1950年世界 20世紀

インド国民会議派が完全独立を宣言した日を選んで——1950年1月26日、新憲法の施行でインドは共和国となった

日付と暦

原典表記
1950年1月26日(グレゴリオ暦)
換算
1950-01-26(グレゴリオ暦)
掲載日
1月26日のページ

この記事の主張は出典に紐づけて検証しています。検証記録を見る

概要

1930年1月26日、インド国民会議派はラホール会議で可決した「プールナ・スワラージ(完全独立)」["Purna Swaraj"]決議を公開宣言し、この日を「独立記念日」["Independence Day"]として祝うよう国民に呼びかけた[SRC-01299]。それから20年後の1950年1月26日、インド制憲議会が起草していた新憲法が施行され、インドは主権を有する民主共和国となった[SRC-01296][SRC-01297]。この施行日は、1930年のプールナ・スワラージ宣言の日にちなんで選ばれたとされる[SRC-01297][SRC-01299]。憲法自体は前年の1949年11月26日にすでに制憲議会で採択されており[SRC-01296]、1947年8月15日にすでに成立していた英領からの独立とも別の出来事である[SRC-01297]。この日は毎年、共和国記念日として祝われている[SRC-01297]。

本文

新憲法の起草は制憲議会に委ねられ、1946年12月9日に本会議討議が始まった[SRC-01299]。制憲議会は当初389名の議員からなる選出機関だったが、インドの分離独立を経て299名に減少した[SRC-01297]。ラージェンドラ・プラサードが議会の議長に選ばれ、後にインド初代大統領となった[SRC-01297][SRC-01300]。憲法起草委員会の委員長を務めたのはB.R.アンベードカルである[SRC-01297]。委員会による第一次草案は1948年11月に制憲議会へ提出された[SRC-01297]。

制憲議会は1949年11月26日、審議を重ねた末に新憲法を採択した[SRC-01296][SRC-01297]。採択当時の憲法は395条・22編・8附則からなっていた[SRC-01297]。原本にはシャンティニケタンの芸術家チーム(画家ナンダラール・ボースが率いた)による挿絵が施された[SRC-01297]。

憲法第394条は、一部の条項を除く大部分の規定が1950年1月26日に施行されると定め、この日を「本憲法の発効」["the commencement of this Constitution"]の日と呼んだ[SRC-01296]。同条の施行により、同日、1947年インド独立法と1935年インド統治法が廃止された[SRC-01296]。この憲法施行によってインドは主権を有する民主共和国となり[SRC-01297]、以後この日は毎年、共和国記念日として祝われている[SRC-01297]。

歴史的背景

1950年1月26日という施行日は、1930年1月26日にインド国民会議派が宣言した「プールナ・スワラージ(完全独立)」の日にちなんで選ばれたとされる[SRC-01297][SRC-01299]。

国民会議派は1929年、当時のインド総督アーウィン卿が自治領(ドミニオン)地位の将来的な付与を示唆した宣言を巡る交渉が決裂したことを受け、自治領地位の要求を取り下げ、同年12月19日のラホール会議でプールナ・スワラージ(完全独立)を求める決議を可決した[SRC-01299]。この決議は1930年1月26日に公開宣言され、国民会議派はこの日を独立記念日として祝うよう国民に呼びかけた[SRC-01299]。実際の独立は、それから17年後の1947年8月15日に達成された[SRC-01297]。新憲法の制定に取り組んだ制憲議会は、この1930年の宣言の日に重ねて、1950年1月26日を憲法の施行日に選んだとされる[SRC-01297][SRC-01299]。

タイムライン

日付(グレゴリオ暦) 出来事 出典
1929-12-19 インド国民会議派、ラホール会議で「プールナ・スワラージ(完全独立)」決議を可決 [SRC-01299]
1930-01-26 同決議を公開宣言。国民会議派はこの日を独立記念日として祝うよう国民に呼びかけた [SRC-01299][SRC-01298]
1946-12-09 インド制憲議会、本会議討議を開始(当初389名で構成) [SRC-01299](討議開始日)/[SRC-01297](当初389名の構成)
1947-08-15 英領インド、独立を達成 [SRC-01297]
1948年11月 起草委員会による新憲法の第一次草案、制憲議会に提出 [SRC-01297]
1949-11-26 制憲議会、新憲法を採択(毎年「憲法記念日」として祝われる) [SRC-01296][SRC-01297]
1950-01-26 新憲法が施行され、インドは民主共和国となる。1947年インド独立法・1935年インド統治法が廃止される(共和国記念日の起点) [SRC-01296][SRC-01297]
異説・論争定説のない論点があります

制憲議会が憲法起草のために審議に費やした期間について、出典間に幅がある。ブリタニカ百科事典は「11会期にわたる165日間」と記す[SRC-01297]。これに対しconstitutionofindia.net(Centre for Law and Policy Research Trust)は、「1946年12月9日から1950年1月24日までの167日間の本会議討議」と記す[SRC-01299]。両者がそれぞれ何を1会期・1日として数えているか(例えば制憲議会が兼ねていた暫定国会としての会期を含むか否か等)は、本サイトの調査範囲では判定できる記述が見つからなかった。いずれも脚注を伴わない概説的な記述であり、両論を併記するにとどめる。

論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
制憲議会の審議期間 11会期・165日間 [SRC-01297] 百科事典の概説記事の記述
制憲議会の審議期間 1946年12月9日〜1950年1月24日の167日間 [SRC-01299] 法学研究機関のアーカイブ解説の記述

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

インド憲法は、採択当時395条・22編・8附則からなる文書として発足し[SRC-01297]、ブリタニカ百科事典は「世界で最も長い成文憲法の一つ」["one of the longest written constitutions in the world"]と評する[SRC-01297]。前文は当初インドを「主権を有する民主共和国(sovereign democratic republic)」と定義しており、この語は1976年の改正で「社会主義(socialist)」「世俗主義(secular)」の語を加える形に改められた[SRC-01296]。1950年1月26日という施行日の選定は、1930年のプールナ・スワラージ宣言という独立運動の記憶を、新しい国家体制の出発点に重ね合わせる意味を持ったとみられる[SRC-01297][SRC-01299]。この日は現在まで、インドで毎年「共和国記念日」として祝われている[SRC-01297]。

現代の視点

本記事の射程は、1950年1月26日の憲法施行という出来事と、その施行日が1930年のプールナ・スワラージ宣言にちなんで選ばれた経緯に限定する。その後のインド憲法の改正の詳細(1976年の改正等、条文の変遷の内実)や、現代のインドの政党・政治・時事的な論争への接続は、本記事の主題外として扱わない(本サイトの整理)。

出典一覧

  1. [SRC-01296] The Constitution of India(全文・改正反映版、第94次改正〔2006年〕まで反映)/National Portal of India(インド政府 電子情報技術省 National Informatics Centre 運営)(ランクS)
  2. [SRC-01297] Constitution of India/Encyclopaedia Britannica(ランクB)
  3. [SRC-01298] Pūrna Swarāj resolution | Indian history/Encyclopaedia Britannica(ランクB)
  4. [SRC-01299] Declaration of Purna Swaraj (Indian National Congress, 1930)/Centre for Law and Policy Research Trust(constitutionofindia.net)(ランクA)
  5. [SRC-01300] Former Presidents/President of India(インド大統領府公式サイト)(ランクS)

本文中の [SRC-nnnnn] はこの一覧の番号を指します。各出典の所在・参照日・信頼度の判定は検証記録で確認できます。

訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-09-16あり
22026-09-16あり
32026-09-16あり

訂正の方針は訂正ポリシーに記載しています。各版が事実主張に関わる変更を伴ったかは上表のとおりで、再fact-checkの実施状況は検証記録でご確認いただけます。