1947年昭和
日本国憲法の施行は1947年5月3日——公布(1946年11月3日)から六箇月後という、憲法自身の第百条が定める期日である
日付と暦
- 原典表記
- 昭和22年5月3日(グレゴリオ暦)
- 換算
- 1947-05-03(グレゴリオ暦)
- 掲載日
- 5月3日のページ
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概要
日本国憲法は、1946年11月3日、枢密顧問の諮詢及び帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正として天皇の裁可を受け、公布された[SRC-02082]。その6か月後にあたる1947年5月3日、同憲法は施行された[SRC-02080][SRC-02082][SRC-02085]。この2つの日付が半年離れているのは偶然ではなく、日本国憲法自身の第百条が「この憲法は、公布の日から起算して六箇月を経過した日から、これを施行する。」と定めていることによる[SRC-02082][SRC-02083]。公布の上諭には、内閣総理大臣兼外務大臣吉田茂のほか14名の国務大臣が署名した[SRC-02082]。施行当日は皇居前広場で記念式典が開かれた[SRC-02080]。
本文
1946年11月3日、「日本国憲法」の公布にあたる文書(上諭)は「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。」という文言で始まる[SRC-02082]。この上諭には「昭和21年11月3日」の日付が付され、内閣総理大臣兼外務大臣吉田茂をはじめ、幣原喜重郎・木村篤太郎・大村清一・田中耕太郎・和田博雄・斎藤隆夫・一松定吉・星島二郎・河合良成・植原悦二郎・平塚常次郎・石橋湛山・金森徳次郎・膳桂之助の各国務大臣が署名した[SRC-02082]。公布された日本国憲法の本文は、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために…」という前文から始まる[SRC-02082][SRC-02083]。
公布された憲法本文の末尾、第十一章(補則)第百条は「この憲法は、公布の日から起算して六箇月を経過した日から、これを施行する。」と定める[SRC-02082][SRC-02083]。同条はあわせて、この憲法を施行するために必要な法律の制定、参議院議員の選挙及び国会召集の手続、その他の準備手続は、施行の期日より前に行うことができるとも定めた[SRC-02082][SRC-02083]。この条文どおり、公布から6か月後にあたる1947年5月3日、日本国憲法は施行された[SRC-02080][SRC-02082][SRC-02085]。国立国会図書館の解説によれば、施行当日は皇居前広場で記念式典が開かれ、各地で記念講演会等が催された[SRC-02080]。同解説は、施行にあわせて皇室典範が新たに法律として制定され、国会法・内閣法・裁判所法・地方自治法が新たに制定され、刑法・民法が憲法に合わせて改正されたことも記す[SRC-02080]。1947年4月25日の衆議院議員総選挙を経て、同年5月20日に第1回国会が召集された[SRC-02080]。
公布に先立つ過程については、国立国会図書館の解説が経緯を記す。1946年2月1日、憲法問題調査委員会(松本委員会)の試案が新聞に報じられたことを受け、ホイットニーGHQ民政局長は、極東委員会が憲法改正の政策決定をする前であればGHQの権限に制約がないとマッカーサーに進言し、GHQによる憲法草案の起草へと動き出した[SRC-02078]。2月3日、マッカーサーが憲法改正の必須要件(いわゆるマッカーサー三原則)を示し、2月4日、民政局内に起草のための作業班が設置された[SRC-02078]。2月13日、外務大臣官邸において、民政局長ホイットニーから、日本側の松本烝治国務大臣・吉田茂外務大臣らに対し、先に日本側が提出した要綱を受け入れないことが伝えられ、その場でGHQ草案が手渡された[SRC-02078]。松本は後日、「憲法改正案説明補充」を提出するなどして抵抗したが、GHQの同意は得られなかった[SRC-02078]。1946年2月22日の閣議で方針が決定された後、2月27日から法制局の入江俊郎・佐藤達夫が中心となって日本政府案の作成に着手し、3月4日・5日の協議を経て、3月6日、「憲法改正草案要綱」として発表された[SRC-02078]。
この草案要綱に基づく帝国憲法改正案は帝国議会に提出され、審議を経て修正を受けた[SRC-02079]。国立国会図書館の解説によれば、枢密院は1946年6月8日の本会議で美濃部達吉顧問官を除く賛成多数によりこれを可決し、帝国議会では衆議院が同年8月24日の本会議で賛成421票・反対8票により可決し、貴族院が同年10月6日の本会議で賛成多数により可決した[SRC-02079]。最終的に枢密院が10月12日に再諮詢を受け、2名の欠席者を除き10月29日に全会一致で可決し、帝国憲法改正案は天皇の裁可を経て、1946年11月3日に「日本国憲法」として公布された[SRC-02079]。
歴史的背景
国立国会図書館の解説によれば、1945年10月11日、連合国軍最高司令官マッカーサーは幣原喜重郎首相に憲法の自由主義化を示唆し、同月25日、政府は憲法問題調査委員会(松本委員会)を設置した[SRC-02081]。1946年5月22日には第1次吉田茂内閣が成立し、6月20日に第90回帝国議会へ憲法改正案が提出された[SRC-02081]。
公布後、政府は憲法の内容を国民に広めるための活動を行った。国立国会図書館の解説によれば、1946年12月1日に「憲法普及会」が組織され、1947年に刊行された小冊子『新しい憲法 明るい生活』は2千万部が全国の各世帯に配布された[SRC-02080]。
タイムライン
| 日付(暦種別を明記) | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 1945年10月11日(グレゴリオ暦) | マッカーサーが幣原首相に憲法の自由主義化を示唆(本記事の主題の射程外) | [SRC-02081] |
| 1945年10月25日(グレゴリオ暦) | 憲法問題調査委員会(松本委員会)が設置される(本記事の主題の射程外) | [SRC-02081] |
| 1946年2月13日(グレゴリオ暦) | 外務大臣官邸で、ホイットニーから松本国務大臣・吉田茂外務大臣らにGHQ草案が手渡される(本記事の関連経緯) | [SRC-02078] |
| 1946年3月6日(グレゴリオ暦) | 日本政府が「憲法改正草案要綱」を発表(本記事の主題の射程外) | [SRC-02078] |
| 1946年5月22日(グレゴリオ暦) | 第1次吉田茂内閣が成立(本記事の主題の射程外) | [SRC-02081] |
| 1946年6月20日(グレゴリオ暦) | 第90回帝国議会に憲法改正案を提出(本記事の主題の射程外) | [SRC-02081] |
| 1946年8月24日(グレゴリオ暦) | 衆議院本会議が改正案を可決(本記事の主題の射程外) | [SRC-02079] |
| 1946年10月29日(グレゴリオ暦) | 枢密院が改正案を可決(本記事の主題の射程外) | [SRC-02079] |
| 1946年11月3日(昭和21年11月3日・グレゴリオ暦) | 日本国憲法が公布される(本記事の関連日付) | [SRC-02081][SRC-02082][SRC-02083] |
| 1947年4月25日(グレゴリオ暦) | 衆議院議員総選挙(本記事の主題の射程外) | [SRC-02080] |
| 1947年5月3日(昭和22年5月3日・グレゴリオ暦) | 日本国憲法が施行される(本記事の主題) | [SRC-02080][SRC-02082][SRC-02085] |
| 1947年5月20日(グレゴリオ暦) | 第1回国会が召集される(本記事の主題の射程外) | [SRC-02080] |
| 1948年7月20日(グレゴリオ暦) | 「国民の祝日に関する法律」が公布される(現行条文は憲法記念日〔5月3日〕を定める。本記事の主題の射程外) | [SRC-02084] |
異説・論争定説のない論点があります
確認された異説: なし(調査範囲: 国立国会図書館「日本国憲法の誕生」の概説第三章・第四章・第五章および年表、衆議院公式サイトが公開する日本国憲法の全文、e-Gov法令検索が提供する日本国憲法および国民の祝日に関する法律の法令データ、国立公文書館デジタルアーカイブが保管する御署名原本の検索記録)。本記事が扱う公布日(1946年11月3日)・施行日(1947年5月3日)・GHQ草案手交の日(1946年2月13日)について、これらを記載する出典の間で実質的な対立は見当たらなかった(公布日は国立国会図書館・衆議院・e-Gov法令検索の3系統[SRC-02080][SRC-02081][SRC-02082][SRC-02083]、施行日は国立国会図書館・衆議院・国立公文書館の3系統[SRC-02080][SRC-02082][SRC-02085]、GHQ草案手交の日は国立国会図書館の1系統[SRC-02078]で記載がある)。
日本国憲法の制定過程を評価する立場(GHQによる起草の経緯をどう位置づけるか等)は今日まで議論が続いているが、これは現代の評価・解釈に関わる論点であり、本記事はその是非の判断には立ち入らない(本サイトの整理)。本記事が扱うのは、1946年11月3日の公布と1947年5月3日の施行という、当時の出来事そのものの日付と、GHQ草案が日本政府に手渡されたという出典が記す経緯の範囲である。
| 論点 | 説 | 根拠・出典 | 学界での位置づけ |
|---|---|---|---|
| 該当なし(調査範囲は上記のとおり) | — | — | — |
関連する出来事
1946年2月13日、外務大臣官邸において、GHQ民政局長ホイットニーから、松本烝治国務大臣・吉田茂外務大臣らに対してGHQ草案が手渡された[SRC-02078]。これを受けて日本政府は改正草案要綱を作成し、1946年6月20日、第90回帝国議会に改正案を提出した[SRC-02078][SRC-02081]。改正案は衆議院(8月24日可決)・貴族院(10月6日可決)・枢密院(10月29日可決)を経て、天皇の裁可により1946年11月3日に公布された(本記事の関連日付)[SRC-02079]。公布から6か月後の1947年5月3日、日本国憲法は施行された(本記事の主題)[SRC-02080][SRC-02082][SRC-02085]。1948年7月20日、「国民の祝日に関する法律」(昭和23年法律第178号)が公布された(本記事の主題の射程外。後続の出来事として参考に記す)[SRC-02084]。同法の現行条文は、5月3日を「憲法記念日」と定め、「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」という趣旨を明記している[SRC-02084]。
関連人物
吉田茂(よしだ・しげる): 1946年5月22日に成立した第1次吉田茂内閣の内閣総理大臣[SRC-02081]。同年2月13日の時点では外務大臣として、松本烝治国務大臣とともにGHQ草案を手渡される側の当事者だった[SRC-02078]。日本国憲法公布の上諭には「内閣総理大臣兼外務大臣吉田茂」として、他の国務大臣に先立って署名した[SRC-02082]。
昭和天皇: 日本国憲法となる帝国憲法改正案について、枢密顧問の諮詢及び帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、1946年11月3日付でこれを公布した[SRC-02081][SRC-02082]。本記事が確認した出典の範囲は、上諭が記すこの裁可・公布という行為そのものにとどまる。
歴史的意義
本記事が確認した出典の範囲では、この憲法を施行するために必要な法律の制定、参議院議員の選挙及び国会召集の手続その他の準備手続は、施行の期日より前に行うことができると第百条2項に定められている[SRC-02082][SRC-02083]。1947年の施行にあわせて皇室典範が新たに法律として制定され、国会法・内閣法・裁判所法・地方自治法が新たに制定され、刑法・民法が改正された[SRC-02080]。
現代の視点
「国民の祝日に関する法律」(1948年7月20日公布)の現行条文は、5月3日を「憲法記念日」と定め、「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」という趣旨を明記している[SRC-02084]。日本国憲法の制定過程、とりわけGHQ草案の起草・提示という経緯をどのように評価するかについては、今日まで議論が続いているが、これは現代の評価・解釈に関わる論点であり、本記事はその是非の判断に立ち入らない(本サイトの整理)。
出典一覧
- [SRC-02078] 日本国憲法の誕生 概説 第三章 GHQ草案と日本政府の対応/国立国会図書館(ランクA)
- [SRC-02079] 日本国憲法の誕生 概説 第四章 帝国議会における審議/国立国会図書館(ランクA)
- [SRC-02080] 日本国憲法の誕生 概説 第五章 憲法の施行/国立国会図書館(ランクA)
- [SRC-02081] 日本国憲法の誕生 年表/国立国会図書館(ランクA)
- [SRC-02082] 日本国憲法(国会関係法規)/衆議院(ランクS)
- [SRC-02083] 日本国憲法(e-Gov法令検索・法令データ)/デジタル庁(e-Gov法令検索)(ランクS)
- [SRC-02084] 国民の祝日に関する法律(e-Gov法令検索・法令データ)/デジタル庁(e-Gov法令検索)(ランクS)
- [SRC-02085] 日本国憲法・御署名原本(国立公文書館デジタルアーカイブ)/国立公文書館(ランクS)
本文中の [SRC-nnnnn] はこの一覧の番号を指します。各出典の所在・参照日・信頼度の判定は検証記録で確認できます。
訂正履歴
| 版 | 日付 | 事実主張への変更 |
|---|---|---|
| 1 | 2026-10-02 | あり |
| 2 | 2026-10-02 | あり |
| 3 | 2026-10-02 | あり |
| 4 | 2026-10-03 | あり |
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