1962年世界 20世紀
ジョン・グレン、フレンドシップ7号で米国人初の地球周回軌道飛行
日付と暦
- 原典表記
- 1962年2月20日(グレゴリオ暦)
- 換算
- 1962-02-20(グレゴリオ暦)
- 掲載日
- 2月20日のページ
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概要
1962年2月20日、アメリカ海兵隊のパイロットで宇宙飛行士のジョン・H・グレン・ジュニアは、米フロリダ州ケープカナベラル第14発射施設から打ち上げられたマーキュリー宇宙船「フレンドシップ7号」(マーキュリー・アトラス6号)に単独で搭乗し、地球を3周した[SRC-01497][SRC-01498]。これにより、グレンは地球を周回した最初のアメリカ人となった[SRC-01497][SRC-01502][SRC-01503]。ただし、世界で初めて人類として地球を周回したのは、前年1961年4月12日にボストーク1号で1周を果たしたソ連のユーリイ・ガガーリンであり[SRC-01501][SRC-01503]、またアメリカ初の有人宇宙飛行はアラン・シェパードによるものだが、その飛行(1961年5月5日)は地球を周回しない弾道(準軌道)飛行だった[SRC-01499][SRC-01502]。グレンの飛行中には、姿勢制御スラスタの詰まりと、耐熱シールドに関する誤警報という2つの主要な問題が発生したが、いずれも安全に対処され、飛行は大西洋への着水と乗員の無事な回収で終わった[SRC-01497][SRC-01498][SRC-01503]。
本文
グレンを乗せたマーキュリー・アトラス6号の打ち上げは、当初1962年1月下旬に予定されていたが、1月27日には悪天候、1月30日にはアトラスロケットの燃料漏れのため、それぞれ延期された[SRC-01498]。その後もカウントダウンは2月14日・15日・16日に再開されたが、いずれも悪天候のため中止され、打ち上げは2月20日に改めて設定された[SRC-01497]。打ち上げ当日も、宇宙船のハッチを取り付ける際にボルトが破損し40分間の待機が生じるなど、複数回の保留(ホールド)を経たうえで[SRC-01497]、最終的に4回のホールドを経てすべての問題が解消され、推定6000万人がテレビ中継でこれを見守るなか、打ち上げが実行された[SRC-01498]。
打ち上げは1962年2月20日午前9時47分39秒(米東部標準時)、ケープカナベラル第14発射施設からアトラスDロケットによって行われた[SRC-01497][SRC-01498]。動力飛行は5分1秒で正常に完了し、宇宙船は地球周回軌道に投入された[SRC-01497]。軌道は近地点約100マイル(約161km)、遠地点約162マイル(約261km)で[SRC-01497][SRC-01503]、グレンは3周にわたって地球を周回した[SRC-01497][SRC-01498][SRC-01503]。
飛行中、2つの主要な問題が発生した[SRC-01497][SRC-01498]。第一に、第1周回の終わり頃に姿勢制御用のヨー方向のスラスタが詰まり、グレンは自動制御システムを放棄して、手動・電気式のフライ・バイ・ワイヤ方式による操縦に切り替えた[SRC-01497][SRC-01498]。第二に、耐熱シールドを固定するクランプが早期に外れたことを示す信号が地上の管制に届いた[SRC-01497][SRC-01498][SRC-01503]。この信号を受け、通常であれば再突入前に投棄する逆噴射ロケットパックは投棄されず、耐熱シールドが仮に緩んでいた場合にそれを保持する安全策として、そのまま装着された[SRC-01497][SRC-01498]。この信号は、後に故障したスイッチによる誤信号であったことが判明した[SRC-01497][SRC-01498]。
グレンは3周を終えて再突入し、打ち上げから4時間55分23秒後、大西洋に着水した[SRC-01497][SRC-01498]。NASAの記録では、着水地点はバミューダの南東約800マイル(約1,300km)の海域とされる[SRC-01497][SRC-01498]。一方、ブリタニカ百科事典は、着水地点をタークス・カイコス諸島のグランドターク島付近と記している[SRC-01503]。駆逐艦USS Noaの見張員が、5海里の距離から高度5,000フィートでメインパラシュートを視認し、着水から21分後に宇宙船を収容した[SRC-01497]。グレンは当初、宇宙船上部のハッチから脱出する計画だったが、グレン自身が不快なほど暑さを感じていたため、より脱出の容易な経路から出ることになった[SRC-01497]。飛行全体を通じた無重力状態の合計時間は4時間48分27秒だった[SRC-01497]。
歴史的背景
1959年、軍のパイロットの中から最初の宇宙飛行士団「マーキュリー・セブン」が選抜され、グレンはその7人の中で最年長だった[SRC-01503]。グレンは、マーキュリー計画で先に行われたアラン・シェパード(1961年5月5日、フリーダム7号)とバージル・「ガス」・グリソム(1961年7月21日、リバティベル7号)の飛行では、バックアップパイロットを務めた[SRC-01503]。この2つの飛行はいずれも地球を周回しない弾道(準軌道)飛行であり、無重力状態は約5分間にとどまった[SRC-01499][SRC-01500]。シェパードの飛行は、ソ連のユーリイ・ガガーリンによる世界初の有人地球周回飛行(1961年4月12日、ボストーク1号)[SRC-01501][SRC-01503]から23日後に行われた、アメリカ初の有人宇宙飛行だった[SRC-01499]。グリソムの飛行は、アメリカにとって最後の弾道(準軌道)有人飛行となった[SRC-01500]。シェパードの飛行から3週間後、ケネディ大統領は連邦議会で演説し、人間を月に送り無事帰還させるという国家目標を掲げた[SRC-01499]。
スミソニアン国立航空宇宙博物館によれば、1961年秋、グレンの打ち上げに向けた準備が進むなか、グレンは担当の監督者に対し、新型計算機が算出した再突入軌道の計算結果を、旧来の卓上計算機を使って手計算で検証するよう依頼した[SRC-01502]。この検証作業を担ったのが、NASAの前身機関である航空諮問委員会(NACA)の時代からラングレー研究所で軌道計算に携わってきた数学者、キャサリン・ジョンソンだった[SRC-01502]。ジョンソンによる検証には2週間ほどを要したとされる[SRC-01502]。
タイムライン
| 日付(暦種別を明記) | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 1959年(グレゴリオ暦) | 最初の宇宙飛行士団「マーキュリー・セブン」が選抜される。グレンもその一人 | [SRC-01503] |
| 1961年4月12日(グレゴリオ暦) | ソ連のユーリイ・ガガーリンが、ボストーク1号で世界初の有人地球周回飛行(1周)を達成 | [SRC-01501][SRC-01503] |
| 1961年5月5日(グレゴリオ暦) | アラン・シェパードが、フリーダム7号(マーキュリー・レッドストーン3号)でアメリカ初の有人宇宙飛行(弾道飛行)を達成 | [SRC-01499] |
| 1961年7月21日(グレゴリオ暦) | バージル・グリソムが、リバティベル7号(マーキュリー・レッドストーン4号)でアメリカ最後の有人弾道飛行を達成 | [SRC-01500] |
| 1962年2月20日(グレゴリオ暦) | グレンがフレンドシップ7号(マーキュリー・アトラス6号)で地球を3周し、地球を周回した最初のアメリカ人となる(本記事の配置日) | [SRC-01497][SRC-01498][SRC-01502][SRC-01503] |
| 1998年10月29日(グレゴリオ暦) | 77歳のグレンが、スペースシャトル・ディスカバリー号(STS-95)に搭乗し、当時史上最高齢での宇宙飛行を達成 | [SRC-01503] |
異説・論争定説のない論点があります
グレンの飛行そのものの経過(打ち上げ日・軌道・在空中の2つの主要な問題・着水)について、本サイトが確認した出典の範囲で対立する見解は確認されなかった。一方、この飛行を題材にした2016年の映画『Hidden Figures』(邦題『ドリーム』)による脚色と史実との相違については、スミソニアン国立航空宇宙博物館のシニアキュレーター、マイケル・ノイフェルドが専門家として具体的な指摘を行っている[SRC-01502]。
| 論点 | 説 | 根拠・出典 | 学界での位置づけ |
|---|---|---|---|
| 映画『Hidden Figures』における飛行の描写は史実と一致するか | 史実(NASA/NASMの記録)によれば、飛行計画は当初から一貫して3周回であり、耐熱シールドの警告灯は管制官を心配させたものの、テレビ視聴者に深刻さが伝わる形では公表されなかった | NASA公式ミッション記録[SRC-01497][SRC-01498]、スミソニアン学芸員による考証[SRC-01502] | 専門機関の学芸員による史実考証。対立する学説ではなく、映画の脚色部分についての事実確認[SRC-01502] |
| 同上 | 映画では、警告灯を受けて周回数が7周から3周に短縮されたかのように描かれるが、実際の飛行計画は最初から一貫して3周回だった | 「his mission was always three orbits」との指摘(映画の当該場面については「Glenn's flight is shortened from seven orbits to three because of a warning light that his heatshield may be loose」と評している)[SRC-01502] | スミソニアン学芸員が、映画の脚色部分について事実関係を具体的に指摘している。映画は史実に忠実であることを主眼とした作品ではないとする留保付き[SRC-01502] |
関連する出来事
- 1961年4月12日、ソ連のユーリイ・ガガーリンがボストーク1号で世界初の有人地球周回飛行を行った[SRC-01501]。
- 1961年5月5日、アラン・シェパードがフリーダム7号でアメリカ初の有人宇宙飛行(弾道飛行)を行った[SRC-01499]。その3週間後、ケネディ大統領は連邦議会で月への有人飛行を目標に掲げる演説を行った[SRC-01499]。
- 1961年7月21日、バージル・グリソムがリバティベル7号でアメリカ最後の有人弾道飛行を行った[SRC-01500]。
- スコット・カーペンターによるマーキュリー・アトラス7号の飛行で、グレンが報告した「蛍」のような現象の正体(反応制御スラスタからの霜)が解明された[SRC-01498]。
- 1998年10月29日、77歳のグレンがスペースシャトル・ディスカバリー号(STS-95)で再び宇宙へ飛行した[SRC-01503]。
関連人物
- ジョン・H・グレン・ジュニア(John H. Glenn, Jr.、じょん・えいち・ぐれん・じゅにあ): フレンドシップ7号の操縦士。マーキュリー・セブンの中で最年長。後にオハイオ州選出の米国上院議員(1975〜1999年)を務めた[SRC-01503]。
- ユーリイ・ガガーリン(Yuri A. Gagarin、ゆーりい・ががーりん): 1961年4月12日、ボストーク1号で世界初の有人地球周回飛行を行ったソ連の宇宙飛行士[SRC-01501]。
- アラン・B・シェパード・ジュニア(Alan B. Shepard, Jr.): 1961年5月5日のフリーダム7号でアメリカ初の有人宇宙飛行(弾道飛行)を行った。グレンはシェパードの飛行でバックアップパイロットを務めた[SRC-01499][SRC-01503]。
- バージル・「ガス」・グリソム(Virgil I. "Gus" Grissom): 1961年7月21日のリバティベル7号でアメリカ最後の有人弾道飛行を行った。グレンはグリソムの飛行でバックアップパイロットを務めた[SRC-01500][SRC-01503]。
- キャサリン・ジョンソン(Katherine Johnson、きゃさりん・じょんそん): NASAの数学者。グレンの依頼で、新型計算機による再突入軌道計算を手計算で検証した[SRC-01502]。
歴史的意義
スミソニアン国立航空宇宙博物館の学芸員は、グレンによる3周の地球周回を「ソ連の成果にようやく肩を並べるもの(at last equaled)」だったと位置づけている[SRC-01502]。この見方によれば、シェパードとグリソムの弾道飛行が宇宙飛行という経験そのものにおいてアメリカに一定の実績をもたらした一方、ガガーリンが成し遂げた地球周回という到達点に並ぶには、グレンの飛行を待つ必要があった[SRC-01502]。グレンの飛行は推定6000万人がテレビ中継で見守り[SRC-01498]、グレン自身は帰還後、国民的英雄となった[SRC-01502][SRC-01503]。
現代の視点
グレンが搭乗したフレンドシップ7号は、現在スミソニアン国立航空宇宙博物館のコレクションに収蔵されている[SRC-01502]。グレン自身は、1964年に宇宙計画を退き政界に転じ、1974年にオハイオ州選出の米国上院議員に当選、1999年まで務めた[SRC-01503]。1998年10月29日には、77歳でスペースシャトル・ディスカバリー号(STS-95)に搭乗し、当時史上最高齢での宇宙飛行を達成した[SRC-01503]。この飛行を題材にした2016年の映画『Hidden Figures』は、キャサリン・ジョンソンをはじめとするNASAの黒人女性数学者たちの存在を広く知らしめた一方、劇的効果のために史実にない場面を加えている点が、当時この飛行の打ち上げと着水をテレビで見守った専門家自身によって指摘されている(上記「異説・論争」参照)[SRC-01502]。
出典一覧
- [SRC-01497] Mercury-Atlas 6/NASA(アメリカ航空宇宙局)(ランクS)
- [SRC-01498] NASA - NSSDCA - Spacecraft - Details: Mercury Atlas 6/NASA Space Science Data Coordinated Archive(NSSDCA、NASAゴダード宇宙飛行センター運営)(ランクS)
- [SRC-01499] NASA - NSSDCA - Spacecraft - Details: Mercury Redstone 3/NASA Space Science Data Coordinated Archive(NSSDCA、NASAゴダード宇宙飛行センター運営)(ランクS)
- [SRC-01500] NASA - NSSDCA - Spacecraft - Details: Mercury Redstone 4/NASA Space Science Data Coordinated Archive(NSSDCA、NASAゴダード宇宙飛行センター運営)(ランクS)
- [SRC-01501] NASA - NSSDCA - Spacecraft - Details: Vostok 1/NASA Space Science Data Coordinated Archive(NSSDCA、NASAゴダード宇宙飛行センター運営)(ランクS)
- [SRC-01502] Katherine Johnson, Hidden Figures, and John Glenn's Flight/スミソニアン国立航空宇宙博物館(National Air and Space Museum)(ランクA)
- [SRC-01503] John Glenn | Biography, Accomplishments, & Facts/Encyclopaedia Britannica(ランクB)
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訂正履歴
| 版 | 日付 | 事実主張への変更 |
|---|---|---|
| 1 | 2026-09-18 | — |
| 2 | 2026-09-18 | あり |
| 3 | 2026-09-18 | あり |
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