4月3日に起きたこと
この日付に掲載しているのは、原典の日付がこの月日である出来事です。西暦への換算日は各記事の冒頭に記しています。
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1917年
レーニン、亡命先のスイスからドイツ政府の便宜を受けた列車でペトログラードのフィンランド駅に帰還——露暦1917年4月3日(新暦4月16日)のことだった
「封印列車」は文字通りの密閉ではなく、治外法権を示す法的な取り決めだったとされる。
この週の出来事
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1805年世界 19世紀4月2日
ハンス・クリスチャン・アンデルセンは、1805年4月2日、デンマーク・オーデンセの靴職人と洗濯女の家に生まれた——伝わる生家を、当人は生涯認めなかったと学術機関は記す
1805年4月2日、アンデルセンはデンマーク・オーデンセで、靴職人の父と洗濯女の母の子として生まれた。伝承される生家について、市立博物館はハンス・イェンセン通りの角家と明記する一方、学術機関はアンデルセン自身がこの家を生家と認めなかったと記す。1835年には最初の童話集が刊行された。
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1949年世界 20世紀4月4日
北大西洋条約調印——1949年4月4日、ワシントンで12カ国が結んだ集団防衛
1949年4月4日、ワシントンD.C.のデパートメンタル講堂で、米国務長官ディーン・アチソンをはじめとする原加盟12カ国の代表が北大西洋条約に署名した。条約第5条は一国への武力攻撃を全締約国への攻撃とみなす集団防衛を定め、必要な批准書がそろった同年8月24日に発効した。
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1815年世界 19世紀4月1日
オットー・フォン・ビスマルク誕生——1815年4月1日、アルトマルクの地主貴族の家に
1815年4月1日、プロイセン王国アルトマルク地方のシェーンハウゼンで、地主フェルディナント・フォン・ビスマルクと、内閣顧問官の娘ヴィルヘルミーネ・ルイーゼ(旧姓メンケン)との間に、後の初代ドイツ帝国宰相オットー・フォン・ビスマルクが6人きょうだいの4番目として生まれた。
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1955年世界 20世紀4月5日
ウィンストン・チャーチルが、1955年4月5日、女王エリザベス2世に辞表を提出し、第2次政権の英首相を退任した——後任イーデンは翌6日に就任した
1955年4月5日、ウィンストン・チャーチルはバッキンガム宮殿で女王エリザベス2世に辞表を提出し、1951年10月から続けた第2次政権の英首相を退任した。前夜にはダウニング街10番地で女王を招いた送別の晩餐会が開かれ、翌6日、外相アンソニー・イーデンが後任の首相に任命された。