1667年世界 17世紀
ジョン・ミルトンは1667年4月27日、『失楽園』の出版権を5ポンドでサミュエル・シモンズへ譲渡した——契約書原本は1852年、大英博物館へ寄贈された
日付と暦
- 原典表記
- 1667年4月27日(ユリウス暦)
- 換算
- 1667-04-27(ユリウス暦)
- 掲載日
- 4月27日のページ
暦の注記: この出来事はユリウス暦の1667年4月27日に起きた(ユリウス暦換算: 1667-04-27)[SRC-02030][SRC-02031][SRC-02032]。イングランドは1752年の改暦まで一貫してユリウス暦を用いており[SRC-00044]、本記事が確認した出典はいずれもこの日付のグレゴリオ暦換算値を示していないため、本サイトはこの日付をユリウス暦のまま恒等的に扱っている(グレゴリオ暦の日数への換算は行っていない)。当時のイングランドの旧年始(3月25日起算)の慣行のもとでも、この日付(4月27日)は3月25日以降にあたるため、年表記(1667年)は変わらない。本サイトでは04-27のページに掲載している。
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概要
1667年4月27日、すでに完全に視力を失っていた詩人ジョン・ミルトンは、ロンドン・オールダーズゲイト街の印刷業者サミュエル・シモンズとの間で、叙事詩『失楽園』の出版権を譲渡する契約に署名した[SRC-02030][SRC-02031][SRC-02032]。契約は、締結時に5ポンドを即金で支払い、以後、初版から第3版までのそれぞれについて1300部が読者に売れるごとにさらに5ポンドずつ(最大で合計20ポンド)を支払うという取り決めだった[SRC-02030][SRC-02031][SRC-02032]。ミルトンが生前に受け取ったのは、1669年4月の2度目の5ポンドと合わせて計10ポンドにとどまり、彼の死後、未亡人は1680年、残りの請求権を8ポンドでシモンズへ譲渡した[SRC-02030][SRC-02031][SRC-02032]。盲目の詩人のために代筆・代理署名された契約書の原本は、200年近い流転を経て、1852年に大英博物館へ寄贈された[SRC-02030][SRC-02031]。
本文
契約書は「これらの証書は、1667年4月27日に作成され、一方の当事者ジェントルマン、ジョン・ミルトンと、他方の当事者、印刷業者サミュエル・シモンズとの間で結ばれた」という文言で始まる[SRC-02030]。ミルトンは、この証書により、詩『失楽園』の「書物、著作物、または原稿」とその一切の利益をシモンズへ与え、譲渡した[SRC-02030]。対価として、シモンズはまず5ポンドを即金で支払い、さらに、当該原稿の印刷物1300部が個々の読書家に売り切られるごとに、最初の刷り(インプレッション)・2度目の刷り・3度目の刷りのそれぞれについて5ポンドずつを支払う義務を負った(3回の刷りはいずれも1500部を超えないものとされた)[SRC-02030][SRC-02031][SRC-02032]。ミルトンは1650年代前半に完全に失明しており、この契約書の署名も本人の筆跡ではなく代筆されたもので、ミルトン本人の指の感触と、家紋「広げた鷲」の印章による確認が添えられている[SRC-02030]。立会人はジョン・フィッシャーと、ミルトンの召使いベンジャミン・グリーンの2名だった[SRC-02030]。マッソンが引く登録簿の記載によれば、シモンズは同年8月20日、全10巻構成の詩としてこの著作をステイショナーズ・カンパニー(出版業組合)の登録簿に登録した[SRC-02030]。初版の1300部が売り切られたのち、ミルトンは1669年4月26日付の受領証により2度目の5ポンドを受け取り、生前の受取総額は最初の5ポンドと合わせて10ポンドとなった[SRC-02030][SRC-02031][SRC-02032]。ミルトンは1674年に没し、その後、未亡人は1680年、『失楽園』の出版権に対する残りの請求権を8ポンドでシモンズへ譲渡し、シモンズが出版権の所有者となった[SRC-02031][SRC-02032]。
歴史的背景
ミルトンは1650年代前半には完全に失明していた[SRC-02030]。契約の相手方サミュエル・シモンズの先代マシュー・シモンズは、共和政期にミルトンの複数の著作を手がけた印刷業者であり、マシューの死後、その家業をロンドン・オールダーズゲイト街で引き継いだのが(息子または甥とみられる)サミュエルだった[SRC-02030]。マッソンは、ミルトンがシモンズを選んだ背景として、この先代からの縁と、シモンズの店舗がミルトン晩年の住まいアーティラリー・ウォークに近かったことが推薦材料になった可能性があると述べている[SRC-02030]。
タイムライン
| 日付(暦種別を明記) | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 1667年4月27日(ユリウス暦) | ミルトンとシモンズが『失楽園』出版契約に署名 | [SRC-02030][SRC-02031][SRC-02032] |
| 1667年8月20日(ユリウス暦) | マッソンが引く登録簿の記載によれば、シモンズがステイショナーズ・カンパニー登録簿に『失楽園』(全10巻)を登録 | [SRC-02030] |
| 1669年4月26日(ユリウス暦) | ミルトンが2度目の5ポンドを受領(生前受取総額10ポンドに) | [SRC-02030][SRC-02031][SRC-02032] |
| 1674年(ユリウス暦) | 『失楽園』第2版刊行、全12巻に再構成 | [SRC-02031][SRC-02032] |
| 1680年(ユリウス暦) | 未亡人が残りの請求権を8ポンドでシモンズへ譲渡 | [SRC-02030][SRC-02031][SRC-02032] |
異説・論争定説のない論点があります
| 論点 | 説 | 根拠・出典 | 学界での位置づけ |
|---|---|---|---|
| 未亡人による権利譲渡の日付の精度 | デイヴィッド・マッソン『ミルトン伝』とサミュエル・ジョンソン『英国詩人伝』は、未亡人の受領証の日付を「1680年12月21日」と具体的に記す | [SRC-02030][SRC-02032] | 対立する2説ではなく、記述の精度が異なる系統。マッソン・ジョンソンは受領証(の写し)を根拠に日単位まで示すのに対し、DNBは年のみを示す |
| 同上 | 英国人名事典(DNB)は、この譲渡を「1680年」とのみ記し、月日までは示さない | [SRC-02031] | 同上 |
上記以外に確認された異説: なし(調査範囲: 契約の締結日・金額・支払条件、生前受取総額、未亡人による譲渡、初版・第2版の構成、登録日について、デイヴィッド・マッソン『ミルトン伝』第6巻・英国人名事典(DNB)第38巻・サミュエル・ジョンソン『英国詩人伝』を確認した。このうちDNBはマッソンを第一典拠とする整理であり、実質的な独立系統はマッソン(一次資料の翻刻を含む)とジョンソンの2系統である。この取引が当時の出版慣行に照らして寛大だったか過酷だったかという評価について、いずれの出典も明示的な判定を下しておらず、本サイトもこの点について判定しない)。
関連する出来事
1674年、ミルトンは死去し、同年、『失楽園』第2版が刊行された[SRC-02031][SRC-02032]。
関連人物
ジョン・ミルトン(じょん・みるとん): 『失楽園』の作者。契約締結時、すでに完全に失明していた[SRC-02030]。
サミュエル・シモンズ(さみゅえる・しもんず): ロンドンの印刷業者。ミルトンから『失楽園』の出版権を買い取った[SRC-02030]。
歴史的意義
マッソンは、この契約の構造について、現代の貨幣価値に引き直せば、ミルトンは契約時に約17ポンド10シリングに相当する金額を受け取り、その後も最大で同額をさらに3回受け取る可能性があった(合計で当時の現在価値にしておよそ70ポンドに相当)と試算している[SRC-02030]。この契約に基づき、ミルトンが生涯に受け取った金額は10ポンド、死後に未亡人が受け取った金額は8ポンドにとどまった[SRC-02030][SRC-02031][SRC-02032]。本記事が確認した出典は、この金額が当時の出版慣行に照らして標準的だったか、詩人にとって不利な取引だったかについて、明示的な評価を下していない。本サイトもこの評価を判定しない。
現代の視点
契約書原本は、ミルトンからシモンズへ、その後トンソン家の出版業者一族へと渡り、18世紀後半にトンソン家の事業が終わった後は一時所在不明となったが、1824年にロンドンの仕立て屋の手元で見つかり、複数の所有者を経て、1852年に詩人サミュエル・ロジャーズにより大英博物館へ寄贈された[SRC-02030][SRC-02031]。
出典一覧
- [SRC-02030] The Life of John Milton: Narrated in Connexion with the Political, Ecclesiastical, and Literary History of his Time — Vol. VI, 1660–1674(David Masson著、1880年、London: Macmillan刊)/Macmillan(1880年原刊)/ archive.org(電子化・OCRテキスト提供、Trent Universityの蔵書由来)(ランクA)
- [SRC-02031] Dictionary of National Biography, 1885-1900, Volume 38 — 「Milton, John (1608-1674)」項(Leslie Stephen執筆)/Smith, Elder & Co.(1893年原刊、Dictionary of National Biography Vol.38)/ Wikisource(原本スキャンに基づく翻刻ホスト)(ランクA)
- [SRC-02032] The Lives of the Most Eminent English Poets, Volume 1 — 「Milton」章(Samuel Johnson著、1779〜1781年刊)/初版(1779〜1781年)/ Wikisource(The Lives of the Most Eminent English Poets, Volume 1.djvuのスキャンに基づく翻刻ホスト)(ランクB)
- [SRC-00044] Calendar (New Style) Act 1750 (24 Geo 2 c.23) — 英国政府公式法令データベース/legislation.gov.uk(The National Archives、英国政府)(ランクS)
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訂正履歴
| 版 | 日付 | 事実主張への変更 |
|---|---|---|
| 1 | 2026-09-29 | — |
| 2 | 2026-09-29 | あり |
| 3 | 2026-09-29 | あり |
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