1852年世界 19世紀

ピーター・ロジェは1852年4月29日、『シソーラス』初版の序文にこの日付を記して署名した——刊行時期は出典によって『6月』とするものと、月日に触れず『年のみ』記すものに分かれる

日付と暦

原典表記
1852年4月29日(グレゴリオ暦)
換算
1852-04-29(グレゴリオ暦)
掲載日
4月29日のページ

暦の注記: この出来事は西暦(グレゴリオ暦)の1852年4月29日に起きた。1752年の改暦以降、イギリスは一貫してグレゴリオ暦を用いており、暦法上の換算は不要である。ただし、この日付は、ピーター・ロジェが『シソーラス』初版の序文を書き終えて署名した日であり[SRC-02046]、書籍が実際に読者の手に渡った時期そのものではない。刊行の正確な時期については、出典によって「1852年」とのみ記すもの[SRC-02046][SRC-02047][SRC-02048][SRC-02050]と、「1852年6月」と明記するもの[SRC-02049]とがあり、一致しない。本サイトでは04-29のページに掲載している。

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概要

1852年4月29日、イギリスの医師ピーター・ロジェ(1779-1869)は、自ら編纂した語彙集『シソーラス・オブ・イングリッシュ・ワーズ・アンド・フレーズィズ——観念の表現を容易にし文筆の助けとなるよう分類・整理した』の初版の序文に、この日付を記して署名した[SRC-02046]。ロジェはロンドン王立協会のフェローであり、1827年から1848年まで同協会の幹事(セクレタリー)を務めた人物で[SRC-02047]、その職を退いた後、構想から半世紀近くを経て、この語彙集を完成させた[SRC-02046][SRC-02047]。この日付は序文を書き終えて署名した日であり、実際に書籍が読者の手に届いた時期については、出典によって記述が一致しない——伝記作家は「1852年6月」と記す一方、他の出典は月日に触れず「1852年」とのみ記す[SRC-02046][SRC-02047][SRC-02048][SRC-02049][SRC-02050]。

本文

ロジェは初版の序文で、自らの構想の起点を半世紀近く前にさかのぼって語っている。1805年、26歳だったロジェは、マンチェスターで医師として働くかたわら、小規模ながら、後の『シソーラス』と同じ原理・ほぼ同じ形式による語の分類帳をすでに作り上げていた[SRC-02046][SRC-02049]。この分類帳は、その後長年にわたり、ロジェ自身の文筆活動の助けとして使われ続けたという[SRC-02046]。

ロジェは王立協会のフェローであり、1827年、ジョン・ハーシェル卿の後任として同協会の幹事に選ばれた[SRC-02047]。序文でロジェ自身が記すとおり、多くの公務に追われていたこの間、分類帳を拡充・整備する企てに着手する決意はなかなか固まらなかった[SRC-02046]。転機となったのは1848年、ロジェが幹事の職を退いたことだった[SRC-02047]。より多くの時間を得たロジェは、自ら役立てていた分類帳を広く他者の役にも立てようと拡充に乗り出し、「王立協会幹事の職からの引退」を機に、最後の3、4年、絶え間ない従事を要したと序文に記している[SRC-02046]。伝記作家ジョシュア・ケンドールも、ロジェが1848年、69歳で「科学の世界から」引退したのちに本格的な完成作業に取りかかり、ほぼ休むことなく4年近く取り組んだと記す[SRC-02049]。

完成した初版は、ケンドールによれば、語を抽象関係・空間・物質・知性・意志・情愛という6つの大分類のもとに、およそ1,000(実数は1,002)の項目へと分類したものだった[SRC-02049]。この6つの大分類の枠組みはEncyclopedia.comも独立に記している[SRC-02050]。アルファベット順の索引は、刊行の直前になって付録として付け加えられたという[SRC-02049]。ロジェ自身は序文で、この書物について「それまでどの言語においても満たされていなかった要求を、英語について満たすことを意図した」ものだと記しており[SRC-02046]、王立内科医協会(RCP)がまとめた伝記はこの一節を引きつつ紹介している[SRC-02047]。

ロジェは序文の末尾に、当時の住所とともに1852年4月29日の日付を記して署名した[SRC-02046]。しかし、この日付はロジェ自身が序文を書き終えて署名した日であって、書籍が実際に店頭に並んだ日を直接示すものではない。ロジェの没後、息子ジョン・ルイス・ロジェが手がけた版に収められた「編者の序文」は、初版の刊行時期について「1852年に刊行された」とのみ記し、日や月には触れていない[SRC-02046]。RCPの伝記、ブリタニカ百科事典、Encyclopedia.comもいずれも「1852年」とだけ記す[SRC-02047][SRC-02048][SRC-02050]。一方、伝記作家ケンドールは、ロンドンのロングマン・ブラウン・グリーン・アンド・ロングマンズ社の印刷機から初めて刷り上がった時期を「1852年6月」と明記しており[SRC-02049]、序文の日付(4月29日)とは1か月以上の開きがある。

歴史的背景

ロジェは医師として、電気・ガルバニズム・磁気などに関する科学論文や、『ブリッジウォーター論集』の1篇「自然神学との関連における動物および植物の生理学」などを著す一方、医学以外の知的活動にも力を注いだ人物だった[SRC-02047]。王立協会幹事に選ばれて以降、ロジェの生活は、開業医というよりも学者としてのそれに近いものになったとRCPの伝記は記す[SRC-02047]。ブリタニカ百科事典は、初版が「61歳のときに始められ、73歳のときに完成した」ものであり、実務医としての活動からの引退の産物だったと記す(ロジェは1808年から1840年までロンドンで開業医として活動していた)[SRC-02048]。

タイムライン

日付(暦種別を明記) 出来事 出典
1805年(グレゴリオ暦) ロジェ、26歳の頃、小規模な語の分類帳を自身のために作成 [SRC-02046][SRC-02049]
1827年(グレゴリオ暦) ロジェ、ロンドン王立協会の幹事に選ばれる [SRC-02047]
1848年(グレゴリオ暦) ロジェ、王立協会幹事の職を退任 [SRC-02047]
1848年(グレゴリオ暦) ロジェ、「科学の世界」から引退。以後、本格的な編纂に着手 [SRC-02049]
1852年4月29日(グレゴリオ暦) ロジェ、初版の序文にこの日付を記して署名 [SRC-02046]
1852年(グレゴリオ暦・月日の記載は出典により不一致) 初版刊行 [SRC-02046][SRC-02047][SRC-02048][SRC-02049][SRC-02050]
1869年9月(グレゴリオ暦) ロジェ死去 [SRC-02048]
異説・論争定説のない論点があります
論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
初版が実際に読者の手に渡った時期 序文自身の日付(1852年4月29日)はロジェが序文を書き署名した日であり、刊行日そのものを直接示す記載ではない [SRC-02046] 署名日と刊行日は別概念であり、以下の行で刊行時期についての出典間の相違を扱う
同上 ロジェの息子による編者序文、RCP、ブリタニカ百科事典、Encyclopedia.comは、いずれも「1852年」とのみ記し、日・月には触れない [SRC-02046][SRC-02047][SRC-02048][SRC-02050] 4系統が「年のみ」の記載で一致する
同上 伝記作家ジョシュア・ケンドールは、書籍が実際に印刷され出回ったのは「1852年6月」であると明記する [SRC-02049] 序文の日付(4月29日)とは1か月以上の開きがあり、本サイトはいずれの時期についても断定しない
ロジェが王立協会フェローに選出された年 RCPの伝記は1814年とする [SRC-02047] 出典間で1年の相違がある
同上 ブリタニカ百科事典は1815年とする [SRC-02048] 本サイトはいずれかを断定しない
『シソーラス』の累計発行部数 メリアム・ウェブスター掲載のケンドールの記事は4000万部以上とする [SRC-02049] 集計の対象範囲・時点が出典間で異なる可能性がある
同上 Encyclopedia.com(オックスフォード系事典由来)は3000万部以上とする [SRC-02050] 本サイトはいずれかを断定しない

上記以外に確認された異説: なし(調査範囲: ロジェの経歴・『シソーラス』初版の成立経緯・刊行時期・構成について、archive.org収載の初版序文および編者序文の原文、英国王立内科医協会(RCP)の会員伝記、ブリタニカ百科事典、メリアム・ウェブスター掲載のジョシュア・ケンドールによる記事、Encyclopedia.com掲載の事典項目の5系統を確認した。『シソーラス』は、この初版以前にも類語集・語の分類を試みた著作が存在したことを、ロジェ自身が初版序文で先行する試みとして名指ししている[SRC-02046]。本サイトが確認した範囲の出典は、本書を英語で「最初の」類語辞典と明示的に位置づける記載をしておらず、本サイトもそのような優先権の主張は行わない)。

関連する出来事

ロジェは1869年9月に死去し、死後は息子ジョン・ルイス・ロジェが改訂を引き継いだ[SRC-02046][SRC-02050]。1952年、孫サミュエル・ロムリー・ロジェが版権を出版元ロングマン社へ売却した(翌1953年に死去)[SRC-02050]。

関連人物

ピーター・マーク・ロジェ(ぴーたー・まーく・ろじぇ): 『シソーラス』の編者。医師であり、ロンドン王立協会の元幹事(1827-1848年)[SRC-02047]。

歴史的意義

この書物についてロジェ自身は序文で、「それまでどの言語においても満たされていなかった要求を、英語について満たすことを意図した」ものだと記しており[SRC-02046]、RCPの伝記はこの一節を引きつつ、「opus quinquaginta annorum(50年の仕事)」という形容を添えている[SRC-02047]。本サイトは、RCPによるこの形容の当否を判定しない。『シソーラス』は、アルファベット順の辞書とは逆に、語が表す観念から語そのものを探すという着想に基づいて編まれたものであり[SRC-02046][SRC-02050]、ロジェの死後も版を重ね続けている[SRC-02048][SRC-02050]。伝記作家ケンドールは、コーク(Coke)やクリネックスと並び、商標名が一般名詞化した語(エポニム)になったと記す[SRC-02049]。現在の版でも今なお親しまれている、とブリタニカ百科事典は記し[SRC-02048]、ロングマン版にもロジェの基本的な構造が受け継がれている、とEncyclopedia.comは記す[SRC-02050]。

現代の視点

ロジェの死後、『シソーラス』は息子ジョン・ルイス・ロジェ(弁護士。1879年に大改訂と語索引の追加を行い、1908年に没するまで改訂を続けた)、続いて孫サミュエル・ロムリー・ロジェ(技師。1936年に大改訂を行う)によって改訂が重ねられ、1952年、版権は出版元ロングマン社に渡った[SRC-02050]。その後も、ロバート・A・ダッチ(1962年)、スーザン・M・ロイド(1982年)、ベティ・カークパトリック(1987年)らによる改訂が重ねられている[SRC-02050]。

出典一覧

  1. [SRC-02046] Thesaurus of English Words and Phrases, Classified and Arranged so as to Facilitate the Expression of Ideas and Assist in Literary Composition(New Impression。原著ピーター・マーク・ロジェ、拡充・改訂および全巻索引: ジョン・ルイス・ロジェ)/Longmans, Green, and Co.(London)/ Digital Library of India・IIIT Allahabad(電子化、archive.org経由)(ランクS)
  2. [SRC-02047] Peter Mark Roget(Lives of the Fellows/Munk's Roll 由来の伝記)/Royal College of Physicians(英国王立内科医協会)(ランクA)
  3. [SRC-02048] Peter Mark Roget/Encyclopaedia Britannica, Inc.(ランクB)
  4. [SRC-02049] The Remarkable Roget's Thesaurus/Merriam-Webster, Incorporated(著者: ジョシュア・ケンドール)(ランクB)
  5. [SRC-02050] Roget's Thesaurus/Encyclopedia.com(原出典: Concise Oxford Companion to the English Language、Gale/Cengage経由で再配信)(ランクB)(複数の資料を収載)

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訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-09-29あり
22026-10-02あり
32026-10-02あり
42026-10-02なし

訂正の方針は訂正ポリシーに記載しています。各版が事実主張に関わる変更を伴ったかは上表のとおりで、再fact-checkの実施状況は検証記録でご確認いただけます。