1859年世界 19世紀

1859年5月31日、ウェストミンスター宮殿の大時計が時を刻み始めた——大鐘「ビッグ・ベン」は7月に初めて時を打ち、ひび割れによる沈黙を経て、時計塔は2012年に「エリザベス・タワー」と改称された

日付と暦

原典表記
1859年5月31日(グレゴリオ暦)
換算
1859-05-31(グレゴリオ暦)
掲載日
5月31日のページ

暦の注記: この出来事はグレゴリオ暦の1859年5月31日に起きた(原典・換算とも同一のグレゴリオ暦。1752年9月14日以降の英国はグレゴリオ暦を採用しており、1859年当時の暦法上の換算は不要である)[SRC-02314][SRC-02315][SRC-02317]。本サイトでは05-31のページに掲載している。

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概要

1859年5月31日、ロンドンのウェストミンスター宮殿の時計塔で、大時計(グレート・クロック)が時を刻み始めた[SRC-02314][SRC-02315][SRC-02317]。設計は法廷弁護士でアマチュア時計師のエドマンド・ベケット・デニソンが、製作はエドワード・ジョン・デントが請け負った[SRC-02314][SRC-02315][SRC-02317]。大時計本体が動き出したのに続き、時打ち用の大鐘——正式名称「グレート・ベル」、通称「ビッグ・ベン」——が初めて時を打ったのは同年7月11日である[SRC-02314][SRC-02316][SRC-02317][SRC-02320]。その成功は長続きせず、同年9月に鐘へ再びひびが入った[SRC-02314][SRC-02316][SRC-02317]。デニソン自身の記述によれば、英国の工務局は同年10月1日をもって打鐘全体を停止させたという[SRC-02321]。鳴動の回復は1863年までかかった[SRC-02314][SRC-02316][SRC-02317]。時計塔自体は、2012年、エリザベス2世のダイヤモンド・ジュビリーを記念して「エリザベス・タワー」へ改称された[SRC-02314][SRC-02318][SRC-02319]。

本文

1834年10月の火災でウェストミンスター宮殿の大部分が焼失した後、建築家チャールズ・バリーによる新宮殿の設計には、目立つ時計塔が含まれていた[SRC-02315][SRC-02320]。バリーは時計の専門家ではなかったため、友人である「女王の時計師」ベンジャミン・ルイス・ヴュリアミーに助言を求めたが、他の時計師も関与を望んで論争となり、1846年、誰が時計を製作するかを決める設計競争が開かれた[SRC-02315][SRC-02317]。裁定者となった王室天文官サー・ジョージ・エアリーは、世界で最も精度の高い塔時計を望み、時打ちの最初の一打が1秒以内の精度になることと、性能をグリニッジ天文台へ1日2回電信で報告することを定めた、と英国議会自身は説明する[SRC-02315][SRC-02317]。それまで時刻は主に日の出を基準に計られており、英国内でも場所により約15分のずれがあったという[SRC-02317]。

この高い要求水準のためデザイン確定は遅れ、エアリーは法廷弁護士で下院議員、かつ熟達したアマチュア時計師であったエドマンド・ベケット・デニソンを協力者として起用した[SRC-02315][SRC-02317]。1852年2月、ようやくデニソン自身の設計案が採用に足ると判断され、著名なクロノメーター製作者エドワード・ジョン・デントが製作を請け負った[SRC-02314][SRC-02315][SRC-02317]。この年、ヴィクトリア女王は時計塔が未完成のまま新宮殿を開院した[SRC-02317]。デントは1853年に死去し、継子フレデリック・デントが1854年に機構を完成させた(製作費2,500ポンド)[SRC-02314][SRC-02315][SRC-02317]。塔の工事自体の遅れにより時計はデントの工場に保管され続けたが、この間にデニソンは「二重三脚重力脱進機」を考案するなど改良を重ねた[SRC-02315]。この脱進機は、風圧など外部要因による振り子への影響を抑える仕組みで、後に世界中の時計に用いられるようになり、デニソンが1886年にグリムソープ男爵に叙せられたことから「グリムソープ脱進機」とも呼ばれる[SRC-02315]。デニソン自身も自らの著作で、この脱進機の構造と、従来型(四脚重力脱進機)より優れている点を詳しく記している[SRC-02321]。

時計は1859年4月に塔内に設置されたが、当初は鉄製の分針が重すぎて動かなかった[SRC-02315][SRC-02317]。軽量な銅製の分針に交換した後、時計は1859年5月31日から時を刻み始めた[SRC-02314][SRC-02315][SRC-02317][SRC-02320][SRC-02321]。デニソン自身の回顧によれば、彼は新議会の開会に間に合わせて時計を動かすと予告しており、実際その通りになったという[SRC-02321]。グリニッジ天文台の電信照合試験にも合格し、正確に時を告げることが確認された[SRC-02317]。

バリーが目指した「世界最大の鳴鐘式塔時計(the greatest chiming turret clock in the world)」という構想を実現するには鐘が必要であり、鐘楼には大鐘1個と、15分ごとに鳴る4個の小鐘(クォーター・ベル)が据えられた[SRC-02317]。初代の大鐘はストックトン・オン・ティーズ近郊のウォーナー社の鋳造所で1856年8月に鋳造され、16頭の白馬に引かれる台車でウェストミンスター橋を渡って運ばれた(この16頭の白馬の逸話は、英国議会の別頁では2代目の鐘〔1858年〕の搬送として記されている)[SRC-02314][SRC-02316][SRC-02317]。デニソンが最大限の音量を望んで重いハンマーを取り付け、1857年10月17日の試打で1.2メートルのひびが入った[SRC-02316][SRC-02317]。原因については英国議会自身の解説でも記述が分かれ、ハンマーが重すぎたためとする頁[SRC-02317]と、誰も責任を認めず鐘の金属の組成や寸法も原因の候補に挙がったとする頁[SRC-02316]がある。ウォーナー社は、デニソンによるハンマー増量の指示(355キログラムから660キログラムへ)を非難した(2010年に確認されたページの記述)[SRC-02316]。初代の鐘は溶かされ、ホワイトチャペル鋳造所のジョージ・ミアーズにより2代目(初代より2.5トン軽い)が1858年4月10日に鋳造され、塔内の縦穴を30時間かけて巻き上げられた[SRC-02316][SRC-02317]。

大鐘の初打鐘が聞かれたのは1859年7月11日である[SRC-02314][SRC-02316][SRC-02317][SRC-02320]。しかしその成功は長くは続かず、同年9月、2代目の鐘にも再びひびが入った[SRC-02314][SRC-02316][SRC-02317]。デニソン自身の記述によれば、時計は7月から時打ちを、9月には小鐘も鳴らし始めていたが、大鐘のひび割れの報告を受けた工務局は、同年10月1日をもって打鐘全体を停止させた[SRC-02321]。以後4年間、大鐘は沈黙し、代わりに最大の小鐘が時刻を告げた[SRC-02314][SRC-02317]。1863年、エアリーの考案により鐘を4分の1回転(90度)させて打点を変え、ハンマーを軽量化し、ひびの拡大を防ぐ小さな切り込みを入れることで、鳴動が回復した[SRC-02314][SRC-02316][SRC-02317]。このひびと切り込みは現在も鐘に残っているという[SRC-02317]。

歴史的背景

時計塔は、1834年の火災からの再建事業の一環として1843年に着工した[SRC-02314]。大時計が時を刻み始めたのは、着工の16年後にあたる1859年5月31日である(本稿の整理。着工年・始動年の双方が出典により個別に確認されている)[SRC-02314][SRC-02315][SRC-02317]。製作・架設にかかった総費用は、時計・鐘・塔内への設置までを合わせて2万2,000ポンドに達したと、2010年に確認された英国議会のページは記す[SRC-02316]。

タイムライン

日付(暦種別を明記) 出来事 出典
1846年(グレゴリオ暦・日付不明) 時計の製作者を決める設計競争が開かれ、王室天文官エアリーが裁定者となる [SRC-02315][SRC-02317]
1852-02(グレゴリオ暦・日付不明) デニソンの設計案が採用され、デントが製作を請け負う [SRC-02314][SRC-02315][SRC-02317]
1856-08(グレゴリオ暦・日付不明) 初代の大鐘がウォーナー社の鋳造所で鋳造される [SRC-02316][SRC-02317]
1857-10-17(グレゴリオ暦) 試打中の初代大鐘に1.2メートルのひびが入る [SRC-02316][SRC-02317]
1858-04-10(グレゴリオ暦) 2代目の大鐘がホワイトチャペル鋳造所で鋳造される [SRC-02316][SRC-02317]
1859-05-31(グレゴリオ暦) 大時計が時計塔で時を刻み始める [SRC-02314][SRC-02315][SRC-02317][SRC-02320][SRC-02321]
1859-07-11(グレゴリオ暦) 大鐘の初打鐘が聞かれる [SRC-02314][SRC-02316][SRC-02317][SRC-02320]
1859年9月(グレゴリオ暦・日付不明) 2代目の大鐘に再びひびが入る [SRC-02314][SRC-02316][SRC-02317]
1859-10-01(グレゴリオ暦・デニソン自身の記述による) 工務局が打鐘全体を停止させる [SRC-02321]
1863年(グレゴリオ暦・日付不明) エアリーの考案により鳴動が回復する [SRC-02314][SRC-02316][SRC-02317]
2012-06-25(グレゴリオ暦) 庶民院運営委員会が時計塔の「エリザベス・タワー」への改称を決定 [SRC-02318]
2012-09-12(グレゴリオ暦) 庶民院議長が名称銘板を披露する式典が行われる [SRC-02319]
異説・論争定説のない論点があります

英国議会自身の解説によれば、鐘の通称「ビッグ・ベン」の由来には二つの説がある[SRC-02316]。一つは、大鐘の架設工程の後半を監督した第一工務長官サー・ベンジャミン・ホールにちなむ説で、鐘にはホールの名が刻まれている[SRC-02316][SRC-02317][SRC-02320]。もう一つは、当時の人気ヘビー級ボクサー、ベン・コントにちなむ説である[SRC-02316][SRC-02320]。英国議会は、2010年に確認されたこのページで「第一の説がより有力とみられる(thought to be the most likely)」と評価しているが、いずれかに確定したとはしていない[SRC-02316]。本サイトは両説を出典付きで併記し、断定を避ける。

論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
「ビッグ・ベン」の名称由来 サー・ベンジャミン・ホール(第一工務長官)にちなむ説 鐘にホールの名が刻まれている[SRC-02316][SRC-02317][SRC-02320] 英国議会が2010年時点のページで「より有力とみられる」と評価
「ビッグ・ベン」の名称由来 ボクサー、ベン・コントにちなむ説 当時の人気ヘビー級ボクサー、ベン・コントにちなむという説[SRC-02316][SRC-02320] 英国議会は2010年時点のページで第一説をより有力とするが、HISTORYはこの説も「もう一つの有名な話」として紹介する[SRC-02320]

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

大時計と大鐘は、15分ごとに小鐘が、毎正時に大鐘が鳴ることで、議会とロンドン市民に時刻を知らせる役割を担った[SRC-02317]。デニソンが考案した二重三脚重力脱進機は、後に世界各地の時計に採用されたと英国議会は2010年のページで記す[SRC-02315]。時計塔は第二次世界大戦中の爆撃で庶民院議場が破壊された際にも倒壊を免れ、大時計は機能し続けたとHISTORYは記す[SRC-02320]。

現代の視点

現在、大時計の精度は振り子に硬貨を載せて微調整する方法によって保たれているとHISTORYは記す[SRC-02320]。2017年には、時計塔を将来に向けて保存するための大規模な保存修復事業が始まった[SRC-02314]。時計塔は建設当初「クロック・タワー」と呼ばれていたが、2012年のエリザベス2世ダイヤモンド・ジュビリーを機に「エリザベス・タワー」へ改称され、現在に至る[SRC-02314][SRC-02318][SRC-02319]。

出典一覧

  1. [SRC-02314] A brief history of Big Ben and Elizabeth Tower/UK Parliament(英国議会)(ランクA)
  2. [SRC-02315] Building the Great Clock/UK Parliament(英国議会)(ランクA)
  3. [SRC-02316] The Great Bell - Big Ben/UK Parliament(英国議会)(ランクA)
  4. [SRC-02317] Constructing the most accurate clock in the world/UK Parliament(英国議会)(ランクA)
  5. [SRC-02318] Clock Tower to be renamed Elizabeth Tower/UK Parliament(英国議会)(ランクS)
  6. [SRC-02319] Elizabeth Tower naming ceremony/UK Parliament(英国議会)(ランクS)
  7. [SRC-02320] Big Ben starts ticking over London for the first time | May 31, 1859/HISTORY(A&E Television Networks)(ランクB)
  8. [SRC-02321] A Rudimentary Treatise on Clocks and Watches and Bells, with a Full Account of the Westminster Clock and Bells (4th ed.)/John Weale, London(著者: Edmund Beckett Denison)(ランクS)

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訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-10-07—
22026-10-07不明
32026-10-07不明
42026-10-08なし

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