1868年江戸時代

五箇条の御誓文の発布 — 明治天皇、維新政府の基本方針を天神地祇に誓う

日付と暦

原典表記
慶応4年3月14日(和暦・太陰太陽暦)
換算
1868-04-06(グレゴリオ暦)
掲載日
3月14日のページ

暦の注記: この出来事は和暦(太陰太陽暦)の慶応4年3月14日に起きた(グレゴリオ暦換算: 1868年4月6日)[SRC-01676]。この換算値は国立天文台暦計算室「日本の暦日データベース」への照会値による(年の干支は戊辰・月の干支は丙辰・日の干支は壬戌)[SRC-01676]。改暦境界(1582年10月・明治5年12月〜6年1月)には該当しない。発布当日に効力を持っていた元号は慶応であり、明治への改元の詔が発せられたのは同年9月8日である[SRC-01678]。本サイトでは発布当日の原典元号に従い慶応4年3月14日を原典日付とし、03-14のページに掲載している。ただし同年9月8日の明治改元の詔は「慶応4年を明治元年とすることとされました」(国立公文書館の解説による)という年単位の遡及的な改称であり、国立公文書館自身の公式解説も発布日を「明治元年(1868)3月14日」と遡及表記している[SRC-01677][SRC-01678]。コトバンク収載の複数事典も「1868年(明治1)」「明治1年」と表記する[SRC-01679]。これは異説ではなく、遡及適用という改元の詔の性質に基づく編集方針の相違である(異説・論争欄参照)。

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概要

慶応4年3月14日(グレゴリオ暦換算1868年4月6日)、明治天皇は京都御所紫宸殿(国立公文書館は「南殿」と表記する)に公卿・諸侯・百官を集め、天神地祇に誓約する形式で維新政府の基本方針五箇条を発布した[SRC-01677][SRC-01679][SRC-01681]。条文は「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ」など五箇条からなる[SRC-01679]。副総裁三条実美が御神前で御誓文を奉読する光景が絵画に描かれていると明治神宮は記す[SRC-01681]。この文書は、公議政体派の由利公正が起草した原案「議事之体大意」を、福岡孝弟が修正し、さらに木戸孝允が加筆修正して確定したものだと複数の独立出典が一致して記す[SRC-01679][SRC-01683]。坂本龍馬の「船中八策」をこの文書の系譜に位置づける見解がある一方、その史料的根拠を疑問視する見解もあり、また第1条の「広く会議を興し、万機公論に決すべし」の解釈をめぐっても、民主主義の理念の先駆とみる理解と、起草当時は大名会議を念頭に置いた表現だったとする理解が併存する(いずれも異説・論争欄参照)[SRC-01682][SRC-01683]。

本文

慶応3年(1867)10月の大政奉還と同年12月9日の王政復古の大号令により、幕藩体制に代わる新政府が成立したが、当時の日本の情勢は依然として混沌としていたと明治神宮は記す[SRC-01681]。新政府の基本方針を定める文書の起草は、王政復古ののち公議政体派の由利公正が「議事之体大意」という原案を作成したことに始まると改訂新版世界大百科事典は記す[SRC-01679]。福岡孝弟(土佐藩出身)はこの由利案に加筆修正を加え「会盟」案とした。福岡案は、大政奉還以来の土佐藩の藩論であった列侯会議(大名たちの会議)の開催を意図し、天皇と大名との盟約によって五ヵ条の国是を確立しようとするものだったと同事典は記す[SRC-01679]。

しかし、天皇と大名との盟約には歴史上の先例がないと主張する三条実美ら公家の反対により、福岡案は退けられた。かわりに、天皇が天神地祇を祭る儀式のもとで大名が天皇へ誓詞を差し出す形式が採用されたと改訂新版世界大百科事典は記す[SRC-01679]。この方針転換を受け、木戸孝允は福岡案の第1条にあった「列侯会議ヲ興シ」という文言を「広ク会議ヲ興シ」に修正し、会議の開催に関連した部分を削除し、あわせて第4条(旧来の陋習を破り天地の公道に基づくべし)を付け加えて、誓文の条目を確定させたと同事典は記す[SRC-01679]。

慶応4年3月14日、明治天皇は京都御所紫宸殿に公卿・諸侯以下百官を集め、維新の基本方針を天地の神々に誓った[SRC-01681]。副総裁三条実美が御神前で御誓文を奉読する光景が、明治神宮外苑の聖徳記念絵画館の絵画に描かれていると明治神宮は記す[SRC-01681]。御誓文とあわせて、国民への協力を求める告諭(宸翰)も布告されたと記す[SRC-01681][SRC-01683]。この宸翰は、天皇みずからが政治を執り行ってきた歴代天皇の例にならう決意を述べるものであり、「会議」への言及は一切なかったと辻田真佐憲は指摘する[SRC-01683]。

確定した御誓文の条文は次のとおりである。「一,広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ。一,上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ。一,官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス。一,旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ。一,知識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ。」[SRC-01679]。Britannicaはこれを英訳し、Western parliamentary constitution(西洋型の議会制憲法)への道を開いたものと位置づけている[SRC-01680]。

旺文社日本史事典は、御誓文が「江戸城総攻撃の前日」に発布されたと記す。この具体的な時期づけは旺文社単独のものであり、本サイトはこの具体的な時期関係を独自には確認していないが、同じSRC-01679に収載された百科事典マイペディアも「江戸城攻撃を前に討幕派諸勢力の結束を再確認し」と、江戸城攻撃との時期的な近さに独立に言及している[SRC-01679]。旺文社日本史事典は、御誓文が公議輿論の尊重を掲げつつ公家・諸侯・藩士・豪農・豪商の結集を図る一方、開国和親の方針で列強の支持を得ようとする配慮を示すものだったとも記す[SRC-01679]。

歴史的背景

明治天皇(睦仁)は1867年1月9日、孝明天皇の崩御を受けてわずか14歳で皇位を継いだと辻田真佐憲は記す[SRC-01683]。当時、天皇個人の意向によらず新政府首脳が公的な言葉を作成する体制だったと同記事は指摘する[SRC-01683]。慶応3年10月の大政奉還と同年12月の王政復古の大号令により幕藩体制に代わる新政府が成立したが、開国間もない当時の日本は国際的にも多くの課題を抱えていたと明治神宮は記す[SRC-01681]。誓文発布の背景には、王政復古に強い影響力を持った復古神道家による天皇祭祀復興への意図があったと改訂新版世界大百科事典は記す[SRC-01679]。

御誓文と同時に発布された「国威発揚の宸翰」は、歴代天皇がみずから政治を執り行い反逆者があれば自ら討伐した昔にならい、天皇みずからが艱難辛苦をいとわず国を治め国威を世界に広めるという趣旨を述べるものであり、天皇の親裁(みずから政務を執ること)を強調する内容だったと辻田真佐憲は記す[SRC-01683]。

タイムライン

日付(暦種別を明記) 出来事 出典
和暦・慶応3年(1867)10月 徳川慶喜、大政奉還 [SRC-01681]
和暦・慶応3年12月9日 王政復古の大号令 [SRC-01681]
和暦・慶応4年1月頃 由利公正、原案「議事之体大意」を起草 [SRC-01679]
同時期 福岡孝弟、由利案を修正し「会盟」案とする(三条実美ら公家の反対で退けられる) [SRC-01679]
同時期 木戸孝允、福岡案を修正し条目を確定 [SRC-01679]
和暦・慶応4年3月14日(グレゴリオ暦換算1868年4月6日) 明治天皇、京都御所紫宸殿で五箇条の御誓文を天神地祇に誓約 [SRC-01676][SRC-01677][SRC-01679][SRC-01681]
翌日 五榜の掲示が出されたと旺文社日本史事典は記す(具体的な日付〔和暦月日〕は本記事の登録出典には記載がなく、本サイトも独自に確定していない。本記事の主題の射程外) [SRC-01679]
和暦・慶応4年9月8日 明治改元の詔。慶応4年を明治元年と改める(遡及適用) [SRC-01678]
異説・論争定説のない論点があります

調査範囲は本記事が挙げた8件の出典(国立天文台暦計算室・国立公文書館2ページ・コトバンク収載4事典・Encyclopaedia Britannica・明治神宮・PHPオンライン・幻冬舎plus)に限る。

論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
起草者の帰属 単一の起草者はいない。由利公正の原案を福岡孝弟が修正し、木戸孝允が最終的に加筆修正した三段階の共同作業である 改訂新版世界大百科事典・百科事典マイペディア・旺文社日本史事典・幻冬舎plus 独立した複数系統(平凡社系・旺文社・幻冬舎の各出典)が一致する理解。本サイトは単一起草者への帰属を行わない
発布儀式で誓約した相手 公卿・諸侯は天神地祇(神々)に対して誓いを立てたとする記述 国立公文書館「公卿諸侯などとともに、この神々に対して誓いを立て」 ランクS出典(国立公文書館)の記述。本サイトはいずれが正しいかを判定しない
発布儀式で誓約した相手 公家・大名・百官は国是の遵守を天皇に誓約したとする記述(誓詞奉呈儀式) 改訂新版世界大百科事典「公家・大名・百官が国是の遵守を天皇に誓約する誓詞奉呈儀式からなる」 コトバンク収載事典の記述。本サイトはいずれが正しいかを判定しない
坂本龍馬「船中八策」との関係 船中八策は薩土盟約・大政奉還建白書の基案となり、五箇条の御誓文にもつながる「維新史上、注目すべき文書」である 『坂本龍馬全集』(増補四訂版)に同旨の記述(PHPオンライン経由で確認) 学校教育・一般書で広く採られてきた通説的理解
坂本龍馬「船中八策」との関係 龍馬の文体上の特徴(抽象的な政体構想を書き表す書簡様文体を使いこなせなかったとみられること)を理由に、「新政府綱領八策」についても坂本の発案とは考えにくいとする見解がある 青山忠正『明治維新の言語と史料』(PHPオンライン経由で確認) 近年の史料批判の中で提示された懐疑的見解。本サイトは通説・懐疑説いずれが正しいかを判定しない
「広く会議を興し、万機公論に決すべし」の解釈 民主主義や議会制の理想を謳ったものとして名高く、現在でも広く引用される 幻冬舎plus(辻田真佐憲)が紹介する一般的な理解 自由民権運動期以降、繰り返し理想化されてきた広範な通念
「広く会議を興し、万機公論に決すべし」の解釈 「会議」の語は起草当初「列侯会議」(大名の集まり)を指しており、天皇と大名の盟約という福岡案が退けられた後も「会議」の語自体に積極的な意味合いはない玉虫色の決着であって、近代西欧の議会制民主主義を想定したものではなかった 幻冬舎plus(辻田真佐憲)。旺文社日本史事典も「公議輿論とは列侯会議を意味したもので,立憲思想とは本質的に異なる」と独立に記す 起草過程の史料(宸翰との対比を含む)に基づく学説的理解。本サイトはいずれの解釈が正しいかを判定しない
発布日の元号表記 慶応4年3月14日(発布当日に効力を持っていた元号。本サイトの原典日付) 本サイトが原典日付として採用。国立天文台暦計算室のデータベースも和暦欄を「慶応04年」と表記する 本サイトの暦運用規則(当該日に効力を持つ元号で書く)に従いこちらを採用
発布日の元号表記 「明治元年(1868)3月14日」「1868年(明治1)3月14日」(改元〔9月8日〕後の元号を年始まで遡及適用した表記) 国立公文書館「日本のあゆみ」、コトバンク収載の改訂新版世界大百科事典・百科事典マイペディア 異説ではなく編集方針の相違。明治改元の詔が年単位で遡及適用される性質を持つため、政府機関自身の解説もこの表記を採る

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

改訂新版世界大百科事典は、御誓文が幕府を倒し新しい国家を樹立した維新政府の建国宣言としての意義を持ち、廃藩置県に至る政治過程で改革の重要な理念となったと記す[SRC-01679]。同事典はまた、誓文に盛られた「会議政治の理想」が自由民権運動などにも大きな影響を与えたと記す[SRC-01679]。Britannicaは、御誓文が近代化への道を開き、西洋型の議会制憲法の導入につながったと位置づける[SRC-01680]。他方、辻田真佐憲は、御誓文の「会議」を強調する解釈が原義にとどまらず、宸翰が忘れ去られ御誓文だけが残る形で過度に理想化されていった経緯を指摘し、この理想化は自由民権運動前後に始まり、大正デモクラシー期やアジア太平洋戦争の敗戦後にも繰り返されたと記す[SRC-01683]。本サイトは、御誓文が後世に果たした思想的な影響の大きさと、その解釈が時代ごとに理想化・再解釈されてきた経緯の両方を、いずれの立場にも立たず出典に基づいて紹介する。

現代の視点

明治神宮は、昭和天皇が昭和21年(1946年)元日の「新日本建設ニ関スル詔書」において五箇条の御誓文を引用し、「叡旨公明正大、又何ヲカ加ヘン。朕ハ茲ニ誓ヲ新ニシテ国運ヲ開カント欲ス」と、御誓文の精神に立ち返る決意を示したと記す[SRC-01681]。御誓文が「日本の民主主義の基本」を示すものであるという評価は明治神宮自身の見解であり、本サイトはこれを明治神宮への帰属を明示したうえで紹介するにとどめ、本サイト自身の評価としては採用しない。

出典一覧

  1. [SRC-01676] 日本の暦日データベース(和暦から西暦への変換照会結果: 慶応4年3月14日)/国立天文台 暦計算室(ランクA)
  2. [SRC-01677] 明治元年(1868)3月|五箇条の御誓文が発せられる:日本のあゆみ/国立公文書館(ランクS)
  3. [SRC-01678] 明治元年(1868)9月|一世一元の制となる:日本のあゆみ/国立公文書館(ランクS)
  4. [SRC-01679] 五ヵ条の誓文(ごかじょうのせいもん)とは? 意味や使い方 - コトバンク/コトバンク(朝日新聞社・VOYAGE MARKETING運営)(ランクB)(複数の資料を収載)
  5. [SRC-01680] Charter Oath | Meiji Restoration, Imperialism & Constitutionalism | Britannica/Encyclopaedia Britannica, Inc.(ランクB)
  6. [SRC-01681] 五箇條の御誓文|明治神宮/明治神宮(ランクB)
  7. [SRC-01682] 坂本龍馬の船中八策はフィクションだった?(PHPオンライン)/PHP研究所(ランクB)
  8. [SRC-01683] 過度に理想化され独り歩きする言葉たち ~五箇条の御誓文~|天皇のお言葉|辻田真佐憲 - 幻冬舎plus/幻冬舎(ランクB)

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訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-09-27—
22026-09-27あり
32026-09-27あり

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