10月25日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
-
1415年
ヘンリー5世はアジャンクールでフランス軍を破ったが、伝わる兵力比の数字は事典ごとに大きく食い違う
「寡兵の英軍が大軍のフランスを破った」という兵力の数字は、実は事典ごとにまるで違う。
この週の出来事
-
1945年世界 20世紀10月24日
国連憲章が発効し、国際連合が正式に発足した
1945年10月24日、国連憲章が発効し、国際連合が正式に発足した。憲章第110条は、中華民国・フランス・ソ連・英国・米国の五大国及びその他の署名国の過半数が批准書を寄託した時に効力を生ずると定めていた。憲章はサンフランシスコ会議で同年6月26日に署名されており、「発足」の日はこれとは異なる。原加盟国は51か国だった。
-
1963年昭和10月26日
東海村の動力試験炉JPDRが電気出力2000キロワットで発電に成功、原子力委員会は「わが国最初の原子力発電」と記す
1963年10月26日、茨城県東海村の動力試験炉JPDRが発電試験に成功した。原子力委員会の記録によれば、到達した電気出力は2,000キロワット、時刻は午後5時であったとされる。同委員会はこれを「わが国最初の原子力発電」と記す。この日はのちに「原子力の日」の由来の一つとなった。
-
1859年江戸時代10月27日
吉田松陰は老中間部詮勝の暗殺計画を血盟し、安政6年10月27日、伝馬町の獄で処刑された
長州藩士吉田松陰は、老中間部詮勝の要撃(暗殺)計画を同志17名と血盟した。藩はこれを理由に野山獄へ再収容し、幕府も別途疑いをもって江戸送致を命じた。安政6年(1859年)10月27日、伝馬町の獄で死罪に処せられた。取り調べで計画が明らかになったことが死罪の契機になったとされる。
-
1873年明治10月23日
西郷隆盛は、朝鮮への使節派遣を退けられ、参議の辞表を提出した
明治6年(1873年)10月23日、参議西郷隆盛は参議・近衛都督の辞表を提出した。同じ日の朝、右大臣岩倉具視は仮皇居で天皇に上奏し、天皇は即答を避けて翌日返答すると答えていた。翌24日に天皇は上奏を裁可し、板垣退助ら4参議も辞表を提出して政府は分裂した。