1609年世界 17世紀

シェイクスピア『ソネット集』、1609年5月20日に出版業組合へ登録——刊行者トマス・ソープが記した捧辞『Mr. W.H.』の正体は今も未解明

日付と暦

原典表記
1609年5月20日(ユリウス暦)
換算
1609-05-20(ユリウス暦)
掲載日
5月20日のページ

暦の注記: この出来事はユリウス暦(当時のイングランドが用いていた暦)の1609年5月20日に起きた(ユリウス暦換算: 1609-05-20)[SRC-02226][SRC-00044]。英国の改暦境界は1752年9月14日である。英国政府法令データベースが公開する『Calendar (New Style) Act 1750』により、英国が1752年の改暦までユリウス暦を用いていたことが確認できる[SRC-00044]。換算値は暦法自体の換算が発生しない恒等変換である。当時のイングランドは3月25日を年始とする慣行(Old Style)も用いていたが、本記事の対象日(5月20日)はこの年始より後にあたるため、原典の年表記と現代の年表記に割れは生じない(二重年表記は不要)。独自の暦計算は行っていない。本サイトでは05-20のページに掲載している。なお、この日付は出版者トマス・ソープがシェイクスピアのソネット集の出版の権利(当時の制度上の『コピー』)を出版業組合の登録簿に登録した日であり、書物が実際に刊行・発売された具体的な日付ではない(登録日と刊行日の区別は下記「本文」欄で詳述する)。

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概要

1609年5月20日(ユリウス暦)、ロンドンの出版者トマス・ソープは、ウィリアム・シェイクスピアのソネット154篇[SRC-02227][SRC-02229]を収めた書物の出版の権利(当時の制度上の『コピー』)を、出版業組合(Stationers' Company)の登録簿『リベルC』に登録した[SRC-02226]。この書物は同年のうちに、印刷者ジョージ・エルドの手で印刷された。現存する13部のうち9部はトマス・ソープのために書籍商ジョン・ライトによる販売を記す標題紙を持ち、4部は書籍商ウィリアム・アスプリーによる販売を記す異なる標題紙を持つ[SRC-02227][SRC-02231]。タイトルページは『SHAKE-SPEARES SONNETS. Neuer before Imprinted.(これまでに印刷されたことはない)』と記すが[SRC-02228]、本記事が参照した史料には実際に書物が店頭に並んだ具体的な日付の記録がなく、確定できるのは5月20日の登録日だけである[SRC-02226][SRC-02227]。書物の冒頭には、著者シェイクスピア自身ではなく出版者ソープの署名『T.T.』による捧辞が置かれ、『Mr. W.H.』という人物に宛てられているが、その正体は400年以上を経た現在も特定されていない[SRC-02228][SRC-02229]。

本文

出版業組合の登録簿には、トマス・ソープが1609年5月20日、マスター・ウィルソンと、ワーデン(warden、組合役員)であるマスター・ラウンズの、両者の署名による認可のもとで、「シェイクスピアのソネット集」と題する書物の出版の権利(コピー)を登録した旨が記されている。登録簿には金額「vjd」(6ペンスに相当)の記載もある[SRC-02226]。この登録簿の原本『リベルC』(1595年から1620年の記録を収める)は、現在も出版業組合(The Worshipful Company of Stationers and Newspaper Makers)自身が保管しており、フォリオ183裏にこの記載がある[SRC-02226]。シェイクスピアの存命中に彼の名が出版業組合の登録簿へ記された記録は4回あるが、このソネット集の登録はそのうちの1回である[SRC-02226]。

登録の後、書物は同年のうちに刊行された[SRC-02226]。現存する初版は13部が知られており[SRC-02227][SRC-02230]、その標題紙には2種類の記載がある。University of Manchester Library所蔵本を含む9部の標題紙は、「At London. By G. Eld for T.T. and are to be solde by Iohn Wright, dwelling at Christ Churchgate. 1609」(ロンドンにて。ジョージ・エルドの印刷により、T.T.〔トマス・ソープ〕のために。ジョン・ライトが、クライストチャーチゲートの店舗で販売する。1609年)と記す[SRC-02227]。残り4部の標題紙は、販売者をジョン・ライトではなく書籍商ウィリアム・アスプリーとする、わずかに異なる記載を持つ[SRC-02231]。いずれの標題紙も、発行年を「1609年」と示すのみで、本記事が参照した史料には、書物が実際に販売され始めた具体的な月日の記載はない[SRC-02227][SRC-02231]。

書物の本文に先立つ捧辞のページには、出版者トマス・ソープ自身の署名による以下の文言が置かれている(大文字表記・各語末尾のピリオドは、捧辞ページ自身の活字の体裁に従う。原文の行替えは「|」で示す)。「TO. THE. ONLIE. BEGETTER. OF. | THESE. INSVING. SONNETS. | Mr. W.H. ALL. HAPPINESSE. | AND. THAT. ETERNITIE. | PROMISED. | BY. | OVR.EVER-LIVING. POET. | WISHETH. | THE. WELL-WISHING. | ADVENTVRER. IN. | SETTING. | FORTH. | T.T.」[SRC-02228]。著者シェイクスピア自身ではなく出版者ソープの署名「T.T.」で結ばれているこの捧辞について、宛先『Mr. W.H.』が誰を指すのかを研究者たちは長く推測してきたが、学界で広く受け入れられた結論は今のところない[SRC-02228][SRC-02229](詳細は下記「異説・論争」欄)。

歴史的背景

シェイクスピアのソネットの多くは、1609年の刊行よりかなり前に成立していたと考えられている[SRC-02229]。1598年、フランシス・ミアーズは著書『パラディス・タミア』[SRC-02227]の中で、シェイクスピアが「砂糖菓子のようなソネット(sugared Sonnets among his private friends)」を書いていると記している[SRC-02229]。この1598年の言及が1609年版と同一のソネットを指すのか、それともシェイクスピアが1609年の刊行に向けて新たに書いたか少なくとも改訂したのかは、学界で議論が続いている[SRC-02227]。当時、手書きの詩を友人・知人の間で書き写して回覧することは、出版よりも上品とされた一般的な文芸上の慣習だった[SRC-02229]。さらに、ソネットのうち第138番・第144番の2篇は、1609年より10年早い1599年、『パッショネート・ピルグリム(The Passionate Pilgrime. By W. Shakespeare.)』という詩集にすでに印刷されていた[SRC-02227][SRC-02228]。研究者は、ソネットの成立時期を文体や言葉遣いから推定している。1582年ごろに成立したとみられる1篇を除くと、大半は1590年代に成立したと推定され、そのうち第1〜60番は1600年代に入ってから1609年の刊行にかけて改訂が加えられたとみられている。1609年の刊行時の配列は、これらの成立順とは一致しないとみられている[SRC-02229]。

タイムライン

日付(暦種別を明記) 出来事 出典
1598年(ユリウス暦。当時のイングランドが用いていた暦) フランシス・ミアーズが著書『パラディス・タミア』でシェイクスピアの「砂糖菓子のようなソネット」の存在に言及(この言及が1609年版と同一のソネットを指すかは学界で議論が続く) [SRC-02227][SRC-02229]
1599年(ユリウス暦。当時のイングランドが用いていた暦) ソネット2篇(第138番・第144番)が『パッショネート・ピルグリム』に先行して印刷される [SRC-02227][SRC-02228]
1609年5月20日(ユリウス暦) 出版者トマス・ソープが出版業組合の登録簿にソネット集の出版の権利を登録 [SRC-02226]
1609年(ユリウス暦。日付不明) 印刷者ジョージ・エルドにより印刷される(現存13部中9部はジョン・ライト、4部はウィリアム・アスプリーによる販売を記す標題紙を持つ) [SRC-02227][SRC-02231]
異説・論争定説のない論点があります
論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
捧辞『Mr. W.H.』の正体 サウサンプトン伯ヘンリー・リズリーとする説。本名の頭文字は『H.W.』であり『W.H.』とは順序が逆である [SRC-02229] 有力説の一つだが、頭文字の順序の不一致、および伯爵への敬称として『Mr.』が用いられている点を説明する必要がある
同上 ペンブルック伯ウィリアム・ハーバートとする説。本名の頭文字がそのまま一致する利点があるが、伯爵を『Mr.』と呼ぶことの不自然さが同様に指摘される [SRC-02229] 有力説の一つだが、敬称の不自然さが指摘される
同上 『W.H.』はシェイクスピア自身(William Shakespeare)を指す『W.S.』の誤植とする説 [SRC-02229] 他の2説と並べて紹介される一説で、学界内での支持の広さについての記載はない
出版の経緯 出版者ソープがシェイクスピア本人の承諾を得ずに原稿を入手し出版したとする無許可出版説。伝記作家クリントン・ヘイリンは、ソープが出版業組合内で他者の権利(コピー)を侵害する出版により度々問題視されていた人物だったと主張する [SRC-02230] 大多数の研究者は、この刊行自体に違法・非倫理的な点はなかったとみている[SRC-02227]。ヘイリンはこれに同意せず、無許可出版の可能性を主張する少数側の見解である
ソネットの配列順序 1609年版の配列順は成立順と一致しないとみられている。現代の文体分析に基づく推定では、1582年ごろに成立したとみられる1篇を除く大半が1590年代に成立し、一部は1609年の刊行直前まで改訂が続けられたとみられる [SRC-02229] 文体・言葉遣いに基づく推定であり、確定的な成立順は特定されていない

なお、サウサンプトン伯説・ペンブルック伯説のいずれについても、出典(University of Victoria運営の百科事典項目)は、出版者ソープが面識のない貴族に宛てて書くことは考えにくいという懐疑、および捧辞の語『begetter(生みの親)』は献呈対象ではなく作者(シェイクスピア自身)を指す語だとする懐疑を示している[SRC-02229]。

関連する出来事

この書物の著者ウィリアム・シェイクスピアについて、ストラトフォード・アポン・エイヴォンのホーリー・トリニティ教会に現存する記念碑は、1616年4月23日(ユリウス暦)に死去したと記す[SRC-01997]。ソネットのうち2篇は、1609年の刊行より10年早い1599年、別の詩集『パッショネート・ピルグリム』にすでに印刷されていた[SRC-02227][SRC-02228][SRC-02229]。

関連人物

ウィリアム・シェイクスピア(しぇいくすぴあ)——ソネット154篇[SRC-02227][SRC-02229]の作者。1616年に死去したと、ホーリー・トリニティ教会の記念碑は記す[SRC-01997]。出版業組合の登録簿に記名されているのは出版者トマス・ソープである[SRC-02226]。

トマス・ソープ(とます・そーぷ)——ロンドンの出版者。1609年5月20日、ソネット集の出版の権利(コピー)を出版業組合に登録し、同書の捧辞に自らの署名「T.T.」を残した[SRC-02226][SRC-02228]。

歴史的意義

現在、シェイクスピアのソネットの全篇をまとめて伝える最初の刊本は、この1609年版である[SRC-02228]。編者バーバラ・モワットとポール・ワースタインによるFolger Shakespeare Library版も、この1609年の印刷本を直接の底本としている[SRC-02228]。この1609年版には、ソネット本文に続けて、著作者性に論争のある詩も収録されているが、Folger版の現代テキストにはこの詩は含まれていない[SRC-02228]。ソネットの配列順が成立順と一致しないとみられていることは、上記「異説・論争」欄で詳述した。

出典一覧

  1. [SRC-02226] Stationers' Register entry for the Sonnets(出版業組合登録簿『リベルC』フォリオ183裏の転記・画像)— Shakespeare Documented/Shakespeare Documented(Folger Shakespeare Libraryが運営する共同プロジェクト)/原資料提供: The Worshipful Company of Stationers and Newspaper Makers(ランクA)
  2. [SRC-02227] Sonnets, first edition(1609年版『シェイクスピアのソネット集』標題紙・シグネチャーL2裏、University of Manchester Library所蔵)— Shakespeare Documented/Shakespeare Documented(Folger Shakespeare Libraryが運営する共同プロジェクト)/原資料提供: The University of Manchester Library Special Collections(ランクA)
  3. [SRC-02228] An Introduction to This Text: Shakespeare's Sonnets(著: Barbara Mowat・Paul Werstine、Folger Shakespeare Library版編者)— Folger Shakespeare Library公式サイト/Folger Shakespeare Library(ランクA)
  4. [SRC-02229] Composition and Publication of Shakespeare's Sonnets(著: Kate McPherson)— Early Modern England Encyclopedia (EMEE), Linked Early Modern Drama Online (LEMDO), University of Victoria/Linked Early Modern Drama Online (LEMDO) Project, University of Victoria(ランクA)
  5. [SRC-02230] Did Shakespeare Want to Suppress His Sonnets?(著者クリントン・ヘイリンへのインタビュー記事、2009年5月20日)— NPR/NPR (National Public Radio)(ランクB)
  6. [SRC-02231] Sonnets, first edition variant(1609年版『シェイクスピアのソネット集』標題紙異版、Folger Shakespeare Library所蔵)— Shakespeare Documented/Shakespeare Documented(Folger Shakespeare Libraryが運営する共同プロジェクト)/原資料: Folger Shakespeare Library(ランクA)
  7. [SRC-02232] Poetry in the Stationers' Register(著: Ian Gadd)— Shakespeare Documented/Shakespeare Documented(Folger Shakespeare Libraryが運営する共同プロジェクト)(ランクA)
  8. [SRC-00044] Calendar (New Style) Act 1750 (24 Geo 2 c.23) — 英国政府公式法令データベース/legislation.gov.uk(The National Archives、英国政府)(ランクS)
  9. [SRC-01997] How did Shakespeare Die? — Shakespeare Birthplace Trust/Shakespeare Birthplace Trust(ランクA)

本文中の [SRC-nnnnn] はこの一覧の番号を指します。各出典の所在・参照日・信頼度の判定は検証記録で確認できます。

訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-10-07あり
22026-10-07あり
32026-10-07あり
42026-10-07なし

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