1828年世界 19世紀
ノア・ウェブスター、『アメリカ英語辞典』を出版
日付と暦
- 原典表記
- 1828年4月14日(グレゴリオ暦)
- 換算
- 1828-04-14(グレゴリオ暦)
- 掲載日
- 4月14日のページ
暦の注記: この出来事は西暦(グレゴリオ暦)の1828年4月14日に起きた(換算値も同じ1828-04-14)。アメリカ合衆国は植民地時代の1752年にイギリス本国とともにグレゴリオ暦へ移行しており、1828年当時は既にグレゴリオ暦を用いていたため、原典の暦と本サイトの換算値は同一である(独自の換算は行っていない)。
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概要
1828年4月14日、アメリカの法律家・辞書編纂者ノア・ウェブスターは、全2巻の『アメリカ英語辞典』(An American Dictionary of the English Language)を出版した[SRC-01924][SRC-01925][SRC-01926]。刊行元はニューヨークのS.コンバースであった[SRC-01924]。同日、本書の表題はコネチカット地区裁判所に著作権登録として寄託されている[SRC-01924]。ウェブスターは1807年に編纂へ着手し、資料調査のため1824年から1825年にかけてフランスとイギリスへ渡航したのち、刊行までに21年を費やした[SRC-01927][SRC-01928][SRC-01929]。Britannica・JSTOR Dailyによれば、同書は約70,000語を収めたという[SRC-01928][SRC-01929]。うち12,000語はそれまでのどの辞書にも見られなかった新語だったともいう[SRC-01927][SRC-01929]。刊行当初は綴りや語彙の選択をめぐって酷評もされたが、アメリカで2,500部・イギリスで3,000部が1年余りで完売したとBritannicaは記している[SRC-01927]。
本文
ウェブスターは1758年10月16日、コネチカット州ウェストハートフォードに生まれた[SRC-01928]。イェール大学に学び、独立戦争期に一時学業を中断したのち1778年に卒業し、法律を学んで1781年に弁護士資格を得た[SRC-01928]。1783年には『英語文法教程』(A Grammatical Institute of the English Language)の第一部として『アメリカ綴り字読本』(通称「青表紙の読本」)を刊行し、この読本は一度も絶版になっていないとBritannicaは記している[SRC-01928]。1806年には『簡約英語辞典』(Compendious Dictionary of the English Language)を刊行し、サミュエル・ジョンソンの辞書より約5,000語多い語彙を収めるとともに、アルファベット表記上でiとj、uとvをそれぞれ別の文字として扱う工夫を取り入れたとされる[SRC-01928]。Britannicaは、この1806年版を「後の辞典の準備にすぎなかった」ものと位置づけ、1828年版とは明確に区別している[SRC-01928]。
より大規模な『アメリカ英語辞典』の編纂にウェブスターが着手したのは1807年である[SRC-01927][SRC-01928]。編纂にあたっては約20の言語に触れ、アメリカ国内では入手できない資料を求めて1824年から1825年にかけてフランスとイギリスへ渡って調査を行ったとBritannicaは記している[SRC-01928]。JSTOR Dailyは、この事業に21年の歳月と生涯にわたる負債を伴ったと評している[SRC-01929]。なお、ウェブスター自身は1828年版の序文で「今から27年ほど前、私は辞典編纂に着手することを考え始めた」と記しており、正式な編纂の着手(1807年)より前から構想を温めていたことがうかがえる[SRC-01924]。
こうして1828年、ウェブスターは全2巻の『アメリカ英語辞典』をニューヨークのS.コンバースから出版し、印刷はニューヘイブンのヘゼカイア・ハウが担った[SRC-01924]。同書の扉裏には、コネチカット地区裁判所書記チャールズ・A・インガーソルの記名とともに、ウェブスターが1828年4月14日に本書の表題を同裁判所へ寄託した旨の著作権登録文が印刷されている[SRC-01924]。メリアム=ウェブスター社とHISTORYは、この日付をもって同書が出版されたと記している[SRC-01925][SRC-01926]。
Britannicaによれば、同書は合わせて約70,000語を収め、うち12,000語と3万から4万の語義がそれまでのどの辞書にも見られない新規のものだったという[SRC-01927][SRC-01928]。JSTOR Dailyも同様に、70,000語のうち12,000語が辞書への初出だったと記している[SRC-01929]。一方でHISTORYは、同書が1万語を超える「アメリカ語法」を導入したと記しており、これはBritannica・JSTOR Dailyのいう「辞書初出の語」とは異なる指標である可能性があるが、出典はこの対応関係を明示的には整理していない[SRC-01926]。Britannicaは、同書が語の用法は話し言葉から発展すべきだという原則に立っていたために「アメリカ語法」だとして酷評され、非文学的な語彙、とりわけ技芸・科学分野の専門用語を収めたことも批判されたと記している[SRC-01927]。それでも同書はアメリカで2,500部、イギリスで3,000部が1年余りで完売したという[SRC-01927]。
歴史的背景
ウェブスターの綴り・文法・語法は人為的な規則ではなく生きた話し言葉に基づくべきだという原則が、綴り字読本と辞典の双方に反映されていたとBritannicaは記している[SRC-01928]。ウェブスター自身も1828年版の序文で、この辞典の狙いを「言語の真の諸原則を確かめ……明白な誤りを取り除き、不規則な点の数を減らし、語形・文形の双方に一層の規則性と一貫性を与え……この国の言語の標準を打ち立てること」にあったと記している[SRC-01924]。同じ序文でウェブスターは、その標準を「この国土を占め、飾ってくれるはずの3億の人々に遺すに恥じないものにしたい」と述べており、この一節はメリアム=ウェブスター社・JSTOR Dailyの双方が独立に引用している[SRC-01924][SRC-01925][SRC-01929]。
JSTOR Dailyは、ウェブスターの『アメリカ英語辞典』を「イギリスの制度とその語彙という専制からアメリカ人を解放する宣言」であったと評している[SRC-01929]。メリアム=ウェブスター社も、綴りに関するウェブスターの提案の一部が定着した一方で、leatherやfeatherのaを除く提案(lether・fether)や、tongueに代えてtungと綴る提案は定着しなかったと記しており、綴り改革の成否は一様ではなかったとしている[SRC-01925]。本サイトはこれらの評価を各出典自身の記述として紹介するものであり、独自の評価を下すものではない。
タイムライン
| 日付(暦種別を明記) | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 1758-10-16(グレゴリオ暦・年表範囲) | ノア・ウェブスター誕生(コネチカット州ウェストハートフォード) | [SRC-01928] |
| 1783年(グレゴリオ暦・年表範囲) | 『英語文法教程』の第一部として『アメリカ綴り字読本』を刊行 | [SRC-01928] |
| 1806年(グレゴリオ暦・年表範囲) | 『簡約英語辞典』(Compendious Dictionary)を刊行 | [SRC-01928] |
| 1807年(グレゴリオ暦・年表範囲) | 『アメリカ英語辞典』の編纂に着手 | [SRC-01927][SRC-01928] |
| 1824年〜1825年(グレゴリオ暦・年表範囲) | 資料調査のためフランス・イギリスへ渡航 | [SRC-01928] |
| 1828-04-14 | 『アメリカ英語辞典』(全2巻)出版。コネチカット地区裁判所へ表題を著作権登録として寄託 | [SRC-01924][SRC-01925][SRC-01926] |
| 1840年(グレゴリオ暦・年表範囲) | 訂正を加えた第2版を刊行 | [SRC-01927] |
| 1843-05-28(グレゴリオ暦・年表範囲) | ノア・ウェブスター死去(ニューヘイブン) | [SRC-01928] |
| 1843年(グレゴリオ暦・年表範囲) | 遺族が版権をジョージ・メリアム/チャールズ・メリアム兄弟へ売却 | [SRC-01927] |
異説・論争定説のない論点があります
| 論点 | 説 | 根拠・出典 | 学界での位置づけ |
|---|---|---|---|
| 「最初のアメリカ英語辞典」と呼べるか | HISTORYは、同書を「アメリカ独自の語彙を意識的に収めた最初期の辞書の一つ(one of the first lexicons)」と限定的に記すにとどめ、「最初の(the first)」とは明言していない | [SRC-01926] | 本サイトが確認した出典のいずれも、この辞典を無限定に「最初のアメリカ英語辞典」とは呼んでいない |
| 同上(先行する自著との関係) | ウェブスター自身が1806年に刊行した『簡約英語辞典』も、ジョンソンの辞書より多くの語を収め独自の工夫(iとj、uとvの分離)を含んでおり、アメリカにおける先行する辞書編纂の試みとして位置づけられる | [SRC-01928] | Britannicaは1806年版を「後の辞典の準備にすぎなかった(no more than a preparation)」と位置づけ、1828年版とは明確に区別して扱っている |
| 新規性の指標となる語数 | Britannica・JSTOR Dailyは「70,000語のうち12,000語がそれまでのどの辞書にも見られなかった」と記す(Britannicaはさらに3万〜4万の語義も新規とする) | [SRC-01927][SRC-01928][SRC-01929] | HISTORYは「1万語を超えるアメリカ語法(Americanisms)を導入した」と記すが、これが「辞書初出の語」(Britannica・JSTOR Dailyの指標)と同一の数え方かどうかを、出典はいずれも明示的には整理していない |
| 刊行日の精度 | 原本自身の著作権登録文(「April 14th, 1828」)、メリアム=ウェブスター社、HISTORYはいずれも「1828年4月14日」と日単位で記す | [SRC-01924][SRC-01925][SRC-01926] | JSTOR Dailyは「1828年4月」と月単位までしか記しておらず、日付そのものを争うものではないが、精度の粗い記述として区別する |
| 訂正版が刊行された年 | SRC-01927は「1840年に訂正を加えた第2版」と記し、SRC-01928も冒頭で「2巻(1828年、第2版1840年)」と記す一方、同じSRC-01928の本文末は「1841年の改訂(the 1841 revision)」が不振だったと記しており、同一出典内で年が割れている | [SRC-01927][SRC-01928] | 1840年版と1841年の改訂が同一のものか別のものかを、出典はいずれも明示的には整理していない |
関連する出来事
- 1806年、ウェブスター自身の『簡約英語辞典』(Compendious Dictionary)が刊行された。ジョンソンの辞書より多くの語を収めた先行する試みだったが、Britannicaは「後の辞典の準備にすぎなかった」と位置づけている[SRC-01928]。
- 1840年、『アメリカ英語辞典』の訂正を加えた第2版が刊行されたが、その後も比較的不人気であったとBritannicaは記している[SRC-01927]。
- 1843年、ウェブスターの死後、遺族が版権をジョージ・メリアム/チャールズ・メリアム兄弟に売却し、現在のメリアム=ウェブスター社の辞書事業に連なったとBritannicaは記している[SRC-01927]。
関連人物
- ノア・ウェブスター(Noah Webster、のあ・うぇぶすたー): 『アメリカ英語辞典』の単独の著者・編纂者[SRC-01924]。1758年10月16日、コネチカット州ウェストハートフォード生まれ[SRC-01928]。イェール大学卒業後、弁護士・教師・新聞編集者などを務めながら、1783年の綴り字読本、1806年の『簡約英語辞典』を経て、1807年から『アメリカ英語辞典』の編纂に取り組んだ[SRC-01928]。1843年5月28日、ニューヘイブンで死去した[SRC-01928]。
歴史的意義
メリアム=ウェブスター社とHISTORYは、1828年4月14日を『アメリカ英語辞典』の出版日として紹介しており、同書がアメリカ英語の綴りの標準化に影響を与えたとしている[SRC-01925][SRC-01926]。メリアム=ウェブスター社は、ウェブスターの綴りに関する提案が、現在のアメリカ英語とイギリス英語の綴りの違い(colour/color、theatre/theaterなど)の背景になったと記している[SRC-01925]。
他方でBritannicaは、刊行当初は酷評され完売したものの、その後は1840年の訂正版刊行にもかかわらず「比較的不人気」となり、1843年に遺族が版権をメリアム兄弟に売却したと記している[SRC-01927]。記念的に紹介されることの多いこの辞典には、同時代における評価と商業的な位置づけの両面で、より複雑な側面もあったことがうかがえる。本サイトはこれらを各出典の記述として併記するものであり、独自の評価を下すものではない。
現代の視点
『アメリカ英語辞典』の版権は、1843年にジョージ・メリアムとチャールズ・メリアムの兄弟に渡り、現在のメリアム=ウェブスター社の辞書事業へとつながっているとBritannicaは記している[SRC-01927]。メリアム=ウェブスター社自身も、毎年4月14日をウェブスターの辞典の刊行記念日として紹介しており、同社のWebサイトでは序文の「この国土を占め、飾ってくれるはずの3億の人々に遺すに恥じない標準を打ち立てたい」という一節を引用している[SRC-01925]。これは版権継承企業自身による自社史の位置づけであり、本サイトが独自に評価するものではない。
出典一覧
- [SRC-01924] An American Dictionary of the English Language, Vol. 1(初版・1828年)/S. Converse(原著刊行者、ニューヨーク)。印刷: Hezekiah Howe(ニューヘイブン)(ランクS)
- [SRC-01925] Happy Birthday, Webster's 1828! (Noah Webster's American Dictionary of the English Language was first published April 14, 1828)/Merriam-Webster, Inc.(ランクB)
- [SRC-01926] "Webster's American Dictionary of the English Language" is printed/HISTORY(A&E Television Networks)(ランクB)
- [SRC-01927] An American Dictionary of the English Language/Encyclopaedia Britannica(ランクB)
- [SRC-01928] Noah Webster | American Lexicographer & Educator/Encyclopaedia Britannica(ランクB)
- [SRC-01929] Webster's Dictionary 1828: Annotated/JSTOR Daily(ITHAKA)(ランクB)
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訂正履歴
| 版 | 日付 | 事実主張への変更 |
|---|---|---|
| 1 | 2026-09-29 | あり |
| 2 | 2026-09-29 | あり |
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