5月10日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1869年
1869年5月10日、ユタ準州プロモントリー・サミットでセントラル・パシフィック鉄道とユニオン・パシフィック鉄道の線路がつながり、合衆国を横断する最初の大陸横断鉄道が完成したとされる——儀式用の金の杭には、2日早い「1869年5月8日完成」の文字が刻まれていた
儀式用の金の杭には、本来の完成予定だった2日早い「1869年5月8日完成」の文字が刻まれていた。
この週の出来事
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1950年世界 20世紀5月9日
ロベール・シューマンが仏独の石炭と鉄鋼を結ぶ宣言を発表——1950年5月9日、条約も共同体もまだ存在しなかった
1950年5月9日、フランス外相ロベール・シューマンは、仏独の石炭・鉄鋼生産を共通の『高等機関』の下に置くことを提案する宣言を発表した。宣言自体は条約ではなく、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)を設立するパリ条約の調印は翌1951年、発効はさらに後の1952年だった。
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1997年世界 20世紀5月11日
ディープ・ブルーが、カスパロフとの再戦でマッチ全体を制し、トーナメント条件下で現役世界王者からマッチを奪った初のコンピュータとなったとされる——決着は1997年5月の第6局
IBMのコンピュータ「ディープ・ブルー」が、世界チェス王者ガルリ・カスパロフとの再戦(6局マッチ)を3.5–2.5で制した。決着は1997年5月11日に行われた第6局で、カスパロフは19手で投了した。トーナメント条件下で現役王者からマッチを奪った初のコンピュータの事例とされる。
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1364年世界 14世紀5月12日
1364年5月12日、ポーランド王カジミェシュ3世がクラクフに大学設立の特許状を発給した——後に「ヤギェウォ大学」と呼ばれるようになる大学の起源
1364年5月12日、ポーランド王カジミェシュ3世がクラクフに大学を設立する特許状を発給した。出典によれば、同年9月、教皇ウルバヌス5世もこれを承認し神学部の設置は認めなかった。国王死後に活動を停止したとされる大学は1400年に再建され、1817年から「ヤギェウォ大学」の名で呼ばれているとされる。
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1429年世界 15世紀5月8日
1429年5月8日、オルレアンを包囲していたイギリス軍が撤退した——「オルレアンの解放」と呼ばれる、ジャンヌ・ダルクが加わった軍事行動の結末
1429年5月8日、フランス中部の都市オルレアンを包囲していたイギリス軍が撤退した。前日のレ・トゥレル要塞陥落に続く展開であり、ジャンヌ・ダルクはこの日、市民による追撃を許さなかった。この出来事は「オルレアンの解放」と呼ばれている。