1919年世界 20世紀

エディントンらの皆既日食観測——一般相対性理論が予測した光の湾曲を検証

日付と暦

原典表記
1919年5月29日(グレゴリオ暦)
換算
1919-05-29(グレゴリオ暦)
掲載日
5月29日のページ

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概要

1919年5月29日、英国の天文学者アーサー・エディントンらの観測隊は、皆既日食の機会を利用して、太陽近傍を通過する恒星の光が重力によってどれだけ曲げられるかを測定した[SRC-02298]。観測はアフリカ沖のプリンシペ島(エディントンと助手エドウィン・コッティンガム)と、ブラジル北部のソブラル(アンドリュー・クロメリンとチャールズ・デイヴィドソン)の2地点で、英国の王室天文官フランク・ダイソンが統括するロイヤル・ソサイエティとロイヤル天文学会の共同委員会のもとで行われた[SRC-02298][SRC-02300][SRC-02302]。同年11月6日、ロンドンで開かれた両学会の合同会議でダイソンらが結果を報告し、観測された光の湾曲はニュートンの重力法則が予測する値(太陽の縁で0″.87)よりも、アルベルト・アインシュタインが発表した一般相対性理論が予測する値(同1″.75)に近いことが示された[SRC-02298][SRC-02299][SRC-02303]。この発表は翌日の新聞で大きく報じられ、アインシュタインを世界的に有名な人物にした[SRC-02299][SRC-02303]。

本文

アインシュタインが1915年から1916年にかけて発表した一般相対性理論は、重力を空間と時間のゆがみとして記述し、太陽のような大質量の天体の近くを通る光も、その経路を曲げられると予測した[SRC-02298][SRC-02299]。この予測の大きさは、光にも通常の物質と同様に重力が働くと仮定した場合(ニュートン力学に基づく予測、太陽の縁で0″.87)の、ちょうど2倍(1″.75)になるとされ、どちらの値が実際に観測されるかによって、2つの理論のどちらが正しいかを判定できるとされた[SRC-02298]。

太陽近傍の恒星の光のわずかなずれを観測するには、太陽自身の強い光に隠れずに星が見える皆既日食の機会が必要だった[SRC-02298][SRC-02300]。1919年5月29日の皆既日食は、背景に明るい恒星(ヒアデス星団)が多く見える好条件の日食だったとされる[SRC-02300]。この機会をとらえるため、ロイヤル・ソサイエティとロイヤル天文学会の共同永久日食委員会は、王室天文官フランク・ダイソンの統括のもとで2つの遠征隊を編成した[SRC-02298][SRC-02300][SRC-02302]。ケンブリッジ大学天文台長のアーサー・エディントンは、ノーサンプトンシャーの時計師エドウィン・コッティンガムとともにアフリカ沖のプリンシペ島へ、グリニッジ天文台のアンドリュー・クロメリンとチャールズ・デイヴィドソンはブラジル北部セアラ州のソブラルへ、それぞれ赴いた[SRC-02298][SRC-02300]。

観測結果の分析では、ソブラルで使用された4インチ望遠鏡(コエロスタットという鏡を用いる装置)による写真から、太陽の縁での偏角1″.98(確率誤差約±0″.12)という値が得られた[SRC-02298][SRC-02299]。プリンシペでの観測は天候に恵まれず有効な写真が少なかったものの、得られた値は1″.61(確率誤差約±0″.30)で、ソブラルの結果ほどの精度はないとされた[SRC-02298][SRC-02299]。一方、ソブラルに設置された別の望遠鏡(アストログラフ)の写真からは0″.93という、ニュートン予測に近い値が得られたが[SRC-02300]、報告書はこの値を「偶然誤差の限度をはるかに超えて不一致」と記し、すでに述べた理由(機器の焦点の変化)から、最終的な結果の決定では重視しなかった[SRC-02298][SRC-02299]。1919年11月6日、ロンドンのロイヤル・ソサイエティでダイソンらがこれらの結果を報告すると、「アインシュタインとその理論は一夜にして時の人となった」(原文: "Einstein and his theory became overnight sensations")と評されるほどの反響を呼んだ[SRC-02303]。翌11月7日付のロンドン『タイムズ』は「科学における革命/宇宙の新理論/ニュートン的観念、覆される」との見出しでこれを報じた[SRC-02303]。観測結果をまとめた論文は、翌1920年4月27日、『フィロソフィカル・トランザクションズ』誌A篇220巻に公刊された[SRC-02298]。

歴史的背景

アインシュタインの一般相対性理論による光の湾曲の予測は、第一次世界大戦(1914年〜1918年)の最中に発表された[SRC-02298][SRC-02303]。それ以前にも日食の機会を利用してこの予測を検証する試みが計画されていたが、悪天候と第一次世界大戦が重なったことで実現しなかったとされる[SRC-02300]。エディントンは熱心な一般相対性理論の支持者として知られ、自らも平和主義者であり、ドイツの指導的科学者であったアインシュタインの理論を検証することで、戦後の英独間の和解への一つの身振りにしようとしていたとする見方もある(本稿が確認した範囲では、これはケネフィックの論文がエディントンの動機に関する一つの説として紹介するものであり、確定した事実としては記されていない)[SRC-02300]。

タイムライン

日付(暦種別を明記) 出来事 出典
1919-05-29(グレゴリオ暦) プリンシペ島とソブラルで皆既日食を観測 [SRC-02298]
1919-10-30(グレゴリオ暦) 共同永久日食委員会を通じて提出された観測結果の報告書が受理される [SRC-02298]
1919-11-06(グレゴリオ暦) ロンドンでロイヤル・ソサイエティとロイヤル天文学会の合同会議が開かれ、結果が発表される [SRC-02298][SRC-02299][SRC-02303]
1920-04-27(グレゴリオ暦) 報告論文が『フィロソフィカル・トランザクションズ』誌A篇220巻に公刊される [SRC-02298]
異説・論争定説のない論点があります
論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
ソブラルのアストログラフによる観測結果(0″.93)を最終的な結果の決定から除外した判断の当否 除外は理論的な偏り(バイアス)によるものであり、科学的に十分な根拠を欠いていたとする説 1980年、科学哲学者のジョン・アーマンとクラーク・グライモアが、除外されたソブラル・アストログラフのデータも、統計的にはプリンシペのアストログラフのデータと同等の有効性を持つと論じた(Historical Studies in the Physical Sciences誌掲載論文) 1980年代以降、科学哲学・科学史の分野で広く引用され、1919年の「実験」としての妥当性に疑問を投げかける立場として知られるようになったとされる[SRC-02299][SRC-02300]
同上 除外は当時判明していた機器(アストログラフ)の焦点不良という技術的根拠に基づく、科学的に正当な判断だったとする説 2009年のダニエル・ケネフィック(Physics Today誌)、2020年のギルモア&タウシュ=ペボディ(The Royal Society発行Notes and Records誌)がそれぞれ論じた。ケネフィックは、ダイソンが定量化できない系統誤差への慎重な態度に基づき、アストログラフデータの除外について科学的に正しい判断を行ったとの結論を示す。ギルモア&タウシュ=ペボディは、アーマン&グライモアの統計的論証が、個々の観測値の内部分散と平均値の標準偏差を混同した数学的誤りに基づくと指摘した 2020年の査読論文により、1980年の批判の統計的な根拠には誤りがあったとする指摘が示されており、本記事はこの経緯を含めて両論を併記する。いずれの説が最終的な学界の合意となっているかについて、本記事が確認した範囲では、2020年論文が1980年論文の数学的な誤りを指摘したという事実関係以上の、分野全体の合意の有無までは確認できていない[SRC-02299][SRC-02300]

上記以外の相違: 調査範囲(観測日・観測地点・観測者の割り当て、合同会議の発表日、論文の公刊日、ニュートン・アインシュタイン両理論の予測値、ソブラル・プリンシペの測定値について、Phil. Trans. R. Soc. A 220 原報告書〔SRC-02298〕、Notes and Records誌掲載の2020年再解析論文〔SRC-02299〕、Physics Today誌掲載の2009年論文〔SRC-02300〕、Historical Studies in the Physical Sciences誌掲載の1980年論文〔SRC-02301〕、ロイヤル・ソサイエティ公式ブログ〔SRC-02302〕、arXiv掲載のウィルによるレビュー論文〔SRC-02303〕の計6出典)のうち、次の数値・記述には出典間・資料内の相違がある。(a) プリンシペの偏角値は原報告書・SRC-02299が「1.61 ± 0.30秒(確率誤差)」と記すのに対し、SRC-02303は「1.60 ± 0.31秒」と記す。(b) ソブラル・アストログラフの値は、原報告書の結論部が「0″.93」と記す一方、報告書自身の別の節では、310頁付近で「0″.86」、312頁付近で「0″.93」「1″.52」(最小二乗法では「0″.99」)という複数の値が示されている。(c) コッティンガムの肩書きは、SRC-02300が「ノーサンプトンシャーの時計師」、SRC-02299が「ケンブリッジの時計師」と記し、出典間で異なる。本記事はこれらの相違を確認したが、報告書の最終的な結論(アストログラフの値を結果の決定で重視しなかったこと)を変えるものではないと判断する。なお、ニュートン予測値について原報告書は「0″.87」と記すのに対しウィル〔SRC-02303〕は、アインシュタインが1911年に算出した値として「0.875」を記す。これはニュートン理論による値と等価とされる値であり、対立する異説としては扱わない。

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

この観測結果の発表は、アインシュタインとその理論を国際的に有名にする契機となった[SRC-02299][SRC-02303]。翌日の新聞報道は大きな反響を呼び、一般相対性理論という当時なお専門家の間でも理解が容易ではなかった理論が、世界的な関心を集める主題となった[SRC-02299][SRC-02303]。他方で、この観測が一つの実験としてどこまで理論の優劣を決定的に判定できたかについては、1980年のアーマンとグライモアの批判以降、学術的な論争が続いている(前述異説・論争欄参照)[SRC-02301][SRC-02299]。

現代の視点

以下は本稿の整理である。1919年の観測は、太陽近傍の恒星の見かけの位置のずれという、現在の技術であればより高い精度で測定できる現象を、当時利用可能な写真技術と皆既日食という限られた機会の中で検証した試みだった。ダニエル・ケネフィックの解説によれば、1973年にはテキサス大学のチームが別の理論との比較を目的の一つに再測定を行った[SRC-02300]。クリフォード・ウィルによれば、その精度は従来の日食観測と本質的に変わらなかったとされる[SRC-02303]。ケネフィックの解説によれば、1973年以降は電波天文学の手法(太陽によるクェーサーの掩蔽の観測)によって、光の湾曲はより高い精度で測定されるようになったとされる[SRC-02300]。クリフォード・ウィルは、1919年の観測を外部の科学者チームによる一般相対性理論の最初の検証と評価する[SRC-02303]。本サイトはこの評価を踏まえ、こうした技術的な進展が1919年の観測そのものの歴史的な意義を否定するものではないと整理する。

出典一覧

  1. [SRC-02298] A Determination of the Deflection of Light by the Sun's Gravitational Field, from Observations Made at the Total Eclipse of May 29, 1919/The Royal Society(Philosophical Transactions of the Royal Society of London, Series A, Vol. 220, pp. 291–333)(ランクS)
  2. [SRC-02299] The 1919 eclipse results that verified general relativity and their later detractors: a story re-told/Notes and Records: The Royal Society Journal of the History of Science(The Royal Society, DOI: 10.1098/rsnr.2020.0040)/arXiv preprint 2010.13744(ランクA)
  3. [SRC-02300] Testing relativity from the 1919 eclipse—a question of bias/Physics Today(American Institute of Physics, Vol. 62, No. 3, p. 37, 2009)(ランクA)
  4. [SRC-02301] Relativity and Eclipses: The British Eclipse Expeditions of 1919 and Their Predecessors/Historical Studies in the Physical Sciences, Vol. 11, No. 1(University of California Press, 1980, pp. 49–85)(ランクA)
  5. [SRC-02302] Eclipse trips/The Royal Society(公式ブログ)(ランクA)
  6. [SRC-02303] The 1919 measurement of the deflection of light/arXiv preprint(著者: Clifford M. Will, University of Florida / Institut d'Astrophysique de Paris)(ランクA)
  7. [SRC-01956] The Final Days of Albert Einstein/Princeton University Press(ランクB)
  8. [SRC-01957] Albert Einstein – Biographical/The Nobel Foundation / Nobel Prize Outreach(ランクA)
  9. [SRC-01958] Albert Einstein | Biography, Education, Discoveries, & Facts/Encyclopaedia Britannica, Inc.(ランクB)

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訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-10-07あり
22026-10-07あり
32026-10-07あり
42026-10-07なし

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