1866年世界 19世紀

気球が主役だった時代に、六人は「空を飛ぶ機械」を語り合った——英国王立航空協会の始まり

日付と暦

原典表記
1866年1月12日(グレゴリオ暦)
換算
1866-01-12(グレゴリオ暦)
掲載日
1月12日のページ

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概要

1866年1月、当時の航空機械は気球が中心だった[SRC-01187]。動力を持つ飛行機はまだこの世に存在せず、それが実現するのは1903年、37年後のことである[SRC-01187]。その年の1月12日、アーガイル公爵の自邸に、科学と機械の問題に関心を寄せる六人の男性が集まった[SRC-01187]。気象学者ジェイムズ・グレイシャーが、気球飛行の行き詰まった現状について短い演説を行い、新しい団体が目指すべき目的を説明した[SRC-01187]。この私的な会合が、後に英国王立航空協会(Royal Aeronautical Society)となる学術団体The Aeronautical Society of Great Britainの出発点になったと、1924年の学術的な通史は記録している[SRC-01187]。協会自身の現在の公式サイトは、設立を「1866年」とのみ記し、月・日までは特定していない[SRC-01184]。

本文

発端は前年、1865年にバーミンガムで開かれた英国科学振興協会(British Association)の会合にさかのぼる。F・W・ブレアリーが、気象学者ジェイムズ・グレイシャーの助言を受け、気球はあくまで浮揚のための補助手段にとどめ、上昇・下降には機械的な手段を加えるべきだと提唱したことが、新しい団体の構想のきっかけになったという[SRC-01187]。設立に先立って配布された予備の回状には、長年停滞してきた航空学を発展させ、あわせて気象学の知識を増すことが団体の目的として記されていた[SRC-01187]。

1866年1月12日、アーガイル公爵の自邸で、この構想を具体化するための会合が開かれた[SRC-01187]。集まったのは科学と機械の問題に関心を持つ六人で、グレイシャーが航空学、とりわけ気球飛行の不満足な現状について短い演説を行った[SRC-01187]。その「ちょうど1か月後(exactly a month later)」に最初の評議会(Council)が開かれ、アーガイル公爵が初代会長(President)、グレイシャーが名誉会計係(Honorary Treasurer)、ブレアリーが名誉幹事(Honorary Secretary)に選ばれた[SRC-01187]。

最初の会員向けの公開会合は、同じ年の6月27日、技芸協会(Society of Arts)で開かれた[SRC-01187][SRC-01184]。RAeS公式サイトは、この団体が後に「Royal」の称号を得たと注記している[SRC-01184]。この場で、F・H・ウェンハムが「空中移動(Aerial Locomotion)」と題する論文を発表した[SRC-01187][SRC-01184]。論文に先立ち、初代名誉幹事に就いたばかりのブレアリーが、団体の目的を手短に説明したという[SRC-01187]。

協会は設立から半世紀を経た1918年、「Royal」の称号を得てRoyal Aeronautical Societyへと改称した[SRC-01185][SRC-01186][SRC-01187]。1924年の学術的な通史は、これを同年6月のこととして記録している[SRC-01187]。機関誌の誌名も、1923年1月に『Journal of the Royal Aeronautical Society』へと改められた[SRC-01187]。

歴史的背景

1866年当時、気球は航空機械として用いられていたが、そのことへの不満が高まりつつあった[SRC-01187]。その一方で、機械の力で飛ぶ「重航空機」こそが将来の可能性だとする考え方が強まっていた[SRC-01187]。The Aeronautical Society of Great Britainは、こうした機運の中で、気球に代わる「機械による飛行」を学術的に研究する場として構想された(本稿の整理)。

タイムライン

日付(グレゴリオ暦) 出来事 出典
1865年 バーミンガムでの英国科学振興協会の会合で、ブレアリーがグレイシャーの助言を受け、気球に代わる機械的な飛行手段の必要性を説いた [SRC-01187]
1866年1月12日 アーガイル公爵邸で、協会設立を協議する六人の会合が開かれた(Hodgsonの記述による日付。協会自身の現在の公式説明とGrace's Guideは「1866年」、Wikipediaは「1866年1月」とのみ記す) [SRC-01187](1月12日)/[SRC-01184][SRC-01186](1866年のみ)/[SRC-01185](1866年1月)
1866年(1月12日の「ちょうど1か月後(exactly a month later)」) 最初の評議会(Council)が開かれ、アーガイル公爵が初代会長、グレイシャーが名誉会計係、ブレアリーが名誉幹事に選ばれた [SRC-01187]
1866年6月27日 技芸協会(Society of Arts、後にRoyalの称号を得た)で最初の会員向け公開会合。ウェンハムが「空中移動」と題する論文を発表 [SRC-01187][SRC-01184]
1918年(Hodgsonの記述では同年6月) 協会が「Royal」の称号を得てRoyal Aeronautical Societyへ改称 [SRC-01187][SRC-01185][SRC-01186]
1923年1月 機関誌名が『Journal of the Royal Aeronautical Society』へ改称 [SRC-01187]
異説・論争定説のない論点があります

設立日の幅: 設立日の記述には出典間で3段の精度の幅がある。協会の司書を務めたHodgsonによる1924年の学術的な通史は、設立を協議する私的な会合が「1866年1月12日」にアーガイル公爵邸で開かれたと日まで具体的に記録している[SRC-01187]。Wikipediaは「1866年1月」と月まで記す[SRC-01185]。これに対し、協会自身の現在の公式サイトとGrace's Guideはいずれも「1866年」とのみ記し、月・日までは特定していない[SRC-01184][SRC-01186]。1866年1月12日という日付は現時点でHodgsonの記述にのみ見られ、他の系統による独立した裏付けは確認できていない。本サイトはこの幅を保持したまま扱い、日付までは「established」とせず「probable」として提案する。

創設会員の氏名の幅: 協会自身の現在の公式サイトは、創設会員として6名——アーガイル公爵、ジェイムズ・グレイシャー、ヒュー・W・ダイアモンド、F・H・ウェンハム、ジェイムズ・Wm・バトラー、F・W・ブレアリー——を列挙している[SRC-01184]。一方、Hodgson(1924)は1866年1月12日の会合参加者を「科学と機械の問題に関心を持つ六人(six men interested in scientific and mechanical problems)」と記すのみで、個々の氏名をこの一文の中で明記していない。さらにHodgsonは、ダイアモンドについて「1年以内に評議会に加わった(within a year the Council included)」人物として記述しており、この書き方から、グレイシャーとウェンハムは会合の時点で既に中心にいた人物として区別されているように読める(本稿の整理)。ダイアモンドが1866年1月12日の「六人」に含まれていたかどうかは、現時点で確認できた資料だけでは判定できない。本サイトはこの当否を判定しない。

「世界最古」という言説の射程: ウィキペディア英語版は、学術誌『Air & Space Europe』に掲載された論文(Little, 2000)を典拠に、協会を「世界最古の航空学会(the oldest aeronautical society in the world)」と位置づけている[SRC-01185]。一方、協会の司書だったHodgsonによる1924年の学術的な通史は、同じ1866年の設立を「この国(英国)における航空学専門の最古の科学組織(the earliest scientific organization in this country devoted to aeronautics)」と、英国内に限定した表現で記録しており、「世界最古」という語は用いていない[SRC-01187]。本サイトはこの当否を判定せず、両者の表現の違いをそのまま示す。なお、協会自身の現在の公式サイト本文には「世界最古」という表現そのものが見当たらなかった[SRC-01184]。

論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
設立を協議する会合の日付 1866年1月12日 [SRC-01187] Hodgson(1924)の学術的通史。単独系統による記述
設立を協議する会合の日付 1866年1月(日の特定なし) [SRC-01185] Wikipedia
設立を協議する会合の日付 1866年(月・日の特定なし) [SRC-01184][SRC-01186] 協会自身の現在の公式説明・Grace's Guide
創設会員の氏名 6名(アーガイル公爵・グレイシャー・ダイアモンド・ウェンハム・バトラー・ブレアリー) [SRC-01184] 協会自身の現在の公式サイトによる列挙
創設会員の氏名 1月12日の会合参加者は「六人」(氏名は個別に明記せず)。ダイアモンドは1年以内の評議会加入者として区別 [SRC-01187] Hodgson(1924)の学術的通史
協会の位置づけ 世界最古の航空学会 [SRC-01185] ウィキペディア(学術誌論文Little, 2000を典拠)
協会の位置づけ この国(英国)における航空学専門の最古の科学組織(the earliest scientific organization in this country devoted to aeronautics) [SRC-01187] Hodgson(1924)の学術的通史。表現は英国内に限定

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

The Aeronautical Society of Great Britainの設立は、気球が主な実用手段だった時代に、「機械による飛行」を学術的な研究対象として位置づけた事例である[SRC-01187]。動力を持つ実用的な飛行機が実現するのはこれから37年後の1903年のことである[SRC-01187]。協会は1918年に「Royal」の称号を得て以降も存続し、20世紀の航空技術の発展に関わる技術資料の整理・専門誌の発行などを続けている[SRC-01184][SRC-01187]。

現代の視点

協会は現在も活動を続けており、公式サイトによれば会員は25,000人を超えるという[SRC-01184]。2016年には設立150周年を迎えた[SRC-01184]。設立時の中心人物6名(協会公式サイトの列挙による)はいずれも男性だったが、女性がフェローとして初めて認められたのは、その92年後の1958年だったとする記録がある[SRC-01188]。この記録は単一の出典(Wikipedia)にのみ確認でき、より強い裏付けとなる資料には現時点で到達できていない(本稿の整理・自己申告)。

出典一覧

  1. [SRC-01184] About the Royal Aeronautical Society(History)/Royal Aeronautical Society(ランクB)
  2. [SRC-01185] Royal Aeronautical Society(Wikipedia英語版)/Wikimedia Foundation(ランクC)
  3. [SRC-01186] Royal Aeronautical Society(Grace's Guide to British Industrial History)/Grace's Guide to British Industrial History(ランクC)
  4. [SRC-01187] The History of Aeronautics in Great Britain: From the Earliest Times to the Latter Half of the Nineteenth Century/Oxford University Press (Humphrey Milford)(ランクA)
  5. [SRC-01188] Timeline of women in aviation(Wikipedia英語版)/Wikimedia Foundation(ランクC)(複数の資料を収載)

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訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-09-16あり
22026-09-16あり

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