1732年世界 18世紀
ジョージ・ワシントンは、ユリウス暦(旧方式)で1731年2月11日に生まれた——英国の改暦により、誕生日は西暦(グレゴリオ暦)1732年2月22日として祝われることになった
日付と暦
- 原典表記
- 1731/32年2月11日(ユリウス暦)
- 換算
- 1732-02-22(グレゴリオ暦)
- 掲載日
- 2月11日のページ
暦の注記: この出来事はユリウス暦(旧方式)の2月11日に起きた(グレゴリオ暦換算: 1732年2月22日)[SRC-01425]。ワシントンの秘書トビアス・リアは1790年2月14日付の書簡で、ワシントンの「誕生日」を「2月11日、旧方式」と記している[SRC-01425]。当時の英国では新年が3月25日に始まっており、この慣行のもとでは年の表記は1731年となる[SRC-01426]。米国議会図書館は、ジョージ・ワシントン文書のタイムラインで、この誕生日を「1731/32」(ユリウス暦=旧方式では1731年、グレゴリオ暦=新方式では1732年)と二重表記で明記している[SRC-01432]。1752年、英国とその植民地はグレゴリオ暦(新方式)を採用し、ユリウス暦とのずれを補正した結果、2月11日は2月22日になった[SRC-01425][SRC-01426]。本サイトでは 02-11 のページに掲載している。
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概要
1790年2月14日、初代大統領ジョージ・ワシントンの秘書トビアス・リアは、ある書簡の中で上司の「誕生日」を「2月11日、旧方式」と書き記した[SRC-01425]。旧方式とはユリウス暦のことであり、ワシントンが生まれたのは、英国が1752年にグレゴリオ暦(新方式)を採用する20年前のことだった[SRC-01425]。ユリウス暦がグレゴリオ暦に「補正」された結果、2月11日は2月22日になった[SRC-01425]。誕生地は、ウェストモーランド郡のポープス・クリーク・プランテーションである[SRC-01427][SRC-01428][SRC-01432]。父はオーガスティン・ワシントン、母はメアリー・ボール・ワシントンだった[SRC-01427][SRC-01428][SRC-01430]。今日、マウントバーノンや議会図書館をはじめ多くの機関が、この初代大統領の誕生日を1732年2月22日と記している[SRC-01425][SRC-01427][SRC-01428][SRC-01430]。だが、なぜ一つの誕生日に二つの日付が存在するのかを知る人は少ない。
本文
私たちが今「ワシントンの誕生日」として知る2月22日は、本人が生まれた瞬間に世界に存在した日付ではない。ワシントンが生まれた1730年代前半のイギリスとその植民地は、なおユリウス暦を使い続けていた[SRC-01426]。この事実がどれほど確実かは、ワシントン自身の生活に密着した人物の証言から分かる。ワシントンの秘書であり親しい友人でもあったトビアス・リアは、マウントバーノンでワシントン夫妻と暮らし、革命戦争の将軍だったワシントンの書類整理を手伝った人物である[SRC-01425]。そのリアが1790年2月14日、クレメント・ビドルに宛てた書簡で、大統領の「誕生日」は「2月11日、旧方式」であると書いたのである[SRC-01425]。
「旧方式」とはユリウス暦を指す[SRC-01425]。1752年まで、英国・アイルランド・その植民地はこのユリウス暦に従い、暦の運用では新年を3月25日に開始していた[SRC-01426]。ユリウス暦は1年を365日6時間と数えるため、16世紀までに実際の太陽年との間に無視できないずれが蓄積し、春分の日付が3月21日から3月11日へとずれ込んでいた[SRC-01426]。この誤差は1582年、グレゴリオ暦(新方式)の導入によって補正され、多くの欧州諸国が採用した[SRC-01426]。だが英国がこれに続いたのは1752年になってからで、その時点で両暦のずれは11日にまで広がっていた[SRC-01426]。この改暦により、ユリウス暦の2月11日はグレゴリオ暦の2月22日となった[SRC-01425]。
ワシントンが生まれた地は、ウェストモーランド郡のポープス・クリーク・プランテーションである(別名ウェイクフィールド)[SRC-01427][SRC-01428][SRC-01432]。父オーガスティン・ワシントンは、ヴァージニアの郷紳階級中位に確固たる地位を築いた3代目の英国系植民者で、再婚だった[SRC-01428]。1731年(新方式)にメアリー・ボールと結婚し、その1年後にジョージが生まれた[SRC-01428]。この地は、現在はアメリカ国立公園局が「ジョージ・ワシントン生誕地国定記念物」として管理している[SRC-01429]。
歴史的背景
イギリスの改暦がなぜこれほど遅れたのかは、本記事の主題である誕生日の二重表記そのものを理解するうえで欠かせない背景である。1582年にグレゴリオ暦を定めたのはローマ教皇グレゴリウス13世であり[SRC-00045][SRC-00047]、当時プロテスタント国となっていたイギリスは、この「教皇の改革」を長く採用しなかった(先行記事「英国のグレゴリオ暦採用」参照)[SRC-00046]。英国とその北米植民地が最終的にグレゴリオ暦へ切り替えたのは1752年のことであり、ワシントンが生まれてから約20年後にあたる[SRC-01425]。この改暦は日付だけでなく、新年の開始日そのものも3月25日から1月1日へと改めるものだった[SRC-01432][SRC-00044]。ワシントンの誕生日という一個人の記録に、こうした暦法の大きな転換の痕跡がそのまま刻まれている点は、本サイトが先に扱った英国の改暦(1752年9月)[SRC-00044]という出来事と同じ根から生じた現象である(本稿の整理)。
タイムライン
| 日付 | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 1731/32年2月11日(ユリウス暦) | ジョージ・ワシントン、ポープス・クリーク・プランテーションで誕生(本記事の主題) | [SRC-01425][SRC-01432](日付)/[SRC-01427][SRC-01428][SRC-01432](誕生地) |
| 1752年 | 英国とその植民地がグレゴリオ暦(新方式)を採用。ユリウス暦との11日間のずれを補正 | [SRC-01425][SRC-01426] |
| 1732年2月22日(グレゴリオ暦換算) | 上記の改暦補正により、ワシントンの誕生日はこの日付にあたることになる | [SRC-01425] |
| 1782年2月10日 | フランス派遣軍司令官ロシャンボー伯爵が、翌日(2月11日)にワシントンの誕生日を祝う舞踏会を開く意向を書き送る | [SRC-01425] |
| 1790年2月14日 | 秘書トビアス・リアが、ワシントンの誕生日を「2月11日、旧方式」と記した書簡を書く | [SRC-01425] |
異説・論争定説のない論点があります
本記事が確認した出典の範囲では、ワシントンの誕生日(ユリウス暦2月11日/グレゴリオ暦換算1732年2月22日)そのものについて、学説上の対立や記述の食い違いは見当たらなかった。議会図書館・マウントバーノン・ホワイトハウス歴史協会という独立した3機関が、いずれもグレゴリオ暦換算の完全な日付(1732年2月22日)を一致して誕生日として記している[SRC-01425][SRC-01427][SRC-01428][SRC-01430](国立公園局は誕生年〔1732年〕のみを記す[SRC-01429])。
もっとも、旧方式(ユリウス暦)での年の表記をめぐっては、次の点を異説的な論点として明記しておく。
| 論点 | 説 | 根拠・出典 | 学界での位置づけ |
|---|---|---|---|
| 旧方式での誕生年の表記 | ワシントンの誕生を直接記す機関出典の多くは新方式の年「1732」のみを記し、旧方式の年表記には触れない。これに対し、議会図書館のジョージ・ワシントン文書タイムラインは、見出しに「1731/32」を掲げ、1731年が旧方式(ユリウス暦)、1732年が新方式(グレゴリオ暦)による年表記であることを注記で明記している | [SRC-01425][SRC-01427][SRC-01428][SRC-01429][SRC-01430](新方式年のみを記す側)/[SRC-01432](二重年表記を明記する側) | 本記事のwhen欄は、議会図書館のジョージ・ワシントン文書タイムライン[SRC-01432]が示す二重年表記「1731/32」に従っている |
| 1782年のロシャンボー舞踏会がなぜ旧方式の日付だったか | 議会図書館は、1782年2月10日、ロシャンボー伯爵が翌日(2月11日)の舞踏会を開く意向をワシントンに書き送ったことを示すのみで、なぜ改暦から30年後にもかかわらず旧方式の日付が選ばれたのかは説明していない | [SRC-01425] | 本サイトはこの点について独自に推測しない(調査範囲: 上記出典) |
関連する出来事
- 1752年9月、英国はグレゴリオ暦(新方式)を採用し、旧暦との11日間のずれを補正した(先行記事「英国のグレゴリオ暦採用」参照)[SRC-00044][SRC-01425][SRC-01426]。
- 1782年2月10日、フランス派遣軍司令官ロシャンボー伯爵が、翌日にワシントンの誕生日を祝う舞踏会を開く意向を書き送った(本記事「タイムライン」参照)[SRC-01425]。
関連人物
- ジョージ・ワシントン(じょーじ・わしんとん): アメリカ合衆国の初代大統領[SRC-01425][SRC-01427]。1731/32年2月11日(ユリウス暦・旧方式)[SRC-01425][SRC-01432]、ポープス・クリーク・プランテーションで生まれた[SRC-01427][SRC-01428][SRC-01432]。
- オーガスティン・ワシントン(おーがすてぃん・わしんとん): ジョージ・ワシントンの父。ヴァージニアの郷紳階級中位に確固たる地位を築いた3代目の英国系植民者[SRC-01428]。1731年(新方式)にメアリー・ボールと結婚した[SRC-01428]。
- メアリー・ボール・ワシントン(めありー・ぼーる・わしんとん): ジョージ・ワシントンの母。1731年(新方式)にオーガスティン・ワシントンと結婚した[SRC-01428]。
歴史的意義
ワシントンの誕生日が抱える二重表記は、単なる好事家的な脚注ではない。この一個人の記録は、英国とその北米植民地が1752年に経験した暦法上の大転換——ユリウス暦とグレゴリオ暦のあいだの11日間のずれを補正し[SRC-01425][SRC-01426]、新年の開始日を3月25日から1月1日へ改めた[SRC-01432][SRC-00044]出来事——の生きた痕跡である。マウントバーノンによれば、1879年にはコロンビア特別区の連邦政府職員向けに「ジョージ・ワシントンの誕生日」が祝日とされ、1885年にはこの祝日法が全連邦職員に拡大され、1968年以降は2月第3月曜日に「大統領の日」として祝われるようになった[SRC-01431]。本記事の射程は、誕生(旧方式2月11日・新方式換算1732年2月22日)という出来事と、それに直接関連する改暦の経緯・誕生地・両親、および後代の祝日制度化の概略に限定し、ワシントンの生涯全体(独立戦争・大統領職等)については、本サイトの他記事に譲る(本サイトの整理)。
現代の視点
2月22日という日付そのものが、17世紀から18世紀にかけての暦法改革という歴史的事件の産物であるという事実は、現代の私たちが当たり前のものとして扱う「日付」が、実は特定の時代・特定の制度の産物であることを思い起こさせる。改暦から30年後の1782年にもなお、フランス軍司令官ロシャンボー伯爵が旧方式の2月11日に誕生日の舞踏会を開く意向を書き送った記録が残っていることは[SRC-01425]、新旧の暦が人々の生活の中で長く併存していたことを示す一例といえる(本サイトの整理)。
出典一覧
- [SRC-01425] Today in History - February 22: George Washington's Birthday/Library of Congress(ランクS)
- [SRC-01426] The Diaries of George Washington, Volume 1 — Editorial Note (A Journal of my Journey over the Mountains, 11 March 1747/8)/National Archives and Records Administration / University of Virginia Press (Founders Online)(ランクS)
- [SRC-01427] Key Facts about George Washington/George Washington's Mount Vernon (Mount Vernon Ladies' Association)(ランクA)
- [SRC-01428] George Washington (Digital Encyclopedia)/George Washington's Mount Vernon (Mount Vernon Ladies' Association)(ランクA)
- [SRC-01429] George Washington Birthplace National Monument, Virginia (park home page)/National Park Service, U.S. Department of the Interior(ランクS)
- [SRC-01430] George Washington/White House Historical Association(ランクA)
- [SRC-01431] Commemoration of George Washington's Birthday (Digital Encyclopedia)/George Washington's Mount Vernon (Mount Vernon Ladies' Association)(ランクA)
- [SRC-01432] Timeline: The Colonial Period (George Washington, 1731/32-1799)/Library of Congress(ランクS)
- [SRC-00044] Calendar (New Style) Act 1750 (24 Geo 2 c.23) — 英国政府公式法令データベース/legislation.gov.uk(The National Archives、英国政府)(ランクS)
- [SRC-00045] 暦Wiki「グレゴリオ暦」(国立天文台暦計算室)/国立天文台暦計算室(ランクA)
- [SRC-00046] Did a Calendar Change Cause Riots in England?(Britannica)/Encyclopædia Britannica, Inc.(ランクB)
- [SRC-00047] 'Time, that great discoverer of truth and falsehood': the calendar change of 1752 and the dating of Easter(The History of Parliament)/The History of Parliament Trust(ランクA)
本文中の [SRC-nnnnn] はこの一覧の番号を指します。各出典の所在・参照日・信頼度の判定は検証記録で確認できます。
訂正履歴
| 版 | 日付 | 事実主張への変更 |
|---|---|---|
| 1 | 2026-09-18 | あり |
| 2 | 2026-09-18 | あり |
| 3 | 2026-09-18 | あり |
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