を直接確認できる出典に到達していない。

論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
改訂が行われた年 1834年(第2〜4楽章)。自筆譜はベルリン国立図書館所蔵(IMSLPのみの記述。BRSOプログラム冊子は改訂年〔1834年・最後の3楽章〕までを記す) IMSLP[SRC-02169]・BRSOプログラム冊子(Barbara Eichner執筆)[SRC-02171] 利用者編集型の楽譜公開ライブラリの書誌データ(ランクC)および放送オーケストラ公式プログラム冊子(ランクB)
改訂が行われた年 1837年(総譜の大幅な改訂) マディソン交響楽団プログラムノート(Allsen執筆)[SRC-02168] 大学音楽学教員による常設オーケストラのプログラムノート(ランクB)
死後出版(1851年)の版の性質 初演時の未改訂の原型版(ロンドン初演版)。現在も標準的に演奏されるのはこの版 ロンドン・フィルハーモニック協会公式サイト[SRC-02166]・メンデルスゾーン・ハウス・ライプツィヒ財団[SRC-01361]・BRSOプログラム冊子[SRC-02171] 委嘱団体自身の公式解説・博物館法人の公式解説(いずれもランクA)および放送オーケストラ公式プログラム冊子(ランクB)
死後出版(1851年)の版の性質 1837年の改訂版。これが「今日知られる版」である マディソン交響楽団プログラムノート(Allsen執筆)[SRC-02168] 大学音楽学教員による常設オーケストラのプログラムノート(ランクB)

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

ロンドン・フィルハーモニック協会公式サイトは、メンデルスゾーンが自作を同協会に提供し続けたことについて、同協会の演奏会で彼の音楽が確固たる地位を得た時期であったと位置づけ、メンデルスゾーンが死後も含め同協会と緊密な関係を保ったと記す[SRC-02166]。

一方で、この交響曲をめぐる作曲者本人の評価は複雑であった。メンデルスゾーン・ハウス・ライプツィヒ財団の解説によれば、メンデルスゾーンは死後に出版された版を自ら拒んでいたとされる[SRC-01361]。この版は未改訂の原型のままである[SRC-02166]。にもかかわらず、この版は現在ではあらゆる管弦楽団の定番演目になっている、と同財団は記す[SRC-01361]。作曲者本人の意図と、後世における作品の受容との間に生じたこの緊張関係——本人が納得していなかった形の作品が、結果として最も広く演奏される版になったこと——は、本サイトの整理として付言しておく。

現代の視点

本記事の射程は、1832年末の委嘱決定から、1833年の作曲・初演、生前の改訂の経緯、1851年の死後出版までに限定する。交響曲『イタリア』の楽曲そのものの様式的特徴(各楽章の形式・サルタレッロ舞曲の使用等)、1834年改訂稿と1851年出版稿の具体的な異同、現代における両版の演奏頻度の比較等は、本記事の主題外として扱わない(本サイトの整理)。

出典一覧

  1. [SRC-02166] Mendelssohn and the Philharmonic Society/Royal Philharmonic Society(ランクA)
  2. [SRC-02167] Commissions 1813 - 1899/Royal Philharmonic Society(ランクA)
  3. [SRC-02168] Madison Symphony Orchestra Program Notes, September 26-27-28, 2008 (83rd Season, Subscription Concert No. 1)/Madison Symphony Orchestra (J. Michael Allsen, program annotator)(ランクB)
  4. [SRC-02169] Symphony No.4, Op.90 (Mendelssohn, Felix)/International Music Score Library Project (IMSLP) / Petrucci Music Library(ランクC)
  5. [SRC-02170] Founding the Philharmonic/Royal Philharmonic Society(ランクA)
  6. [SRC-02171] Programmheft: Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks — Konzert mit Oksana Lyniv (Werktext Mendelssohn Sinfonie Nr. 4 von Barbara Eichner)/Bayerischer Rundfunk / Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks (BRSO)(ランクB)
  7. [SRC-01361] Felix! (Felix Mendelssohn Bartholdy — biography and chronology)/Mendelssohn-Haus Leipzig (Stiftung Mendelssohn-Haus Leipzig)(ランクA)

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訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-10-03あり
22026-10-03あり
32026-10-04あり
42026-10-04あり

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