1876年世界 19世紀

ベル、電話で史上初とされる音声伝達に成功

日付と暦

原典表記
1876年3月10日(グレゴリオ暦)
換算
1876-03-10(グレゴリオ暦)
掲載日
3月10日のページ

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概要

1876年3月10日、アレクサンダー・グラハム・ベルはボストンの実験室で、その朝に組み立てたばかりの改良型の電話装置の送話口に向けて「ワトソン君——ここへ来てくれ——君に会いたいのだ」という文を叫んだ[SRC-01644]。別室で受信器に耳を当てていた実験助手トーマス・A・ワトソンはこれを聞き取って理解し、ベルに求められるまま正しく復唱した[SRC-01644]。ベルはこの出来事を自身の実験ノートに記録しており、そのデジタル化画像は米国議会図書館が公開している[SRC-01644]。この3日前の3月7日、ベルは電話の特許(米国特許第174,465号)の付与を受けていた(別記事で扱う)[SRC-01621]。「最初の明瞭な音声を生み出した」という性格づけは、ブリタニカのような後年の解説や、受話者ワトソン自身の37年後の回想に見られる表現であり、ベル自身が当日記した実験ノートそのものは、この出来事をそのような序数表現では記述していない[SRC-01644][SRC-01627][SRC-01645]。

本文

ベルは、聾学校の教師を務めていた時期に音声と発話への関心を深め、「ハーモニック・テレグラフ」の開発を志し、機械工トーマス・A・ワトソンの協力を得て試作機を製作した[SRC-01623]。1876年3月10日の実験室では、真鍮管と白金線を液体に浸した送信器(ベル自身が図に描き「Fig I.」と記した構成)と、アーマチュアを持つ受信器を組み合わせた装置が用いられた[SRC-01644]。ベルの実験ノートは「図1に示す改良した装置は今朝製作し、今晩試した」と記しており、それ以前にも別形態の装置による試行があったことをうかがわせる[SRC-01644]。

ワトソンは受信器のある部屋に置かれ、片耳をその金属部(アーマチュア)に強く押し当て、もう一方の耳を手でふさいだ。送信器は別の部屋に置かれ、両方の部屋の扉は閉じられていた[SRC-01644]。ベルは送話口へ向けて「ワトソン君——ここへ来てくれ——君に会いたいのだ」と叫んだ[SRC-01644]。ベルの記録によれば、ワトソンは喜んで駆けつけ、聞き取り理解したと告げ、求められた言葉を復唱した[SRC-01644]。二人は場所を入れ替え、ワトソンが本の一節を送話口へ読み上げる実験も行ったが、こちらは「分節音は確かに聞こえたが、効果は大きいものの不明瞭でくぐもっていた」とベルは記す。時折「to」「out」「further」といった単語だけが聞き取れ、最後に「ベル君、私の言うことが分かりますか」という一文がようやく明瞭に届いたという[SRC-01644]。

ワトソン自身も、1913年にシカゴで行った講演の中でこの出来事を振り返り、「翌3月になって初めて、完全で明瞭な一文を聞き取った」「電話の最初のメッセージは『ワトソン君、来てくれ、君が必要なんだ』というものだった」と述べている[SRC-01645]。ただし、この回想は出来事から37年7か月後、当事者の記憶に基づく記述であり、ベル自身が当日記した実験ノート(同時代の直接記録)とは異なる証拠の層にある点に注意が必要である[SRC-01644][SRC-01645]。

歴史的背景

この実験室での出来事の3日前、1876年3月7日、合衆国特許局はベルへ「電信法の改良」と題する特許(米国特許第174,465号)を付与していた[SRC-01621]。特許の出願はさらに3週間ほど前の同年2月14日であり、同日には電信装置の発明家イライシャ・グレイも酷似する発明の「キャビート」を出願していた[SRC-01621]。特許の付与自体と、優先権をめぐる論争の詳細は本サイトの別記事で扱う(本記事は3月10日の実験室での出来事そのものに主題を置き、特許・優先権論争の射程には立ち入らない)。

ブリタニカのベル人物項目は、この3月10日の出来事の直前の一文で「特許を得ていたにもかかわらず、ベルは完全に機能する装置を持っていなかった」と記しており、3月7日の特許付与と3月10日の実験成功が同一の完成した機器によるものと直結させる記述ではない[SRC-01627]。

ワトソン自身の回想によれば、この実験が行われたのはボストンのエクセター・プレイス5番地にベルが借りていた部屋の一室であり、ベルはそこで寝起きしながら隣室を実験室として使っていた[SRC-01645]。

タイムライン

日付(暦種別を明記) 出来事 出典
1876年2月14日(グレゴリオ暦) ベル、合衆国特許局へ電話の特許を出願(本サイトの別記事の主題) [SRC-01621]
1876年3月7日(グレゴリオ暦) 合衆国特許局、ベルへ米国特許第174,465号を付与(本サイトの別記事の主題) [SRC-01621]
1876年3月10日(グレゴリオ暦) ベル、実験室で改良した電話装置に向けて言葉を発し、別室のワトソンがこれを聞き取り理解・復唱した(本記事の配置日) [SRC-01644][SRC-01621][SRC-01622][SRC-01627]
1913年10月17日(グレゴリオ暦) ワトソン、シカゴでの講演でこの出来事を回想した [SRC-01645]
1999年4月(グレゴリオ暦) 米国議会図書館、館内広報誌でベルの実験ノートのデジタル化公開を紹介 [SRC-01622]
異説・論争定説のない論点があります

本サイトが確認した出典の範囲では、1876年3月10日に実験室でこの出来事があったこと自体に異論はない(下記異説欄参照)。一方で、ベルが発した言葉の逐語、および「初めて」という性格づけの射程については、出典によって記述が異なる[SRC-01644][SRC-01621][SRC-01622][SRC-01623][SRC-01627][SRC-01645]。

論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
ベルが発したとされる言葉の逐語 "Mr. Watson — Come here — I want to see you".(ベルの発話)/ワトソンの復唱としてベルが記録した"Mr. Watson — come here — I want to see you."(大文字小文字に軽微な差) ベル自身の実験ノート原本(本サイトが独自に取得・翻刻)[SRC-01644] 当事者ベル本人が同日記した同時代の直接記録。ただし手書き文字の大文字・小文字判読には残存する不確実性がある
同上 "Mr. Watson — come here — I want to see you."(ベルの実験ノートの記述として) 米国議会図書館の館内広報誌(1999年)[SRC-01622] 同館の別記事(下記)と句読点・強調符号が異なる
同上 "Mr. Watson, come here, I want to see you!" 米国議会図書館の別記事(2022年公開・2024年更新)は「正確な文言には異論がある」と明記する[SRC-01621] 同館自身が文言に異論があることを認めている
同上 "Mr. Watson, come here, I need you" HISTORYの記事[SRC-01623] 一民間メディアの表現であり、上記2件のLOC記事とも異なる
同上 "Watson, come here, I want you!"という文言も引かれることがある 米国議会図書館は、正確な文言に異論がある理由として、この文言がベルが最初の大陸横断電話の儀礼的な通話で述べたものであり、ベル社が長年引用してきたことを挙げる[SRC-01621] 同館自身が、この文言は1876年3月10日の通話ではなく別の通話に由来する混同であることを説明している
同上 "Mr. Watson, come here, I want you."(ワトソン自身の1913年講演の本文中の回想) ワトソン自身の講演録(AT&T刊)[SRC-01645] 当事者だが出来事から37年7か月後の回想。同じ出典の巻末年表では句読点が異なる(下記)
同上 "Mr. Watson, come here; I want you."(同じ講演録の巻末「電話の初期年表」) ワトソン自身の講演録(AT&T刊)[SRC-01645] 上記回想部分と同一出典・同一著者だが、コンマとセミコロンの違いがある(同一出典内の相違)
「初」の性格づけの射程 『最初の明瞭な音声』を生み出したこと ブリタニカ「Alexander Graham Bell」項目[SRC-01627] 定評ある百科事典による性格づけ
同上 『電話によって伝えられた最初の完全な文』の伝達(装置ではなく電話というメディア全体を射程に置く) ワトソン自身の回想に基づくAT&T刊行の年表[SRC-01645] 同じ講演の別段落は、これより先立つ1875年の実験(バネ発見の翌日に組んだ最初の話す電話の試験)を「史上初めて電話を通じて発せられた言葉(words)を聞いた」出来事として別に位置づけており、ワトソン自身が、まだ完全な文にならない「言葉」の初伝達(1875年)と「完全で明瞭な一文」の初伝達(1876年3月10日)とを書き分けている
同上 序数表現なし。「改良した装置」を「今朝製作し、今晩試した」との記述のみ ベル自身の実験ノート原本[SRC-01644] 当日の記録は淡々とした実験記録であり、「初めて」を主張する記述ではない。以前の試行の有無や回数はこの頁の記載範囲を超えるため本サイトは踏み込まない
この出来事があった日付 1876年3月10日 ベル自身の実験ノート原本・米国議会図書館の複数の記事・ブリタニカが3月10日と明記する[SRC-01644][SRC-01621][SRC-01622][SRC-01627] 本サイトが確認した出典の大勢が採る日付
同上 特許の出願から3日後 HISTORYの記事は「出願から3日後に電話が最初の明瞭なメッセージを伝えた」と記す[SRC-01623] 出願の3日後は2月17日に当たり、上記出典群が採る3月10日(付与3月7日の3日後)とは日数の起点が異なる。同記事自身のこの食い違いを本サイトは解消せず、いずれが正しいかを判定しない

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

この出来事は、後年「電話による最初の明瞭な音声(文)の伝達」として広く語り継がれることになった[SRC-01627][SRC-01645]。もっとも、ベル自身の実験ノート原本を直接確認すると、当日の記録そのものは「改良した装置」の試験結果を淡々と記すのみで、後世が付与した「初めて」という物語的な性格づけは含んでいない[SRC-01644]。この落差——当事者の同時代記録の抑制された書きぶりと、後年の第三者や当事者自身の回想がその出来事に与える意味づけとの違い——は、歴史的な「最初」の主張がどのように形成されるかを考えるうえで示唆的である。

現代の視点

現代では、この日にベルが発したとされる「ワトソン君、来てくれ」という一言は、電話の発明を象徴する逸話として広く知られている。しかし本サイトが一次資料に直接接地して確認した限りでは、その逐語表現は出典によって複数の版があり、ベル自身の実験ノートの大文字・小文字の些細な違いから、ワトソン自身の37年後の回想における言い回しの違いまで、資料の性質に応じて揺れが生じている[SRC-01644][SRC-01621][SRC-01622][SRC-01623][SRC-01645]。本サイトは、これらの版のいずれが「正確な逐語」であるかを独自に判定せず、各出典の記述をそのまま紹介する(本稿の整理)。

出典一覧

  1. [SRC-01644] Notebook by Alexander Graham Bell, from 1875 to 1876 — Image 22(1876年3月10日付の記述)/Library of Congress(米国議会図書館、Manuscript Division所蔵 Alexander Graham Bell Family Papers、MSS51268: Laboratory Notebook, 1875-1876)(ランクS)
  2. [SRC-01645] The Birth and Babyhood of the Telephone(Thomas A. Watson、1913年10月17日、Telephone Pioneers of America 第3回大会講演。刊行: American Telephone and Telegraph Company, Information Department)/American Telephone and Telegraph Company, Information Department(Project Gutenberg電子版、eBook #54506)(ランクB)
  3. [SRC-01621] Who is credited with inventing the telephone?(Everyday Mysteries)/Library of Congress(米国議会図書館、Science Reference Section)(ランクS)
  4. [SRC-01622] 'Mr. Watson, Come Here'(Library of Congress Information Bulletin, April 1999)/Library of Congress(米国議会図書館、Information Bulletin編集部)(ランクS)
  5. [SRC-01623] Alexander Graham Bell patents the telephone(HISTORY, This Day in History: March 7)/HISTORY(A&E Television Networks)(ランクB)
  6. [SRC-01627] Alexander Graham Bell(Britannica)/Encyclopædia Britannica, Inc.(ランクB)

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訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-09-27あり
22026-09-27不明
32026-09-27不明

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