1777年世界 18世紀

大陸会議、合衆国の国旗を定める決議を採択

日付と暦

原典表記
1777年6月14日(グレゴリオ暦)
換算
1777-06-14(グレゴリオ暦)
掲載日
6月14日のページ

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概要

1777年6月14日、フィラデルフィアで開会していたとされる大陸会議(第2次大陸会議)は、合衆国の旗について短い決議を可決した。「旗は紅白交互の13本の縞とし、連合(ユニオン)は新たな星座を表す、青地に白い13個の星とする」というものである[SRC-02426][SRC-02427][SRC-02428]。決議は、星の角数や配置については何も指示しなかった[SRC-02427]。この決議は、今日「国旗決議(Flag Resolution)」として知られている。誰がこの意匠——とりわけ星の部分——を考えたのかは、議事録には記されていない。学者たちはフランシス・ホプキンソンに功績を帰するとされるが[SRC-02427][SRC-02428]、広く知られた「ベッツィー・ロスが最初の旗を縫った」という逸話は、決議から93年後の1870年に彼女の孫が公にしたものであり、同時代の文書による裏付けは確認されていない[SRC-02427][SRC-02429]。

本文

Journals of the Continental Congress(大陸会議議事録)第8巻によれば、1777年6月14日土曜日の議事の中で、大陸会議は次の決議を可決した。

Resolved, That the flag of the thirteen United States be thirteen stripes, alternate red and white: that the union be thirteen stars, white in a blue field, representing a new constellation.[SRC-02426][SRC-02427][SRC-02428]

(本サイトによる訳: 決議する。合衆国の旗は、紅白交互の十三本の縞とする。連合(ユニオン)は、新たな星座を表す、青地に白い十三個の星とする。)

連邦議会印刷合同委員会が刊行する公式解説小冊子『Our Flag』は、この決議を「フィラデルフィアで開会していた第2次大陸会議の海事委員会(Marine Committee)」が採択したと記しており、同書は別の箇所で、大陸会議(第2次大陸会議)自身が新たな旗を承認したとも記している[SRC-02427]。同書はさらに、決議が星の角数や、青地の中での星の配置については何も定めなかったと指摘する。そのため、その後何年もの間、星を特定の並びなく散らした旗、横列に並べた旗、円形に並べた旗など、様々な意匠の国旗が作られることになった[SRC-02427]。

この決議の直前、同じ6月14日の議事では、海事委員会(Marine Committee)がデラウェア川の大陸軍艦船について指示を行う権限を与える決議が可決されている[SRC-02426]。そして決議の直後には、マサチューセッツ邦参議会(council)からの書簡による報告を受けて艦レインジャー(Ranger)の艦長ジョン・ローチ大尉が素行不良の疑いで停職となり、代わってジョン・ポール・ジョーンズ大尉が同艦の艦長に任命された[SRC-02426]。国旗決議は、こうした海軍関係の議事の間に挟まれて記録されている。

決議の文言には、誰が意匠を考えたかについての記述がない。『Our Flag』は、「強い証拠が示す」として、当時大陸海軍本部(Continental Navy Board)中部局の議長だったフランシス・ホプキンソンに星の意匠の功績を帰すとする[SRC-02427]。Library of Congressも同様に、「学者たちは国旗の意匠の功績をフランシス・ホプキンソンに帰する」(原文: "Scholars, however, credit the flag's design to Francis Hopkinson")と記す[SRC-02428]。『Our Flag』は、ホプキンソン自身が大陸提督部(Continental Admiralty Board)に宛てた書簡で、「この種の労苦(Labours of Fancy)」への対価としてワインのクォーター・カスク(四分の一樽)相当の支払いを求めたが、議会が彼を公務員とみなしてこの請求を拒んだと記す[SRC-02427]。

一方、今日最も広く知られているのは、フィラデルフィアの仕立屋エリザベス(ベッツィー)・ロスが最初の国旗を縫ったという逸話である。この逸話は、国旗決議そのものには一切現れない。それが初めて公の場に出たのは1870年3月、ロスの孫ウィリアム・J・キャンビーが、ペンシルベニア歴史協会での発表で語ったときだった[SRC-02427][SRC-02429]。キャンビーは祖母の死(1836年)の時点でわずか11歳であり、自身と親族の記憶、および3名の親族(娘・孫娘・姪)による宣誓供述書に基づいて発表したという[SRC-02429]。キャンビー自身は発表の中で、「これは伝承ではない。私自身を含む十数人の生きた証人が、当事者本人の口から直接聞いた報告だ」(原文: "It is not tradition, it is report from the lips of the principal participator in the transaction... of which I myself am one")と述べ、ロバート・モリス・ジョージ・ロス、そしてジョージ・ワシントンがロスの元を訪れ、議会の委員会として旗の製作を依頼したと語ったと伝えている[SRC-02427][SRC-02429]。

ロスが旗職人だったこと自体は裏付けがある。『Our Flag』は、彼女が1777年にペンシルベニア邦海軍向けの旗を作ったとする[SRC-02427]。ペンシルベニア文書館に残る1777年5月29日の戦時委員会の記録は、「艦船用旗の製作のため、ウィリアム・ウェブからエリザベス・ロスへ14ポンド12シリング2ペンスの支払い命令」(原文: "An Order on William Webb to Elizabeth Ross, for fourteen pounds, twelve shillings, two pence for making ships colours & put into William Richards' stores.")を記している[SRC-02429]。しかし『Our Flag』は、「彼女が最初の星条旗を作ったという証拠はない」(原文: "there is no proof that she made the first Stars and Stripes")とし、円形に星を配置した通称「ベッツィー・ロス旗」の意匠自体も、1790年代初頭になるまで現れなかったと記している[SRC-02427]。

歴史的背景

国旗決議が可決された1777年6月、合衆国は前年に独立を宣言したばかりで、それまで対外的に統一された旗を持っていなかった。デラウェア川でコロニアル艦隊に掲げられ、ケンブリッジでも用いられた「グランド・ユニオン旗」——紅白13本の縞に、英本国のユニオン旗(イングランドの赤十字とスコットランドの白十字)を左上に配したもの——が非公式に用いられていたが、英本国との決別が進むにつれ、左上のユニオン旗部分を星に置き換える必要が生じた、という経緯が『Our Flag』では述べられている[SRC-02427]。この決議以後も、国旗の具体的な意匠(星と縞の数)を定める追加の法制化が重ねられた。1794年には、ケンタッキー・バーモントの連邦加入を受けて旗を15本の縞・15個の星に拡張する決議がなされ、この旗は1795年から1818年まで用いられた[SRC-02427]。しかし新たな州が加入するたびに縞を増やすのは非現実的であるとして、1818年4月4日、モンロー大統領は縞を13本に固定し、新州の加入ごとに、その加入日の後に最初に迎える7月4日に星を1個加えるという法律を承認した[SRC-02427]。1916年にはウッドロウ・ウィルソン大統領が6月14日を「国旗の日(Flag Day)」とする布告を発し、1949年にはハリー・トルーマン大統領の署名により、この日を国民の記念日として定める法律が成立した[SRC-02428]。

タイムライン

日付(暦種別を明記) 出来事 出典
1777-06-14(グレゴリオ暦) 大陸会議(フィラデルフィアで開会していたとされる)、国旗を定める決議を可決 [SRC-02426][SRC-02427][SRC-02428]
1777-06-14(グレゴリオ暦) 同日、大陸会議がジョン・ポール・ジョーンズを艦レインジャーの艦長に任命 [SRC-02426]
1794年(グレゴリオ暦) ケンタッキー・バーモント加入を受け、旗を15本の縞・15個の星に拡張する決議 [SRC-02427]
1818-04-04(グレゴリオ暦) モンロー大統領、縞を13本に固定し新州加入ごとに星を追加する法律を承認 [SRC-02427]
1870年3月(グレゴリオ暦) ウィリアム・J・キャンビー、ペンシルベニア歴史協会でベッツィー・ロスの逸話を公表 [SRC-02427][SRC-02429]
1916年(グレゴリオ暦) ウィルソン大統領、6月14日を「国旗の日」とする布告を発する [SRC-02428]
1949年(グレゴリオ暦) トルーマン大統領、「国旗の日」を定める法律に署名 [SRC-02428]
異説・論争定説のない論点があります
論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
国旗の意匠(とりわけ星の部分)を考案したのは誰か 説1: フランシス・ホプキンソン。LOCによれば学者たちが国旗の意匠の功績を帰するとされ、『Our Flag』は特に星の意匠について「強い証拠」があるとする。当時、大陸海軍本部(Continental Navy Board)中部局の議長であり、合衆国大印章・最初の貨幣の意匠にも関与した。自ら対価を求めたが拒否された。説2(伝承): エリザベス(ベッツィー)・ロス。1870年、孫のウィリアム・J・キャンビーが公にした逸話。同時代の文書による裏付けは確認されていない 説1: [SRC-02427][SRC-02428]。説2: [SRC-02427][SRC-02429][SRC-02430] 国旗決議の文言自体はどちらにも言及していない。ushistory.orgはロス伝承を擁護する立場から書かれており、ホプキンソン説については「請求書を除けば……、彼が旗を設計したことを支持する証拠はまったくない」と反論する一方、ロス伝承の評価全体については「説得力があるが決定的ではない」とする。ushistory.orgは、ホプキンソンの対価請求が拒まれた理由を証憑(voucher)の欠如とし、『Our Flag』(議会が公務員とみなしたため)とは異なる理由を記す。この「説得力があるが決定的ではない」とする評価は、専門誌Journal of the American Revolutionの寄稿でもushistory.orgの記述として引用されている。本サイトはいずれの説も断定せず、ホプキンソンへの帰属は学界の見解として一定の支持があるもの、ロス伝承は証拠が弱く確証を欠くものとして、確度を分けて扱う
ベッツィー・ロスは最初の国旗を作ったか 説1: ロスは1777年、ペンシルベニア邦海軍向けの旗を作ったとされ(Our Flag)、同年の戦時委員会の記録(ペンシルベニア文書館)には「艦船用旗(ships colours)」製作への支払いが残っており、旗職人であったことは裏付けられる(最初の旗かどうかは別の論点)。説2: 彼女が「最初の」星条旗を作ったという証拠はなく、円形に星を配した通称「ベッツィー・ロス旗」の意匠自体も1790年代初頭まで現れなかった 説1: [SRC-02427][SRC-02429]。説2: [SRC-02427] 両者は矛盾しない——ロスが旗職人だったこと自体は文書で裏付けられるが、「最初の」星条旗という特定の主張には同時代の裏付けがない。本サイトは、ロスを「旗職人」として記録する事実と、「最初の国旗の製作者」という伝承上の主張を区別して扱う

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

Library of Congressによれば、この決議以降、国旗にはこれまでに27種の正式版が存在するが、星の配置は1912年にタフト大統領が48個の星を6段×8列に標準化するまで、旗の製作者の好みに委ねられていたという[SRC-02428]。この決議は星の数と縞の数という最小限の枠組みだけを定め、具体的な意匠を長く未確定のままにした。本サイトの見方では、これがその後1世紀以上にわたる国旗の変遷——1794年の15本縞、1818年の13本縞固定と星の逐次追加、1912年の配置標準化——の背景の一つになっている。

現代の視点

今日、6月14日は「国旗の日(Flag Day)」としてアメリカ合衆国で記念されている。この記念日は国旗決議そのものによって定められたものではなく、1916年のウィルソン大統領の布告、そして1949年のトルーマン大統領による法制化という、決議から1世紀以上後の別個の措置によって確立されたものである[SRC-02428]。また、「ベッツィー・ロスが最初の国旗を縫った」という逸話は、アメリカの国民的な物語として広く定着しているが、この逸話がたどった経路——1836年のロスの死から34年後、1870年に孫のキャンビーが初めて公にし、以後教科書や絵画を通じて広まった——について、ushistory.orgは、19世紀の一部の著者や愛好家がこの逸話を熱心に推し進め、雑誌・教科書・画家がこれを無批判に繰り返してきたとする見方を紹介している[SRC-02429]。

出典一覧

  1. [SRC-02426] Journals of the Continental Congress, 1774-1789, Volume VIII (May 22-October 2, 1777)/United States Government Printing Office(編者: Worthington Chauncey Ford, Chief, Division of Manuscripts, Library of Congress)(ランクS)
  2. [SRC-02427] Our Flag/United States Congress, Joint Committee on Printing(連邦政府印刷局 GPO 発行)(ランクA)
  3. [SRC-02428] Today in History - June 14 (Flag Day)/Library of Congress(ランクS)
  4. [SRC-02429] Betsy Ross and the American Flag: historical analysis/Independence Hall Association(ランクB)
  5. [SRC-02430] If Only We Had a Primary Source: Stories of the American Revolution/Journal of the American Revolution(allthingsliberty.com)(ランクB)

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訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-10-08—
22026-10-09あり
32026-10-09あり
42026-10-09あり

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